第8話 最初の一歩

 役所の入り口で、キョウと別れ、契約したばかりのガレージに入場する。

 入場は、メニュー画面から選択することで、簡単に行えた。

 役所にいたNPCの説明では、街中からならば、どこからでも実行できるらしい。


 ガレージは、どこかのプレハブの工場を思わせる作りになっていた。

 広さは500メートル四方くらいだろうか。

 今のところ、設備などが何もないので、見た目以上に広く感じる。

 「何もないな……。」

 口をついて出た言葉に、一緒にガレージに入ったフィーが答える。

 「そりゃあ、始めたばかりですから。」

 「お説ごもっとも。」

 ふと、思ったことを尋ねる。

 「このガレージの見た目とかって、変えられるの?」

 「はい。作ったものを並べたりできます。後は、ポイントを使えば、増築やカスタマイズなんかもできますよ。」

 その辺りも、自由度は高いらしい。


 ――ま、それは追々おいおいとして――。


 次の目標を言葉に出して、気持ちを切り替える。

 「とりあえず、明日の準備を始めよう。」

 呼びかけに対して、フィーが元気よく続いた。

 「はい!頑張っていきましょう!」

  

 相棒の言葉に後押しされ、記念すべき、初めての製作を開始する。

 

 ●


 このゲームにおいて、オブジェクトは、プレイヤーが所持している設計図せっけいずから自動生成される。

 設計図には、部品や組み立てに関するデータが設定されている。

 そのデータをシステムが読み込むと、自動で部品が生成されていき、そして、組み立てが実行される仕組みだ。

 すなわち、オブジェクトを作るためには、兎にも角にも設計図が必要になってくる。

 

 勿論もちろん、現状では設計図を1つも保持していない。

 なので、まずは設計図の入手するべく、フィーに指示を出した。

 「フィー、俺の個人ストレージから、設計図のデータを持ってきて。」

 「了解しました!――事前に準備してたんですね?」

 「まぁね。」

 これが、昼間、情報収集をした成果だった。


 このゲームでは、設計図の入手方法が大まかに2通り存在する。

 自分で作成するか、他のプレイヤーから購入するか、だ。

 今回準備した設計図は、ゲームを始める前に、後者の方法で入手した。

 本来、このゲームにおける物の購入は、CP《クリエイターズポイント》を通して行われる。

 即ち、自分で作らずに、楽に設計図を入手するには、自身がゲームオーバーになるリスクを負う必要があるのだ。

 

 しかし、これには、抜け道が存在した――。


 このゲームは、外部の設計ソフト等と連携し、データのやり取りを行うことができる。

 その仕様に目を付けたプレイヤーが、電子掲示板などで、自分の作成した設計図などのデータを、ゲームの外で販売し始めたのだ。

 これによって、ゲームを開始したばかりの初心者や、物を作ることが苦手なプレイヤーも、難なく――現実のお金は消費されるが――設計図を入手できるのである。

 そして、データを提供する側は、趣味で作成したデータで、お金を稼ぐシステムが成立していた。

 運営側が意図していない課金要素となってしまっているが、今のところ、これに対するおとがめは、特に実施されていない。

 これも相まって、このゲーム外のやり取りは、提供する側、される側の利害の一致によって広く浸透していた。

 プレイヤーの中には、"ゲーム内で設計図を作成するのは、時間の無駄"という人も散見さんけんされるほどであった。

 

 かくして、このシステムを利用し、ゲームを開始する前に、設計図を入手することに成功していたのである――。


 取引用の電子掲示板を流し読みしながら、値段や、実際にデータを使用したらしいプレイヤーの評価を確認し、何を作るかを吟味ぎんみする作業は、それなりに楽しいものであった。

 楽しくて、実際のゲームシステムに関する調査がおろそかになってしまったのは、全くの余談である。


 データの読み取り指示から数秒で、フィーから結果報告が来た。

 「データの読み込みが完了しました。このまま製作しますか?」

 フィーの質問に、"Yes"で返す。

 「うん。よろしく。」

 「了解しました!それでは、製作を開始します。」

 フィーの返答をきっかけに、ガレージの中央に、7色に輝く粒子が集まり始める。

 その粒子が集まって、最初に、ネジやリベットなどの、細々こまごまとしたオブジェクトが生成された。

 続いて、1メートルを超える一本の金属製の筒と、それと同じくらいの長さがある、長い木製のオブジェクトが生成された。

 木製のオブジェクトの形は一直線ではなく、途中で緩く折れ曲がっており、その先端が幅広になっていた。

 その他、黒い石でできたオブジェクトや、金属製の皿等、様々な形のオブジェクトが、順次生成されていく。

 これが、部品の生成工程らしい。


 そのまましばらく待つと、粒子が集まる現象が終わり、生成されたものが一斉に空中に浮き上がって動き出した。

 組み立て工程が開始されたようだ。

 浮き上がったオブジェクトが、空中で次々と組み合わさり、1つの物体になっていく。

 現実には起こりえないその光景は、魔法でも見ているかのようだった。


 そして、全ての部品が組み合わさり、1丁の銃が出来上がった。

 フィーが、製作の完了を報告する。

 「オブジェクトの製作を完了しました!手に取ってご確認ください。」

 言われるがままに、出来上がった銃に近付く。

 手に取る前に、ぐるりと、銃の周りを一周回って出来を確認する。

 他人が作ったデータを、ただ持ってきただけとはいえ、いくらかの達成感があった。

 

 購入した設計図は、フリントロック式のマスケット銃のものだった。

 このデータは、500円というお手頃な金額で販売されていた。

 それに加えて、使用する素材や弾丸、部品構成などもしっかり設定されており、他のプレイヤーからの評価が、そこそこ高いのも、購入に踏み切った理由である。

 ちなみに、評価が低いものは、正しく組みあがらなかったり、使用中に壊れたりすることもあるらしい。

 このゲームが始まった当初は、そういったデータが多く、正常に動作するオブジェクトのデータは、そこそこの高値で取引されていたのだとか――。

 その結果、データを買えず、自分でオブジェクトを作成できないプレイヤーは、しばらくくの間、素手での活動を余儀よぎなくされた。

 一時いっときは、対戦の主流が素手での殴り合い、という時分もあったらしい。

 それに比べれば、骨とう品とはいえ、銃が子供のお小遣い程度で入手できるのだから、ゲーム内の技術レベルも随分と進歩したものである。


 出来栄えを確認し終わり、中空に浮いたままのマスケット銃を手に取る。

 すると、視界にシステムメッセージのウィンドウが立ち上がった。

 内容を確認すると、銃を手にしたことで、新たに動作パターンをコントローラに割り当てられるようになったらしい。

 増えた動作は、"銃を構える"、"球を込める"、"銃を撃つ"の3つの様だ。

 それぞれの動作を、使用しているコントローラの、適当なボタンに割り当てる。

 設定が全て終了すると、ウィンドウが消失し、視界の端に"装弾数:1"という表示が表れた。

 予想通り、この銃は、1発撃つたびに弾を込める必要があるようだ。

 続いて、HP《ヒットポイント》バーの下のCPの数値を確認する。

 制作前は100だった値が、102に変化していた。

 マスケット銃を作ったことで、2ポイント加算されたようだ。

  

 ――このデータで2日プラスってことね……。まぁ他人が作ったデータだし、増えるだけで十分か。


 どんなものを作れば、ポイントが大きく増えるかを判断するための指標として、頭の片隅に置いておく。


 最後に、新しく設定した動作の確認を行う。

 まず、"銃を構える"動作を実行すると、立ちながら銃を構え、狙いをつける態勢に入った。

 その体勢になって初めて、あることに気付いた。

 「あれ?照準の表示がない……?」

 銃器を扱う大半のゲームでは、銃を構えると、照準を表す十字のマークが出る。

 しかし、このゲームでは一切表示に変化はなかった。

 不思議に思って、何度か動作を繰り返すが、表示は変わらない。

 その理由を、かたわらにいる相棒に尋ねる。

 「フィー、これ、何も変わらないんだけど?」 

 「ヒロが言っていることの意味がよくわからないんですが、何が変わることを期待していたんですか?」

 こちらが投げた質問が抽象的過ぎたのか、相手からも質問が返ってきた。

 より具体的に、こちらの疑問を伝える。

 「ほら、銃を持つと表示される照準のマーク。あれが見えないんだけど……。」

 それに対するフィーの答えは、こちらの想定していないものだった。

 「現実世界で、そんなことありますか?」

 あるわけがない。

 銃器を持っただけでそんなものが見えたら、軽いホラーである。


 ――いや、もしかしたら最新の装備にはそんな機能があるのかもしれないけど。


 少なくとも、大昔のマスケット銃に、そんな機能があるはずもない。

 「そんなわけないじゃん。」

 「なら、このゲームでもありません。」

 フィーが、こちらの質問をバッサリと切って捨てる。

 つまり、現実に機能が存在しないから、このゲーム上でも、機能が存在しないと言っているのだ。

 その理屈が受け入れられず、再度確認を行う。

 「――これって、ゲームなんだよね?」

 「えぇ。"限りなく現実に近い"シミュレーションゲームです。」

 説明自体は、ゲームの紹介文と同じだが、なんとなく、言いたいことが伝わってくる。

 しかし、一応、確認のために先を促した。 

 「つまり?」

 フィーが、先程の言葉の真意を答える。

 「ゲーム内では、物を作ること以外、全て現実と同じと考えてください。と、いうことです。」

 それを今起こっている現象に当てはめて、再度問いかける。

 「じゃあ、例えば、この銃で弾を的に当てようと思ったら?」

 「自分で狙いをつけて、引き金を引くしかありませんね。」

 当然すぎる答えだった。

 つまり、この銃をちゃんと使うには、自分の目に見えるもので狙いをつけ、弾の弾道も考えて撃たねばならない、ということらしい。


 ――未経験すぎて、どれほどの時間がかかるか見当もつかない。


 実際に、的に弾を当てられる様になるまでの時間を考え、軽くめまいを覚える。

 その現実を受け入れたくなくて、一縷いちるの望みを託して、所望しょもうするものがないかを尋ねた。

 「照準器とかは……?」

 「ここまでの話の流れで、あると思いますか?欲しければ、それ用の装備を自分で作るしかありません。」

 再び、フィーにバッサリ切り捨てられる。

 はかなすぎる期待だった。

 「ですよね……。」

 わかりきった答えだったが、実際に言葉にされると、肩を落とす以外ない。

 もともと手軽に楽しめるとは思っていなかったが、ゲーム内で射撃の練習をするハメになるとは、思ってもみなかった。


 ――なんてめんどくさい。


 思わず、そんな感想を抱く。

 一瞬、照準器を探そうかとも思ったが、本当に使えるかどうかわからない照準器のために、更に課金をする気にはなれなかった。


 ――今のまま、やってみるしかないか。


 結局、銃を撃って練習するしかないという結論にたどり着く。

 ともすると、えてしまいそうな気持を、なんとか前に向けるために、ありふれた言葉を絞り出した。

 「まぁ、何事も経験か。」

 「そういうことです。物を作るとなると、ついつい頭の中で考えることを重視しますが、実際にやってみて、経験や失敗から学ぶことだって、きっと重要ですよ!」

 フィーに諭されながら、射撃の練習をする準備を始めた。


 ●


 訓練のために、適当な的をあらたに作り、ガレージ内で射撃の練習をする。 

 最初は、5メートルくらいの近場から。

 命中率が安定してくると、少し距離を離す。

 この作業を、ひたすらに繰り返した。


 20メートルほど離れたところから、止まった的に弾を当てられる様になったのは、日付が変わってから、1時間が経過した頃だった――。

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