第5話 目覚めの夜

 ライセンスの当選通知を見てからは、朝調べた情報を思い起こしながら、学校での一日を過ごした。

 例え、乗り気ではない応募であったとしても、内心では、少ない抽選枠に入れたことに浮足立っているらしい。

 そんな自分に対して、渋い物を食べたような気持ちと、自嘲にも似た思いを抱く。

 この辺りは、ライセンスに当選したことを伝えた際の、昼食時に行った、恭輔きょうすけとのやりとりにるところが大きい。

 

 学食で、一緒に食事をとっていた恭輔に、ライセンスの抽選に当選したことを報告すると、

 「そりゃあ、俺も待たなくて済むのは助かるけどさ……。2週間も挑んだ俺の苦労は何だったんだよ……。」

 と、嬉しさ半分、納得できなさ半分という、非常にわかりやすい反応をしてくれた。

 ライセンス入手までの時間を考えると、そう言いたくなる気持ちも大いに理解できる。

 そして、その差に対して、多少の優越感を持っているおのれを見つけたのだ。

 加えて、当初、あれだけ後ろ向きなことを言っておきながら、すっかり、このゲームをやる気になっていることに気付き、


 ――あんなことを言っておきながら、自分に有利な状況になれば、こんなにもあっさりやる気になるのか……。

 

 と、自身の移り身の速さを認識したのである。

 まるで、そこに自分の器の小ささが表れているような気がして、一人バツの悪い気持ちになった。

 最も、恭輔は、こちらの内心など、――当然のことながら――気にした風でもなく、

 「んじゃ、早速、今夜一緒にゲーム始めようぜ!」

 と、誘ってきてくれたのだが――。

 その有難い誘いに乗りつつ、以降、浮足立った自分を見つけては、


 ――我ながら、現金だな。


 と、一人自己嫌悪することになったのである。


 次々と浮かんでくる後ろ向きな気持ちを誤魔化ごまかす様に、頭の中で、今夜のゲームをどう進めていくかを、繰り返しシミュレーションした。


 ●


 夕食後、自室に戻り、ゲームを始める準備をする。

 机に設置されたディスプレイに目をやり、帰宅後に開始した、ゲームソフトのインストール状況を確認する。

 ディスプレイに表示されているプログレスバーは、既に100%となっており、ソフトウェアの準備ができていることを示していた。


 続いて、ハードの準備に移る。

 "make solution"は、VR専用のタイトルらしいので、そのための周辺機器を準備するために、机の隣の戸棚を開けた。

 戸棚の中には、フルフェイスのヘルメット型の機器、プロテクター型の機器、そして、グローブ型の機器の3つが鎮座している。 

 まるで、バイク用品のようだが、れっきとしたゲーム用の周辺機器だ。


 まず、プロテクター型の機器を手に取る。

 機器の中には、電熱線と水冷管、振動モータが組み込まれており、プレイヤーに振動や衝撃、温度などを伝えてくれるデバイスになっている。

 材質はゴム製で、体にフィットするようにできている。

 初期型は、長時間使用すると、熱がこもりやすく、不快感を覚えるという欠点があったらしいが、今では、空気循環用のファンが、温度や湿度を一定に保ってくれ、野外でなければ長時間の使用できるくらい改善されている。

 ベストを着こむ要領で身に着け、前に付いているチャックを締めれば、準備が完了する。


 次に、グローブ型の機器を手に取る。

 こちらの機器にも、プロテクター同様、電熱線と水冷管、振動モータが組み込まれており、プレイヤーがゲーム内で触ったものなどの振動や温度を伝えるデバイスになっている。

 材質は革製で、手触りも良い。

 これを、左右の手にはめる。

 指は、半ばから露出しており、ゲームのコントローラ操作の邪魔にならず、蒸れや、手汗などの対策がなされていた。


 最後に、フルフェイスのヘルメット型の機器を手に取って被る。

 これは、見た目通り、プレイヤーの視野に画面を投影するためのデバイスである。

 その他には、匂いを再現するための、アロマディフューザーのような機能や、風や空気の流れを再現するファンが仕込まれている。

 

 全ての機器を身に着け終えた後、ヘルメットのバイザーを上げて、視角を確保し、机の前の椅子に座った。

 そして、こちらの準備ができたことを、恭輔に連絡する。

 「恭輔にメッセージ送信。こっちの準備はできた。」

 指示に対して、コンシェルジュが反応する。

 「かしこまりました。香山 恭輔こうやま きょうすけ様に、メッセージを送信いたします。」

 恭輔からの返答はすぐに来た。

 机のディスプレイに、そのメッセージが表示される。

 『オッケー!こっちも準備できてるぜ!後で、ゲーム内で集合な!』

 これで、今夜ゲームを始めるための全ての準備が整った。

 

 ちなみに、美世みよは、まだライセンスを手に入れていないらしい。

 抽選に外れたのか、単にまだ応募していないのか――、それを知るすべはないが、いずれにしても、初プレイは、男友達との気楽なものになりそうだった。

 

 ゲームを起動する前に一息入れて、新しいVRの世界に飛び込む心持ちを固める。

 「さて、始めますか――。」

 机の上に置いてあったゲームのコントローラを片手に、勢いよくヘルメットのバイザーを閉める。

 カシャッ、という小気味よい音と共に、バイザーが正しく閉まったのを確認し、

コントローラを両手に持ち直す。

 そして、ゲームを起動すべく、コンシェルジュに指示を出した。

 「"make solution"を起動。」

 「かしこまりました。ゲームを起動します。」

 コンシェルジュの返答後、すぐに、全てのVRデバイスが起動し、無音の闇の世界に飲み込まれた。


 ●


 闇の中で数秒ほど待っていると、目前に、"make solution"の文字が浮かび上がる。

 これが、このゲームのスタート画面らしい。

 表示される指示に従って、操作を進める。

 すると、"Create Character"の文字と、空欄のキャラクター作成枠が表示された。

 前情報通り、セーブスロットは、1つのアカウントに対して1つだけらしい。

 思いつくままに、自身のアバターを作成していく。


 数分の後に出来上がったアバターは、黒髪に、アーモンド型の目、愛想の悪そうな顔をしていた。

 その姿に、奇妙な既視感を覚える。

 記憶を探っていくと、その理由に気付いた。

 

 ――俺じゃん……。

 

 どうやら、いつの間にか、鏡で見る自分を参考にしていたらしい。

 既視感どころの話ではなかった。

 現実世界との違いは、髪を上げているかどうか位だ。


 ――まぁ、カッコよすぎるアバターよりいいか。

  

 妙な気恥しさはあるが、違和感があるよりはいいと考え、アバターの作成を終了した。


 そして、最後に、キャラクターの名前を設定する。

 少し考えて、"ミツヒロ"と入力した。

 すると、最終確認の意思を問うウィンドウが出現する。

 内容を確認し、ウィンドウ下部の"Confirm"を選択する。

 その途端、視界が移動し、作成したアバターの視界と重なった。


 これで、自分がこのアバターに宿ったということらしい。

 そのまま、視線を動かしてアバターの姿を確認していると、目の前に、"Setting Your Partner's Name"の文字が表示される。


 このゲームでは、自分のキャラクターの作成と同時に、AIを積んだ、1体のNPCが、システムによって与えられる。

 このNPCは、自分と一緒にゲーム世界を歩き回り、助言や補助をしてくれる。

 いわば、動き回るヘルプデスクのような役割を果たしてくれる存在だ。

 そして、このNPCは、ゲームが進むごとに様々に成長、姿を変えていくらしい。

 その姿は一定ではなく、亀のような姿をしたものや、爬虫類のような姿をしたもの、ヒト型のものなども確認されており、プレイヤーごとに異なる。

 更に、NPCの成長した姿は、動画投稿サイトなどにアップし、見せ合うことができる。

 このゲームが、口コミで広まってきた要因の一つであった。


 ――俺のは、どんな姿になるのやら。

 

 まだ見ぬNPCに、思いをせていると、突然、目の前にウィンドウがポップアップする。

 内容を見ると、NPCと自身のコンシェルジュのソフトウェア連携を認める許可要求の様だ。

 事前情報によると、このゲームのNPCと、プレイヤーの持つコンシェルジュソフトを連携させることで、2つのソフトの機能を統合させることができるらしい。

 こうすることによって、コンシェルジュとしての機能をそのままに、現実世界でも、NPCとコミュニケーションをとることができるようになる。

 噂では、その時のコミュニケーションによって、NPCの成長が変わってくるという話もあった。


 ふと、朝のやり取りを思い出す。


 ――そういえば、コンシェルジュの名前も決めかねてたっけ。


 これを機に、コンシェルジュの名前も一緒に決めてしまおうと考え、ウィンドウ下部の"Yes"を選択する。

 すると、表示されていたウィンドウが消え、名前の設定ウィンドウが表示された。

 デフォルトネームに、"フィー"という文字が入力されている。

 恐らく、ランダムで入力されたものだろう。

 特に変更するようなこだわりもなかったので、これも何かのえんだとして、そのまま"Confirm"を選択した。

 

 名前の入力が終了すると、ウィンドウが消失し、目の前で光の粒が集い始める。

 粒が寄り集まって、サッカーボールくらいの大きさになると、色が変わり、薄いオレンジ色の球体に変化した。

 それは、まるで重力に引かれたように、足元に落下する。


 そして、足元に落ちた、大きな饅頭のようなものは、デフォルメされた目を、ぱちくりと開いてから、声を発した。

 「初めまして!私は、フィー!これから、よろしくお願いします!」

 これが、NPCの姿らしい。 

 

 ――初期の姿は、全プレイヤー共通で、スライムみたいなものって情報は本当だったらしいな。

 

 ネットで得た情報と照らし合わせながら、興味深く、NPC――フィー――の姿を確認する。

 声を発することができるということはわかったが、どこに口があるのかはわからなかった。

 しげしげと眺めていると、フィーから質問が投げかけられる。

 「あなたのお名前は?なんと言うのですか?」

 「あぁ――。」

 少し、考えて、アバターの名前を告げる。

 「ミツヒロだ。よろしく。」

 答えると、ぽいん、と、フィーが膝位の高さまで飛び跳ねる。


 ――了解の意を示しているのか?


 意思の疎通を図りかねて、1回、2回と跳ねるフィーを眺める。

 すると、フィーが飛び跳ねながら、次に行うべき行動を示した。

 「では、ミツヒロ、ゲームを始めましょう!この奥に進んでください!そこから、ワールドに移動します!」

 奥の方に目をやると、さっきまでなかった小さな光が見えた。

 これで、ゲーム開始の準備ができたということらしい。

 改めて、意気込みを口に出す。

 「よし、行くか――。」

 「はい!これから頑張っていきましょう!」

 独り言のつもりでつぶやいた言葉に対して、返答があることに少し戸惑う。


 ――まぁ、そのうち慣れるだろ。


 そう結論付けて、光に向けて歩き出す。

 その後ろを、フィーが、飛び跳ねながら追従した。


 ●


 後ろを、飛び跳ねながらついてくるフィーの気配を感じながら、暗闇の中を、光目指して進んでいく。


 差し込んでくる光が、進む方向を照らし、まるで、光の道を歩いているかのようだった――。

 

 を進めるにつれ、光がだんだんと大きくなってきた。

 いよいよ、この道も終点が近いらしい。

 

 突然、フィーではない声が空間に響く。

 「さぁ!暗い旅路も、いよいよ終点!ようこそ!"make solution"の世界へ!」

 どうやら、ゲームのアナウンスらしい。

 アナウンスは続ける。

 「これから、あなたが作る未来に、大いに期待をしております!」 

 声に背中を押されるように、光の中へと踏み出した。


 急な明暗の変化に、思わず目をつむる――。 

 しばらくして、恐る恐る目を開けると、眼前には、所々に緑が生い茂る、一面の荒野が広がっていた――。

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