第7話 あなたの名前

 最初に放り出された場所から、フィーの指示に従って、歩くこと数分。

 目的地であるセントラル・ホームと思わしき、周りを壁に囲まれた街にたどり着いた。

 門から伺える、壁の中の街並みは、どこか中世のヨーロッパを思わせる。

 

 ――RPGとかって、なんでこんな感じの街並みが多いんだろうな。

 

 どうでもいいことを考えつつ、待ち人にメッセージを送る。

 「フィー、恭輔きょうすけに、メッセージを送って欲しいんだけど。"セントラル・ホームの門の前で待ってる"って。」

 これに対して、フィーからの応答は、想像とは異なるものだった。

 「フレンドリストに、"恭輔"という名前の方は居ませんが?」

 どうやら、ゲーム内でのメッセージ送信を指示したと判断されたらしい。

 ゲーム開始時に、自前のコンシェルジュソフトとパートナーを連携したことで、ゲーム外のメッセージソフトも、ゲーム内から操作できるはずである。

 その認識のもと、フィーの間違いを訂正する。

 「そっちじゃなくて、ゲーム外のメッセージソフトの方だよ。」 

 「あぁ――。そちらでしたか。」

 どうやら、こちらの認識は正しかったらしい。

 フィーから、了解が返ってくる。

 「了解しました。それでは、メッセージを送信します。」

 改めて、フィーに依頼する。

 「よろしく。」


 恭輔からの了承のメッセージが返ってきたのは、30秒後だった。

  

 ●

  

 「おーい!ヒロー!」

 普段からよく聞く声が、辺りに響く。

 声がした方を見ると、1人の男性アバターが走り寄って来るのが見えた。

 近付いてくるにつれ、だんだんと、アバターの姿がはっきりしてくる。

 長い金髪、細身で背が高く、さわやかそうな顔立ちのアバターだった。

 どことなく、現実の恭輔と似た雰囲気がある。

 そのアバターが、近くに寄って来るのを待ってから、恭輔であろう相手に声をかけた。

 「お前、違ったらどうするんだよ……。」

 こちらの小言に対して、いつもの調子で恭輔が返してくる。

 「だって、門の前にいるの、お前しかいなかったし。それに、間違えたら謝れよくね?」

 その答えを聞いて、改めて、恭輔の性格をうらやましく思う。


 ――ホント、得な性格してんなぁ……。


 納得半分、呆れ半分で、言葉を返す。

 「そりゃまぁ、そうだけどさ――。」

 軽い挨拶が終わったところで、唐突に、恭輔が話題を変えた。

 「それはそれとして、そいつが、お前のパートナー?」

 「――あぁ、まぁ、そうだけど。」

 「名前は?」

 恭輔にパートナーの名前を答える。

 「フィーってつけた。」

 その言葉に応じてか、フィーが自己紹介をした。

 「はじめまして。フィーと言います。」

 「おう!よろしくー。」

 応えながら、恭輔がまじまじとフィーの姿を眺める。 

 「パートナーの初期の姿って、形は同じだけど、色は違うんだなー。」

 その言葉を受けて、恭輔の足元に目をやる。

 恭輔のパートナーは、緑色の大きな饅頭のような姿をしている。

 フィーとの見た目は、体色くらいしか見つけられない。 

 恭輔に同意を返しながら、パートナーの名前を聞く。

 「そうみたいだな。そっちは、なんて名前つけたんだ?」

 「いやー、名前を何にしようかすっげー悩んだんだけど、結局アカネって名前にした!」

 その言葉を聞いて、恭輔のパートナーが自己紹介をした。

 「はじめまして。アカネと言います。」

 それに対して、軽く返した。

 「よろしく。」

 挨拶が終わったところで、恭輔が、ハイテンションで話しを始める。

 「なんか楽しくなっちゃてさ。ここに来るまでも、めちゃくちゃ喋りまくったん

だ!」

 そのテンションから、本当に止まることなく話し続けたんだろうなと想像する。

 そして、その話を聞いて、合流してから、ずっと聞きたくて仕方がなかったことを聞いた。

 「――で、それが、合流までに妙に時間がかかった理由か?」

 メッセージを送ってから今に至るまで、20分弱の時間が経過していた。

 その間、メッセージの1つもよこさず、待ちぼうけを食らったのだから、文句の1つも出る。

 それに対して、恭輔があっけらかんと返した。

 「――まぁ、そうカタいこと言うなって!」

 普段と変わらない様子で、軽いやり取りが続く。

 突然、その会話に、割って入る者がいた。

 「あの――。」

 「「ん?」」

 思わぬ乱入に、2人して声の方向を見る。

 視線の先には、フィーがいた。

 どうやら、声の主はフィーだったらしい。

 それを裏付けるように、フィーが話を続ける。

 「質問があるのですが――。」

 AIから質問されるという事態に、少し面喰めんくらう。


 通常、AIは、ユーザからの指示や操作に対して応答する形でコミュニケーションをとる。

 それは、これまでの人生で触れた来た全てのAIがそうだった。

 なので、自発的に会話に参加し、かつ、要求を投げかけてくるAIというものが、存在するとは思いもしなかった。


 少し困惑気味に、フィーの言葉をオウム返しする。

 「質問?」

 そして、恭輔が、こちらの言葉を引き継ぐ形で続けた。

 「俺に?」

 恭輔の質問に、フィーが肯定を返す。

 「はい。」

 恭輔が、フィーに先を促す。

 「ふーん。なになに?」

 フィーが話し始める。

 「その前に――、あなたのお名前はなんというのですか?」

 当初聞きたかったであろうこととは、異なる質問が飛んできた。

 「そういえば、こっちの自己紹介がまだだっけ?俺は、キョウ!以後、よろしく!」

 恭輔――キョウ――の自己紹介に、フィーが挨拶を返す。

 「よろしくお願いします。」

 そこで、今度はこちらが、両者の話に割り込んだ。

 「お前、キョウって名前にしたの?」

 「そうだけど?」

 キョウの答えに、率直な感想を口にする。

 「安直だねぇ。」

 それに対して、少し憮然ぶぜんとした声色で、キョウが質問を投げ返してくる。

 「うっせーなー。そういうお前はどうなんだよ?」

 自分の名前を答えようとして、少し考える。


 ――俺も大概なくらい安直だった……。

 

 若干の気まずさから、少し間をおいて答える。

 「……ミツヒロ。」

 すぐさま、キョウからツッコミが入った。

 「お前も人のこと言えねーじゃん!」

 全くもってその通りだった。

 そこで、再び、フィーが話に割り込む。

 「あの――。」

 それをきっかけに、キョウが話を元に戻した。

 「あぁ、悪い悪い。それで?」

 フィーが、本来したかったであろう質問を投げかける。

 「なぜ、ミツヒロをヒロと呼ばれたのですか?」

 質問に対して、キョウが思い当るふしを探して、フィーに確認する。

 「んーっと――。あぁ!最初の時に?」

 「はい。」 

 正解だったようだ。

 どうやら、最初にキョウが呼んだ名前と、こちらのプレイヤーネームが違うことに、疑問を持ったらしい。

 キョウが、その理由を教える。

 「簡単に言うと、リアルの方の渾名あだなってやつ?本当は、プレイヤーネームで呼ぶのがマナーなんだろうけど……。」

 続ける形で、キョウの補足をする。

 「まぁ、全然違う名前だってんならともかく、ミツヒロなら、ヒロって呼んでも不自然じゃないだろ。」

 更に、キョウが続けた。

 「と、いうわけだ。」

 「なるほど――。」

 納得してくれたらしい。

 そして、少し間を置いて、こちらに向き直り、再び言葉を発した。

 「私も、ヒロって呼んでもいいですか?」

 フィーの思わぬ提案に、再度驚かされる。


 ――AIって、もっと杓子定規しゃくしじょうぎなもんだと思ってたけど……。


 このゲームでは、愛称呼びの許可を求められるほど、AIに与えられた自由度が高いらしい。

 特段、断る理由もなかったので、提案を了承する。

 「別に、構わないけど――。」

 フィーが、飛び跳ねながら、その決定事項を口にする。

 「では、これからはヒロとお呼びしますね。」

 そのやり取りを見ていたキョウが、感想を漏らした。

 「なんか、えらく人間臭いな……。」

 その感想に共感しつつ、ありえそうな理由を口にする。

 「単純に、コミュニケーションの1プロセスなんじゃないのか?」

 その理由とは、AIが、プレイヤーの性格などを学習するために設定されている1手段なのでは、というものだ。

 これによって、パートナーの成長する姿を変えているのかも、と想像する。

 キョウが、持っている知識とすり合わせながら、自身の認識を言葉にした。

 「プレイヤー個人に合わせて――、ってやつ?」

 所詮しょせんは想像でしかないので、キョウの答えに歯切れ悪く反応する。

 「もしかしたら、だけど――。」

 こればかりは、ここで考えても答えは出ない。

 それは、開発者に聞くしかないのだろう。


 気持ちを切り替えて、キョウが次の目標を確認する。

 「で、次はどうしたらいいんだ?」

 20分もパートナーと話してた割に、その辺は確認していないらしい。

 キョウの疑問には、アカネが答えた。

 「次は、街の役所で個人ガレージの契約です。」

 その答えを聞いて、キョウが自身の認識を確認する。

 「契約すると、モノが作れるようになるんだっけ?」

 アカネが、キョウの認識を認めた上で、更に補足した。

 「はい。与えられたガレージフィールドで、思う存分、オブジェクトを作ることが可能になりますよ。」

 その答えを聞いて、キョウが号令をかける。

 「よっしゃ!じゃあ、早く役所に行こうぜ!」

 そして、先導する形で門に入って行く。

 全員が、その後に続いた。


 ●


 役所は、街の中央を縦に走っているらしい道を進んだ先にあった。

 入り口から入って、役所内のNPCの案内で、ガレージの契約を済ませる。

 契約自体は、NPCと話すだけの非常に簡素なものだった。

 その後、キョウと合流すべく、入り口に向かう。


 向こうは、先に契約を終えていたらしい。

 通路の壁に貼ってある掲示物を、じっと眺めている。

 こちらに気付いたのか、つかつかと近づいてきた。

 そして、掲示物を指さし、早口でまくし立てる。

 「ヒロ!なんか、明日の夜9時から、個人のバトルロイヤルイベントやるらしいぜ!」

 キョウの示す掲示物を見ると、確かにそのような文字が並んでいる。 

 なんとなく、キョウの次の言葉が予想できるが、一応先を促す。

 「あぁ――。らしいな。それで?」

 「折角だし、これに出ようぜ!」

 予想通りの言葉が、キョウの口から飛び出した。

 イベントに出ると言うのはいいが、その前に解決しないといけない問題があった。

 「出るったって……。装備とかの準備は?」

 こちらの疑問に、キョウがお気楽に返答する。

 「今日と明日あれば行けるって!それに、明日土曜じゃん!」

 確かに、ある程度の準備ができる時間はあった。

 しかし、装備が作れる時間があることと、イベントに参加するモチベーションがあることとは別問題だった。

 いまいち煮え切らない反応をする。

 「まぁ、そうだけど……。」

 なんとか、こちらを説得しようとしているのか、キョウが言葉を続けた。

 「そりゃあ、優勝とかは無理だろうけどさ、他のプレイヤーがどんな装備持ってるか、とか、確かめたりしたいじゃん!」

 それは、今、この場で参加を決めたにしては、もっともらしい参加理由だった。

 その理由に、思わず納得してしまう。

 「それは確かに……。」

 その返答から、キョウが強引に話を進める。

 「決まり!よく言うだろ?何事も経験だって!」

 どこかで聞いた言葉だった。

 そんな、ありふれた言葉が決め手になったわけでは断じてないが、結局、他のプレイヤーの装備見たさに、キョウの提案を受け入れた。

 「わかったよ。とりあえず、各自で準備だな。」

 こちらの言葉への同意と、加えて、友人間での簡単な取り決めを、キョウが提案してくる。

 「おう!装備は、お互いイベントまで内緒な!俺にやられても文句言うなよー?」

 キョウの軽口をいなして、了解の意を返す。 

 「はいはい――。」 


 かくして、今夜のこれから、そして、明日の夜の予定が決定したのだった。

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