第10話 羊の歩み

 朝食を終え、部屋に戻ってゲームにログインする。

 開始地点は、自分のガレージだった。

 ログインし直すと、前回ログアウトした場所から再開されるらしい。

 

 ログイン後の作業として、自身のステータスを確認していく。

 視界に表示されているCP《クリエイターズポイント》を確認すると、102と表示されていた。

 昨日、射撃訓練用に、弾丸や的を作成したことで加算された1ポイント分が、消費された形だ。

 続けて、装備品の確認を行う。

 ステータス画面上では、マスケット銃のみが装備品として登録されている。

 そして、持ち物のらんには、昨日作った弾丸の余りがそのまま残っている。

 こちらは、昨日ログアウトした状況のまま変化はない。


 確認を終えたタイミングで、足元にいたフィーが、これからの予定を聞いてくる。 

 「さて、またガレージで射撃訓練ですか?」

 これに対して、朝食をりながら考えた予定を答える。

 「いや、まずフィールドで動物を狙ってみようと思う。」

 「――ちゃんと当たりますかね?」

 止まっている的でさえ、20メートル以上離れるとまともに当たらないのだ。


 ――動く相手に当てようと思ったら、20メートル以内でも厳しいかもしれない。


 その懸念を、そのまま素直に口にする。

 「まぁ、当てるのは難しいだろうね。」

 「――では、なぜ?もう少し練習してからの方が良いのでは?」

 もっともな提案だった。

 本来ならば、そうべきだと思うし、そうしただろう。

 ただ、今回は少し事情があった。

 「イベントまで、あんまり時間がないっていうのが大きいかな。それまでに、動く標的を狙う感覚をとか、この銃の威力とかも調べないと。昨日は、どれくらい当たるかしか見てなかったし――。」

 「確かに、実際当たった時の効果は、まだ確認してませんね。」

 「そういうこと。もし、弾が当たっても、威力がないってんじゃ、そもそも装備自体を変えないとだし……。」

 これが、現時点で、最大の懸念けねんだった。

 もし、今の装備がイベントで役に立たないとなれば、早急に新しい装備を用意しなければならない。

 しかもその場合、新しい装備の練習時間も必要になってくる。

 最悪のケースで必要になる時間と、イベントまでの残りの時間を考えれば、銃の威力の確認は、最優先で行うべき内容だった。

 「なるほど。確かに、そう言う懸念もあるんですね……。」

 フィーにも、納得してもらえたようだ。

 自身の中で整理する意味も兼ねて、改めてイベントまでの予定を口にする。

 「うん。だから、最初は威力とかの確認から。その後、時間が余ってたら、また射撃練習かな。」

 「了解しました!それじゃあ、早速、フィールドに向かいましょう!」


 フィーの元気な声を聞きながら、メニュー画面を開き、フィールドへの移動操作を行う。

 程なくして、ガレージからフィールドへの転送が始まった。 


 ●


 「うーん。やっぱり、上手くいかないなぁ……。」

 かんばしくない結果に、自然と、口から弱音がこぼれる。

 「そうですねぇ……。」

 今回ばかりは、フィーも"どうしたものか"という雰囲気で、こちらの弱音に同調した。


 街を経由してフィールドに移動し、周囲で無数に生息している動物を相手に練習を始めてから、早1時間が経過していた。

 現在の標的は、鹿に似た姿の動物である。

 姿が似ているだけあって、その挙動も、現実の鹿に良く似ていた。

 離れている分にはおっとりと歩いているが、人が近づいたり、攻撃を加えたりすると、俊敏しゅんびんな動きで逃げ去っていく。


 そんな相手に対して、イベントで使う予定の戦法を練習する。

 まずは、見つからないように慎重に近づき、弾が当たる距離まで来たら狙って撃つ。

 さながら猟師の様な行動を、この1時間、何度も繰り返した。

 

 その結果が、先程の弱音である。

 予想通りと言うべきか、この1時間は、現状の課題を再確認する程度の成果しか上げることはできなかった。


 結論から言えば、見つからずに近づくことさえできれば、弾を当てることは可能だった。

 それによって、動物を倒すこともできた。

 しかし、一度ひとたび相手に動き回られると、途端に命中率が下がる。

 1時間の狩猟を通して得た経験からすると、動いている相手に当てられる距離は、精々10メートル程度だろう。

 それも、相手が一直線に動く場合に限られた。


 ――不規則に動かれたら、打つ手がないな。


 考えれば考えるほど、今夜のイベントで何もできずに、敗退する未来が見えてくる様だった。

 現実逃避をしていると、フィーがポジティブな要素を探してくれる。

 「当たり所さえ良かったら、1発なんですけどね。」

 これが唯一のポジティブな要素だった。

 高速で発射される鉛の弾丸は、その力を遺憾いかんなく発揮し、獲物の体を貫通した。

 そのため、急所にさえ当たれば、1撃で仕留めることができた。


 ――多分、人相手でも使えるだろう。


 威力だけ見れば、そう思えるものだった。

 最も――、

 「それも、相手が急所を防具で守ってなければ――、だけどね。」

 相手が防具を身にまとっているという状況は、当然、想定される状況である。

 勿論、相手との距離や、防具の厚さにもよるだろうが、1撃で相手を倒せる確率が下がることはけられない。

 そして、相手を仕損じた場合について、フィーが言及する。

 「もし、相手を仕留めきれなければ――。」

 「次弾装填中にやられたり、逃げられたりかなぁ……。」

 フリントロック式のマスケット銃は、次弾の装填に20秒程度の時間がかかる。

 それだけの時間があれば、逃げるなり撃ち返すなり、相手は、なんだってできるだろう。 

 少しでも勝つ確率を上げるには、できるだけ距離を取るしかないのだが――、

 「少しでも離れると、当たる確率、極端に低くなるしなぁ……。」

 最初の問題に突き当たるのである。

 勝つために離れたいのに、現状では、離れたら勝てないのだ。

 堂々巡りもいい所だった。

 ただ、これは同時に、救いでもあった。


 ――結局、何かの手段で命中精度を上げるしかないわけか……。

 

 問題点がハッキリしているのである。

 それを解決する手段を探すことさえできれば、格段に状況は良くなってくる。

 残り時間で、そんな手段を見つけ、実践できるかはわからないが――、


 ――やるだけやってみるか……。後は、なるようになれだ。

 

 内心で、投げやりな覚悟を決め、今直面している問題に向き合う。

 「そもそも、なんで弾の軌道がばらつくんだろう……?」

 フィーがまとめてくれた昨日のデータを見ると、同じ姿勢から撃ったはずの弾が、異なる軌道を描いて的に到達していることが分かる。

 勿論、同じ姿勢から撃った弾が、必ず同じ場所に当たるとは思ってはいない。

 しかし、それを踏まえても、集弾性能しゅうだんせいのうの悪さは特徴的だった。

 その要因の手掛かりを求めて、フィーに文献の調査を依頼する。

 「フィー、このばらつきの理由って、ネットとかで調べられたりしないかな?」

 「了解しました。ちょっと探してみましょう。」

 数秒後、フィーから検索結果が知らされる。

 「ありました。文献によると、弾丸の受ける空気抵抗が主な要因の様です。」

 「空気抵抗?」

 物理の授業で、何度か聞いたことのある言葉だった。

 フィーが、かみくだいた解説を付け加える。

 「はい。要は、物体が、空気中を移動する際に受ける力ですね。その力が、物体の運動を減衰げんすいさせるのです。」

 解説を聞いて、言葉の意味を飲みこむ。


 ――なるほど。だから"空気抵抗"ね。

 

 だが、いくらかに落ちない点があった。

 持ち物リストから、マスケット銃の弾丸を実体化する。

 直径10ミリ程度の丸い玉を掌でもてあそびながら、疑問を口にした。

 「こんな小さな弾が空気の影響を受けるの?」

 なんとなく、大きなもの――人とか――が、空気の影響を受けるイメージはある。

 それは、日常生活で自転車を使っていた経験などから得たものだ。

 そしてその経験からすると、"小さなものであれば、受ける抵抗は小さいのでは?"と思ったのである。

 この疑問に対して、フィーから回答が返ってくる。

 「はい。勿論、移動する物体の形状も関係してきますが、基本的には、大きさに関係なく、移動速度が速い程、影響を受けるようです。」

 「そうなのか……。」

 現実とイメージの食い違いに引っかかりを覚えるが、"そういうものだ"と、自分を納得させる。

 そして、更なる情報を求めて、資料の開示を要求した。

 「ちょっと、見つけた資料見せてくれる?」

 「了解しました。画面に表示します。」

 すぐに、画面にフィーが探してきたであろう資料が、いくつか表示される。

 その中から、比較的読みやすそうな資料を斜め読みし、要点をまとめる。

 「なるほど。湿度とか、弾丸の回転が違うと、受ける影響も変わってくるのか……。」

 「そうですね。だから、同じ姿勢、角度から撃っても、弾の軌道がバラつくようです。」

 「でも、近場なら集弾性能がマシなのは、なんで?」

 「発射された直後だと、受ける抵抗よりも、弾の持っている力の方が強いんじゃないでしょうか。」

 「だから、ある程度までは真っ直ぐ進んで、抵抗の方が強くなると、弾の軌道が変わるのか……。」

 つまり、弾を遠くの標的に当てようと思ったら――、

 「その時、その時で軌道が変わる弾の弾道を考えろって?――無理じゃない?」

 「まぁ、今後はともかく、今夜のイベントまでと考えると、現実的ではありませんね……。」

 問題の要因はわかったが、肝心の解決策が思いつかない。

 「うーん……。」

 掌の上の球体をながめながら、再び考え込む。

 

 ――まだ、手で投げた方が当たるんじゃないか……。


 そんな馬鹿な考えが脳裏のうりよぎった時、不意に、弟――隼人はやと――との会話を思い出した。


 ――あれは、確か――。

 

 まだ、隼人が野球部に所属する前、練習と称してキャッチボールの相手をさせられた時のことだった。

 こちらの投げるボールは、フラフラと定まらない軌道で飛んでいくのに対して、隼人の投げるボールは、安定した軌道で、真っ直ぐ、こちらのグローブ目掛け飛んできた。

 最初、その違いは、肩の筋力の差から生まれていると思っていた。

 キャッチボールを終えた後、何の気なしに、

 

 "――やっぱり、ボールを真っ直ぐ投げようと思ったら、肩鍛えんの?。"


 と、問うと、隼人は少し笑って、


 "――もちろんそれもあるけど、真っ直ぐ投げるのに大事なのは、肩の強さだけじゃなくて、投げるフォームとか、回転を――。"

 

 そこまで思い出して、フィーに確認を取る。

 「――弾の回転が違うと、軌道が変わってくるんだよね?」

 「えぇ。それだけが要因ではありませんが、一つではありますね。」

 フィーの回答を聞き、こちらの思い付きを話した。

 「じゃあ、弾の回転を一定にする方法ってないのかな?そうすれば、ある程度、軌道を予測できるよね?絶対、昔の人も同じようなこと考えたと思うんだ。」

 「なるほど!ちょっと調べてみますね。」

 「お願い。」

 数秒程して、フィーが検索の結果を伝えてくる。

 「ありました!"ライフリング"と呼ばれる加工を施せば可能なようです。」

 「資料を見せて。」

 表示された資料の内、図解が丁寧な資料を選んで斜め読みをする。

 細かい理屈まではわからないが、精度の向上が可能らしい。

 「へー、溝だけで精度がかなり変わるんだ……。」

 ちなみに、昨日作ったマスケット銃には、この加工はされてないようだ。


 ――これも安かった理由かな?。


 そう考えながら、資料を読んでいくと、1つの単語が目に留まる。

 重要な単語なのか、ここ文章の色が違った。

 「この、"ジャイロ効果"ってなんだろう?資料出してくれる?」

 「表示します。」

 今度は、小難しい数式や図が並んだ資料ばかりが表示される。

 それらをいったん無視し、解説だけを読み込んで、内容を要約する。

 「なるほど。要するに、回転が速いと、移動する物体の安定性が上がるんだ。」

 「――の、ようですね。」

 つまり、安定した軌道を望むなら、より速く、弾を回転させれば良いということになる。

 「回転を速くしようとすると、弾の加速を速くして、溝を細かくすればいいのかなぁ……?」

 フィーが見つけた資料を見ながら、手元のマスケット銃の改造について考える。

 「そのためには、銃身の改造と、火薬の変更が必要になりますね。」

 フィーが、改造が必要になりそうな項目をまとめて、画面に表示してくれた。

 それを確認しながら、イベントまでの残り時間で、どこまでのことが出来そうかを考える。

 「残り時間を考えると、試せるのはその辺か……。ホントは、弾の形も変えたほうがいいらしいけど――。」

 資料には、丸形の弾から、よく見るしいの実型の弾丸への遷移が書かれている。

 今日までの銃の歴史は、ここから発展して来たらしい。

 少し興味をひかれたが、断念する。

 切れた言葉を、フィーが引き継いだ。

 「作った後の調整の時間も考えると、あまり現実的ではありませんね。」

 「かなぁ。」

 フィーの言葉に同意を返し、次の作業に移るべく、方針を示す。

 「溝を作る位なら、フリーの設計ソフトでもできそうだし、そっちからやってみよう。初心者でも使いやすそうな設計ソフトを、探してくれる?後、火薬は、ゲーム内の調合機を使うよ。こっちは、参考になりそうなサイトをピックアップしておいて。」

 「了解しました。しばらく時間がかかるので、その間に、ガレージに入っておきましょう!」

 「そうしようか。」

 「では出発です!」

 フィーの号令と共に、街へとを進め始める。


 ――これで、多少なりとも使い物になれば良いんだけど……。


 胸中では、"問題が解決できるかも"という期待と、"本当にできるのだろうか"という不安が、大きな渦を巻いていた――。

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Re:make solution 和田健二 @matton_o

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