溶けゆく記憶の中の、ロックフェスティバルの甘美な思い出。

轟音と夏の暑さと群衆が生んだ大きなうねりの中に脳が溶けていく感覚。ロックフェスの醍醐味です。主人公は野外フェスに参加して、「ありふれた群れの一部」になりたいと望むのですが、決して馴染めません。しかし、彼との出会いによって、そしてバンドの演奏によって、次第に蕩けていくのです。

その過程だけでも十分に楽しめるのですが、本作には仕掛けがあり、フェスの一場面が回想になっています。現在の主人公の目の前には記憶が溶けてしまった彼がいて、彼の語る二人の出会いは実際とは少し異なっているようで……。だからこそ、過去の思い出がより大切で美しいものになるのですね。現在と過去のシーンをつなげる最後の一文は見事。この小説の心地よい残響をいつまでも聞いていたいです。

(カクヨムWeb小説短編賞2021 “短編小説マイスター”特集/文=カクヨム運営)

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