第3話 友の誘い
人がまばらに歩く街並みの中を、ゆったりとした速度で歩いていく。
そのまま、15分ほど平坦な道を歩くと、住宅地から少し外れ、背の高い建物はほとんどなくなる。
そんな風景の中で、クリーム色をした4階建ての校舎は、大きな存在感を発していた。
それが、
カリキュラムが変わり、自宅で一部の授業を受けるようになっても、建物そのものは、100年前から大きな変化はない。
グラウンド、体育館、音楽室や理科室といった、学内授業に必要な設備を
――単に、前の
少子化の進行により、学生の全体数は、100年前から約半数に減少している。
それに伴って、高校などの教育機関は、その数を大きく減らしていった。
そう言った状況の中で、新しい校舎を建てる理由や、経済的余裕があるはずもなく、結果、いくつかの教育機関が統廃合された
――前世紀に建てられたんだし、もはや遺跡だよなぁ。
そう考えると、近代に建てられた、ただの無機質な建築物が、とても神聖なもののように思えてきて――。
さながら、神社の
●
教室に入り、自分に割り当てられた、窓際後方の席に向かう。
まだ1度も席替えが行われていないために、席順は50音順で決められていた。
おかげで、
席について、鞄から筆記用具を取り出していると、1人の男子生徒が、近付いてくる。
「おーっす!ヒロ!今日は遅刻しなかったんだな!」
少し高めの、人懐っこそうな声を発しながら話しかけてきたのは、小学校以来の友人である、香山
170センチを超える体格、短く刈り上げた短髪、少し日に焼けた肌は、一見すると爽やかなスポーツマン然とした風貌をしている。
自分とは対極にいるような人間に見えるが、漫画やゲームの趣向が合った為に、今でも気の置けない友人をしている。
「人を遅刻魔みたいに言うな。まだ、1回しか遅刻してない。」
朝一番から、からかいの言葉を投げつけてきた友人に、憮然とした風に答える。
そんな雰囲気を気にもせずに、恭輔が言葉を続ける。
「いやー、そうなんだけどなぁ。けど、その1回のインパクトが凄かったからさぁ。なにせ――。」
あまり掘り起こされたくない話題を取り挙げられた上に、話が長くなりそうだったので、相手が全てを言い切る前に、強制的に話題を終了させる手段を取ることにした。
「それ以上言うからには、次の実習のレポートは1人で書く覚悟があるんだな?」
「悪ぃ悪ぃ。まぁ、そう言うなって!もう言わねーから!」
雰囲気が悪くなる大分手前で、恭輔が降参の意を示す。
「昨日も一昨日も聞いたよ。それ。」
苦笑しながら、そう答えた。
今更、この程度のやり取りで、恭輔との関係が悪くなることなど無い。
それでも、この引き際を間違えない所が、恭輔の人付き合いの上手さの秘訣だと思う。
「で、今日はなんだ?宿題の写し?」
ここ最近の朝のルーチンワークのような会話を終え、本題に移ろうとする。
「ちげーよ!お前こそ、人を宿題やらないやつみてーに言うな!」
「悪い悪い。」
「ったく……。そうじゃなくて!ゲームだよ!ゲーム!」
「ゲームぅ?」
「そう!前から気になってたゲームをついに手に入れたんだよ!」
どうやら、面白そうなゲームを手に入れた報告がしたかったらしい。
「ついに手に入れたって……。大丈夫なのか?それ……。」
この時代、ソフトウェアは、ほぼ全てがネットワークからのダウンロードで配布されている。
つまり、お金さえ払えば、労せず入手することができるのだ。
それ故に、"ついに手に入れた"という表現が気にかかった。
わざわざ――例えば、何かのメディアで配布するような――入手性が悪い方法で配布しているソフトには、何か後ろ暗いものがあるのではないか。そう、勘繰るのが常識だ。
「違うって!ちゃんとしたゲーム販売サイトで購入したって!」
どうやら、その点は杞憂だったらしい。
「じゃあ、金貯めるためのバイトが大変だったとか?」
「いや、このゲームは無料だから、バイトはしてねー。」
「じゃあ、なんで手に入れただけで、そんなにハシャいでるんだよ……。」
恭輔がここまでハイテンションな理由が、全く、見当もつかなかった。
「このゲーム、ライセンス制なんだよ。しかも、ライセンスを入手できるのは、抽選に当たった人だけ。これまで何度も応募してたけど、全然当たらなかったんだ!で、そのライセンス配布の抽選に、
「あー……。そういうこと……。」
ライセンス制のゲームは、配布されたライセンスファイルがないと、ゲームが起動ができず、遊ぶことができない。
そのライセンスファイルの配布形式が抽選方式で、恭輔はその抽選に当たり、ライセンスファイルを手に入れて浮かれていたらしい。
「でも、無料なのに、ライセンスは抽選方式って――。」
「不思議だよなー。抽選は毎日行われるんだけど、当選数も発表時間もまちまちなんだ。サーバの負荷テストってわけでもないだろうし……。まぁ、その辺も相まって口コミで噂が広まってるのもあるんだけど……。」
ゲームソフトを無料で配布するメリットは、"より多くの人に遊んでもらう"ことができることにある。
そうして集まったプレイヤーの内の何割かが、ゲーム内アイテムに課金することで、収益を上げことができる。
しかし、恭輔が入手したゲームは、ライセンスの配布を抽選で行い、プレイヤー数を限定しているらしい。
素人目には、収益を上げるための営業戦略と、取っている行動がかみ合っていないように思える。
――もしくは、余程深い戦略があるのか――。
「それ、どこが作ってんの?」
「制作者不明!どこかのインディーズって噂もあれば、教促の一環って噂もある。」
「教促か――。」
教促――、正式名称を教育促進プロジェクトと言う、2070年代から、この国が導入している教育システムである。
2000年代から続く少子化は、10年後、20年後に生まれてくる子供だけでなく、労働人口をも、容赦なく減少させていった。
統計によると、100年前に比べて、その数は半分まで落ち込んでいるらしい。
これによって、国内での開発能力、生産能力は大きく低下し、主要な企業は、新たな人手を求めて、次々と海外にその拠点を移した。
今や、工場などの製品開発、生産の拠点は、そのほとんどが海外に移っている。
多くの国民の、雇用機会と共に――。
この現状を重く見た政府は、国内での雇用を作る為に、新たな主力産業の育成に取り掛かった。
その次期主力産業として、白羽の矢が立ったのが、ソフトウェア産業だったと言うわけである。
この決定がなされた後、政府は、巨額の資金を投じて、ソフトウェアを開発する企業に、手厚い支援を行い、雇用の維持、
補助を受けた業界では、企業が、
それに併せて、技術職、事務職問わずに求人件数が増加していった。
かくして、この
これで、今後10年の経済活動は大丈夫だろう――。
安堵の雰囲気が、この国全体に広がった矢先に――、すぐに次の問題に直面することとなる。
企業の求人数が、求職者の数を大きく上回り始めたのだ。
本来ならば、事業規模の拡大等による求人の増加は、歓迎すべきことである。
もっとも、それは、働く人が居ればの話であった。
当時の政府としては、雇用の創出、経済の好転、少子化からの脱却を少しずつ進める予定だったのだろう。
ところが、世の中は、そんな思惑を
このままでは、ソフトウェア産業までも海外に流出してしまう――。
危機感を持った政府は、この状況を打破する為に、新たな手を打つ。
それが、教育促進プロジェクトだ。
このプロジェクトは、高校教育のカリキュラムに、企業におけるインターンシップを組み込むところから始まる。
これによって、高校生に実務を担当させることで、実質的な労働人口の補強を行おうとしたのである。
当然、教育者などから反発はあった。
しかし、労働人口の補強――しかも、助成金付き――に加えて、優秀な人材を見つける手段としての有効性を目の前にして、色めきたった経済界の後押しにより、このプロジェクトは異例の早さで実現する。
表向きには、"専門性の高い業務を経験することで、学生が、自身の特性を見極める機会を作る為"と説明されたが、それが建前であることは、誰の目にも明らかだった。
恭輔が入手したゲームも、どこかの企業が、こっそり、学生にプレイをさせることで、業務の効率化と、インターンシップとして登録する事による助成金の両取りを狙っているのでは――、と
――企業名を伏せる意味はわからないけど……。
考えを巡らせていると、恭輔が、更に話を続けた。
「で、本題なんだけど――。」
想定していなかった恭輔の言葉に、思わず反応する。
「え?ライセンス当たったってのが、本題じゃないの?」
「ちげーよ!わざわざ、そんな自慢がしたかったわけじゃねーって!」
"そうだと思ってた。"という言葉を飲み込んで、先を促す。
「じゃあ、本題は何だよ?」
「わかってんだろ?このゲーム、一緒にやろうぜ!」
これが本題だったらしい。
だが、そのゲームをするためには、大きな問題があったはずだ。
「お前さっき、ライセンスが当たるまで結構かかったみたいな口ぶりだったけど……?」
「おうよ!大体2週間くらいハズレまくった!」
思ったより長かった。
「だとしたら、俺ができるとしても、早くて2週間後なんだけど……?」
「やってみないとわかんねーじゃん!それに、2週間後でも待つからさ!」
あっさりと言う恭輔に、思わず面食らってしまう。
「待つって、お前……。そもそも、俺は、そのゲームが、どんなゲームかも知らないんだけど……?」
「あぁ。そりゃそうか。一言で言うと、"プレイヤーが自由にオブジェクトを作って、それで自由に遊べる"ってゲームだな。なんでも、企業が業務で使うソフトとかとも連携できるらしいぜ。そんで、作ったオブジェクトを使って、対人戦闘とか、パーティー組んでボスと戦ったりするんだと。」
その説明を聞いて、思わず渋い表情になる。
「――お前、それ、俺の鬼門のジャンルじゃん……。俺が、飽きっぽいの知ってるだろ……?」
この手のゲームには、製作者側が明確な目標を設定していないことが多い。
ゲームの目標は、プレイヤー自身が自由に設定し、それを達成していくのだ。
自分が設定した目標を達成した時の快感や、達成感が、クセになる人も少なくないらしい。
一方で、このジャンルが合わない人間というのも、確かに存在する。
思うに、それは、自分で目標を設定することが苦手な人間だ。
目標が与えられないまま、"自分で好きなものを作って、自由に遊んでいいよ"と、だけ言われて放り出されると、何をしたらいいのか分からなくなり、途方に暮れてしまうのだと思う。
――俺みたいに……。
実際、昔、クラフト系のゲームに手をだし、自分で目標を見出すことができず、ものの3日で遊ばなくなった経験があった。
以来、このジャンルのゲームを自身の鬼門とし、距離を置いてきたのである。
「それも知ってるって!でも案外、やってみたらハマるかもしれないしさ!それに、ソーシャル系のゲーム掛け持ちするよりは、時間的にもお財布にも優しいって。――最近、厳しいんだろ?」
事実だった。
ここ最近は、片手間で遊べるソーシャル系のゲームを複数遊んでいる。
飽きっぽい自分が、やることをなくして退屈しないための、自分なりの防衛手段だった。
しかし、ソーシャル系のゲームは、やればやるほど時間を吸っていく。
加えて、自分を飽きさせないために、ある程度の効率を求めて、ゲームに課金をするものだから、時間とお金はみるみる無くなっていく。
しかも、それが複数タイトルなのだから、余裕がなくなるのは、当然の帰結だった。
「それは――、そうだけど……。」
「な?やってみようって!」
結局、恭輔の熱意に根負けを喫する。
「わかった。わかった。とりあえず、ライセンスの抽選に応募する。」
「そうこなくっちゃ!」
「――俺、くじ運悪いんだから、あんま期待すんなよ?」
「おうよ!吉報を、待ってるぜー!」
恭輔が、人懐っこい笑顔を浮かべて喜ぶ。
――また、流されちゃったな。
"仕方ないな"と思いながら、去っていく恭介の背中を見送る。
そこで、ふと重要なことを聞き忘れてたことに気付いて、恭輔を呼び止める。
「なぁ!そういえば――、」
「ん?」
「そのゲームのタイトルは?」
「あぁ――。タイトルは、"make solution"ってんだ。」
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