現代百物語 第43話 駅Ⅱ 駅裏の辻占

河野章

現代百物語 第43話 駅Ⅱ 駅裏の辻占

「じゃあ次は僕の番ですね」

 そう言って、林基明は小柄な体をずいっと前へ乗り出すと、メガネをちょっとだけ押し上げた。

 時刻は夜十時も回り、酒も肴も一巡した頃だった。

『百物語をしましょう』という林の一言で藤崎の家にへと集まったが、同窓生の谷本新也(アラヤ)と高校のときの部活の先輩である藤崎柊輔しかその場にはいない。もちろん百話を語りきる気は三人共なかったが、盆前の蒸し暑い夜の飲み会には格好の肴だった。

「僕の話は怖い話じゃないんですけど──」

「なんだよ、つまらんな。ネタにならないじゃないか」

 藤崎が茶々を入れる。自身の小説のネタに怖い話が欲しいのにと付け加える。藤崎は新進気鋭の文芸作家だった。最近ではホラー小説も書いている。

「怖くはないかもしれないですけど、実話ですよ実話! 僕の体験でちょっと変わった話というか不思議というか」

「ふうん、怖くはないんだ? 何があったの」

 新也がまぁまぁと藤崎を抑えて林に話の続きを促した。

「先月の初め……ですかね。僕が最寄り駅にしてる✕✕の裏に、辻占があるんですよ。今時珍しく」

「辻占?」

「辻に立ち、行き交う人の言葉を聞き捉えて、それを託宣として占いをする……じゃなかったかな」

 新也が聞き返すと、藤崎が思い出しながらなのかゆっくりと喋る。

「単に辻に店を構えてる占い師だから辻占だって勘違いしてる人がたまにいるけどな」

 へぇ、と新也は感心する。全く知らなかった。

「そう、それです。その辻占。ホーム出て、南口の、いわゆる駅裏から僕は帰るんですけど、いきなり声をかけられて。年齢は四十過ぎくらいかなぁ……男性で、強いパーマをかけたちょっと長めの黒髪で、いかにも怪しげなんですけどね。よれた黒っぽいシャツにチノパン。折りたたみのテーブルかなんかに黒い布をかけて、その上に雑多な石や手相の見本? みたいなものを載せてました」

 林が語りだした。


 そこで、『ちょっとあなた 、仕事で悩んでませんか』って声かけられたんですよ。僕びっくりして。たしかにその頃、新人の教育に悩んでて。つい『僕ですか?』って、ふらふら近づいてったら、値段が十分五百円って出てるんです。それくらいなら良いかなぁって思って彼の前に立ったんです。

「どうして、僕の悩みが分かったんです?」 

「あなたの心の声が聞こえたんですよ」

 ふふっと笑う目元が優しげに見えました。

「ふうん。……なら、なにに悩んでるかも分かりますか」

「分かりますね。部下との関係、でしょう?」

「あたってます!」

 僕、興奮してしまって。よく考えたらサラリーマン風で疲れた顔をしていたら、原因なんて仕事上の失敗か、人間関係くらいしか思いつかないとは思うんですけどね。人当たりの良い笑顔でニコニコと手を差し出されたら、気づいたら彼の前の椅子に座ってました。

「相当、御苦労なさっているようですね」

「いや、ははっ……僕が不甲斐ないのも悪いんでしょうけど、なかなかに指導しがいのある後輩がいまして」

「不甲斐ないなんてとんでもない。ユニークな後輩さん、らしいですね」

「そこも分かりますか?」

「ええ。例えば……なにか例をおっしゃってください、当ててみましょう」

「そうですねぇ……。先日、先方との約束の時刻にその後輩が遅刻したことを僕が注意したんです。彼へ『もっと余裕を持って行動するように』って言ったんですが、その返事が……」

「「『先輩こそこれくらいでカリカリしないで、もっと余裕を持った方が良いですよ』」」

 一言一句同じでした。

 その占い師さんは笑った顔こそ柔和なんですけど、その瞬間は後輩が乗り移ったかと思うほど表情も口調も一緒で。もう僕は信じ切ってしまいました。アドバイスを貰って、また結果を言いに来ますねって言って別れたんです。


 そこまでを一息に語ると、林はほうっとため息をついた。

 と、缶ビール片手に新也が眉を寄せているのに気づいた。

「え、何……新也くん、もしかして、占い師さん詐欺っぽい?」

 思わず身を乗り出して、林が尋ねる。藤崎は二人をニヤニヤして眺めている。

「いや……話にまだ、続きがあるんだろ?」

 新也は何とも言えない顔をして、林に続きを促した。不承不承林は頷く。

「ある、けど……残りは些細なことで。まぁ、あまりに言うことが当たるんで、その後も何回かその辻占に通ったよ……っていうか、今も通ってるんだけどっていう、そういう話」

「うん」

 新也は頷く。まだ先があるだろうと目で訴える新也に林はもじもじと切り出した。

「それで、気になってる女性がいることととか、仕事での不満とか言い当てられて。つい、その──」

「その先」

「えへへ……その辻占さんから、買っちゃった」

 林はゴソゴソとポケットを探ると、黒と金がマーブルを描く丸い石で作られたブレスレットを恥ずかしそうにテーブルの上へ持ち出した。

 新也が首を傾げてから、それを手に取り返す返す眺めた。

 藤崎は新也がそれをテーブルに戻すとそれを横から奪い、面白そうに口元を歪めたまま、テーブルの下で林を足で突く。

「で、これいくらだよ」

「……一万五千円」

 ヒクリと新也の眉が引き上がるが、藤崎はぷっと吹き出した。

「思ったより、可愛い値段じゃないか。十万とか言い出すかと思った」

「だって、信じられないくらい当たるんですよ、その辻占。こう、本当に僕の頭の中を読んでるみたいで」

「本当に読んでるんですよ、きっと」

 新也が二人の会話に割って入った。林は目を丸くする。

「え?」

「多分、本当に林君の心を読んでるんです。だから、よく当たる」

「じゃあ」

「けど、それとこのブレスレットが本物かは別です」

「……どういうこと?」

 不意に不安げな声になって、林が藤崎の手元にあるブレスレットをちらりと見た。

「心を読む力は本物でも、それ以外は偽物なんですよ。その辻占のアドバイスどおりにことを進めても上手くいかなかったんでしょう?」

「うっ……そうなんだ。全部じゃないんだけど、その、意中の女性とはそんなに上手くいかなかったし、後輩は扱いづらい奴のままだし……だから、僕もあれって思ってて。そうしたら、ブレスレットの加護を貰いましょうって話になって」

 新也がため息を吐く。

「心は読める、けど、それを成功に導く力はない占い師さんなんだと思います。だから、残念ながらそのブレスレットはただの……玩具です」

「そんなっ!?」

 林は二人の顔とブレスレットとを見返す。藤崎がくくっと笑みを殺しながら慎重にテーブルの真ん中へとブレスレットを置いた。

「俺にはわからんが、新也が言うんだしそうなんじゃないか? 良いじゃないか、綺麗だし、一万五千は相談料だと思えば」

「いや、そうですけど……けど、なんだか、納得いかないです。あんなに当たってたのに……」

「心を読めるからって万能なわけじゃないんですよ、多分」

「そんな……」

 林はブレスレットを悲しそうに見つめた。

 藤崎が不意にそんな林の首へと腕を回し、自分へと引き寄せた。

「それより、好きな女性の話ってのを詳しく聞かせろよ。聞いてないぞ」

 興味津々の藤崎と慌てて手を振り否定する林を前に、新也はそっとブレスレットに指先を触れて弾いた。



【end】

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