第6話 始まりの街へ
目の前に広がっていたのは、まるで、写真を切り取ったような大自然だった。
切り立った崖、所々覗く岩肌、背の低い苔のような植物、浅い渓谷、流れの速い川。
遠目でも、一つ一つが、細かく作りこまれていることが分かる。
その風景に見入っていると、
まるで、感じられるもの全てでもって、仮想的な世界が、その存在を主張しているかの様だった。
――このクオリティは、ソーシャル系のゲームじゃ味わえないよな。
しばらく、その圧倒的な存在感に呑み込まれていて、ふと、視界に表示されているものが変化していることに気付く。
視界の左上に、緑色の四角いバー、そして、そのバーの下に数字が新しく表示されていた。
「あれ?画面表示変わってる……?」
つぶやきに対して、すぐさま、フィーから回答が来る。
「はい。フィールドに出たことで、プレイヤーのステータスなどが表示されるようになりました。」
ここから、いよいよ、ゲームスタートということらしい。
フィーが、解説を続ける。
「視界左上のバーが、HP《ヒットポイント》です。そして、その下に表示されている数値が、CP《クリエイターズポイント》を表しています。これらについて、改めて解説をしますか?」
フィーからの質問に対して、少し考える。
――事前情報と差があっても困るよな……。
改めて確認する意味を込めて、解説を聞くことにした。
「事前に調べてはいるけど、一応聞いとく。」
「了解しました!」
元気よく返事をした後、フィーが、すらすらと解説を始める。
「HPは、プレイヤーの体力を表します。システムとしては、他のゲームと大差はありません。このゲームでは、HPが減る条件は様々ありますが、0になれば、プレイヤーは、強制的に街などの
HPに関しては、どこにでもあるようなシステムだった。
事前情報との違いも、今のところはない。
フィーの解説が続く。
「CPは、このゲームにおいて、クレジットのような役割を果たします。ショップでの買い物や、プレイヤー間のデータの売買等、用途は様々です。ですが、このCPが0になれば、ゲームオーバーとなるので、ご注意ください。」
こちらも、事前情報通りだった。
更に確認を進めていく。
「物を買う以外で、CPが減る条件は?」
「HPが0になれば、CPが5ポイント消費されます。また、1日1ポイントずつ消費されていくので、くれぐれもご注意ください。」
それを聞いて、表示されている数字に目をやる。
現在の値は、"100"と表示されていた。
「今のまま何もしなければ、100日後に自動的にゲームオーバーってことね。」
「そうなりますね。」
ここからは、まだ調べ切れていない情報について尋ねる。
「ゲームオーバーになるとどうなるの?」
「アカウントデータが全て削除されます。その場合、アカウントに紐づいているライセンスも削除されるので、再度、ライセンスを獲得することになります。」
ライセンス取得の苦労――自分はしていないが――を思うと、中々に厳しいペナルティが告げられる。
それと同時に、ライセンスの抽選に関する謎が1つ解明された。
恐らく、このゲームのライセンスは、数が限られていて、誰かがゲームオーバーになるたびに、新たなプレイヤーを選出しているのだろう。
脱落するプレイヤーがいなければ、いつまでも待たされるハメになるが、運良く空きができれば、すぐにプレイできる可能性があるということだ。
――だから、抽選時間がまちまちだったのか。ホントに運がよかったんだな。
次に、ゲームオーバーにならないための方法を尋ねる。
「じゃあ、CPを増やすには?」
「CPを増やす方法は、主に3通りです。」
一度、言葉を区切って、フィーが解説を続ける。
「まず、1つ目ですが、ゲーム内でオブジェクトを作成することで獲得することができます。これが最も基本的な方法ですね。」
"クリエイターズポイント"というだけあって、物を作れば貰えるらしい。
――何かを作っていれば、ゲームオーバーはならないのか。
条件としては、そこまで難しくはなさそうなので、一先ず胸をなでおろす。
「次に、プレイヤー間の取引で獲得する方法です。先程説明した通り、CPは、設計図や、オブジェクトの売買に使用されています。ですので、他のプレイヤーに、それらのアイテムを売ることで、CPを獲得することができます。」
CPが、物の売買に使用されているのならば、当然だろうなと思う。
「最後に、ゲーム内イベントの報酬で獲得する方法です。こちらは、定期、不定期問わずに実施されている
こちらも、CPがクレジットとしての役割を持つのならば、報酬として支払われることは、納得のいくものであった。
そして、フィーが、解説の終了を告げる。
「以上が、CPを増やす方法となります。なにか、質問はありますか?」
「いや、特には――。」
"ない"と、続けようとしたその瞬間――、視界の端で、何かが動いたことに気付く。
そちらに視線を向けると、少し離れた場所を、角を生やした鹿のような動物が、2匹、歩いているのが見えた。
それを見ていて、ふと、思いついた疑問を、フィーに投げかける。
「フィールドにいる野生動物とかを倒しても、CPは手に入らないの?」
「はい。ただ、野生動物等からは素材が獲得できるので、それを使ってオブジェクトを作ることでポイントを獲得することができます。」
あくまでも、"何かを作れ"というゲームスタンスらしい。
そして、気になる言葉が出てきた。
「ってことは、特定の手段でしか獲得できない素材とかもあるの?」
「さぁ?それは、ミツヒロが自分で確認してください。」
フィーからの回答は、さも、"あります"と言っているようにも聞こえた。
特定のモンスターからしかドロップしない、貴重な素材があるのだろうとアタリをつける。
――まぁ、そんなもの、今から気にしても仕方ないか。
ゲームを始めたばかりの自分には、縁のないものだと、思考から切り捨てる。
そして、恭輔との合流までの時間つぶしを試みる。
――適当になんか作ってみるか。
そう思い立って、足元に転がっている石を拾い上げた。
そのまま、
――なんも起こんないな……。どういうことだ?
不思議に思って、一度石を下ろして、再度持ち上げてみる。
特に変化は起こらない。
次は、持っている石をズームアップしみる。
それでも、変化は起こらなかった。
その挙動を不思議に思ったのか、フィーから質問が飛んでくる。
「何をしているんですか?」
更にいろいろな動作を試しながら、質問に答える。
「いや、知り合いを待っている間、とりあえず石でも拾って、何か作ってみようと思ったんだけど……。」
「作れませんよ?」
「――は?」
その言葉が、一瞬理解できず、思考が停止する。
「だから、作れませんよ?」
フィーが言葉を繰り返した。
ここで、
「……なんで?」
クラフト系のゲームで、手軽に物を作れないというのは――、
――ゲームの前提を覆しすぎでは?
人によっては、かなりのストレスを感じるのではないだろうか。
こちらの疑問に、フィーが答える。
「何故って……。ミツヒロはまだ、ガレージを持っていませんから。」
ここで、再び、初めて聞く言葉が出てきた。
「ガレージ?」
「はい。各プレイヤーに与えられる、専用のクラフトスペースです。」
言葉の意味を察するに、物を作るための専用の空間だろうか。
「それがないと?」
「なんにも作れません!」
フィーが元気に答える。
ちなみに、と、前置きしてフィーがさらに情報を追加した。
「プレイヤーは、ゲームスタード時、フィールドの特定の範囲内に、ランダムで出現します。なので、この場で待ってても、お知り合いと合流できる可能性はかなり低いですよ?」
つまり、この場で待っていても、物は作れず、恭輔とも合流できない、ということらしい。
大問題だった。
思わず脱力して、フィーに注文を付ける。
「これからは、先に言ってくれる?」
「私に尋ねずに、勝手に行動を始めるミツヒロが悪いんです!」
フィーが、飛び跳ねながら抗議してくる。
饅頭の頭から出ている、湯気のようなエフェクトは、怒りを表しているのだろうか。
思ったより、感情表現が豊かなんだなと、新たな発見をしつつ、答えを返す。
「はいはい。悪かったって。次からはちゃんと聞くよ。」
「まったく――!」
放っておくと、怒りが持続しそうだったので、話題を変える。
「――で、そのガレージってのは、どこで手に入れられるの?」
「ここから少し進んだところにある街です。」
あっさりと答えが返ってくる。
どうやら、上手く相棒の感情を切り替えられたらしい。
そして、このやり取りで、次の目的地が決まった。
「よし、じゃあ――」
「――おや?新顔さんかな?」
予想していなかったタイミングで、知らない声が背後から飛んできた。
その声に驚き、バッ、と、声の方に素早く向き直る。
視線の先には、
外見は、60歳代後半くらいだろうか。
老人が口を開く。
「お前さん、今日からかい?」
相手を
「えぇ……。まぁ……。」
その答えに対して、どこか嬉しそうに老人が反応する。
「そうかい。そうかい。」
老人は、何かに納得するように数度頷き、ニヤリと笑って、言葉を続ける。
「今度は、どれ位持つかねぇ……。」
そんな意味深なつぶやきを残して、男性は去っていった。
老人の背中が小さくなるまで待ってから、フィーが言葉を発する。
「――待ち合わせしている、知り合いの方ですか?」
いくらマイク越しでも、恭輔の声とあの老人の声を聴き間違えることはない。
「いや、違うけど……。NPCかな?」
ゲームをスタートしたばかりのプレイヤーに、意味深なことを言うイベント用のキャラクターなのかと考える。
しかし、フィーから、それを否定する言葉が返ってくる。
「いえ、このゲームの人型NPCは、フィールドには出ないので――。」
「じゃあ、プレイヤーか。」
「えぇ。それにしても、不思議な雰囲気の方でしたね。」
「だな――。」
フィーの言葉に同意しつつ、パートナーの感受性に少し舌を巻く。
――雰囲気とか、そういうの判断できるんだ……。
そこで、ある疑問が浮かぶ。
「でも、あの人パートナーを連れてなかったけど?」
このゲームでは、パートナーは常に、プレイヤーの隣にいると思っていた。
フィーが疑問に答える。
「パートナーは、ガレージに待機させることができるので、あの方は、そうしていたんじゃないでしょうか。」
その答えに、納得と、更に、疑問を重ねる。
「ふーん。それって、どんなメリットがあるの?」
「ガレージで、プレイヤーの代わりに、指示された作業をすることができます。」
であれば、人手が増える分、パートナーは、ガレージに待機させた方が得に思える。
――パートナーって、ガレージの作業専門なのかな?
パートナーの役割について考えていると、フィーから、
「逆に、フィールドにパートナーを連れていくことで、出来る事もあるので、一長一短ですね。」
どうやら、
「なので!ちゃんと、外にも連れて行ってくださいね!」
きっちりと予防線を張られてしまった。
――しっかりしてる。
思わず感心してしまう。
その、抜け目のないパートナーが、次の行動を尋ねてくる。
「それで、次はどうしますか?」
気付けば、話が脱線してから
話をもとに戻すために、一息ついて、次の目標を口にする。
「じゃあ、気を取り直して、今度こそ街に向かいますか。知り合いとはそこで合流しよう。」
「はい!街までは、私がナビします!」
こちらの提案に、フィーの元気な返事が続く。
そういえば、と、確認し忘れていたことを聞く。
「で、その街って、何て名前なの?」
「"セントラル・ホーム"です!」
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