Re:make solution

和田健二

第1話 いつもの目覚め

 ふと気が付くと、真っ暗な闇の中にいた。


ここはどこなのか――。


それを確かめるために、何か識別できるようなものを探して首を巡らせてみたが、闇が広がっているばかりで何も見えなかった。


そもそも何故自分はこんな場所にいるのか――。


それを考えようとして――、あまりの現実感のなさに気が付いた。


――なんだ、夢か。


それを理解した途端に、いくばくかの安堵感が沸き上がり――、すぐさま大きな失望感へと変わった。


――せめて、夢の中でくらい……。


 ●


 ピピピという無機質なアラームの音に気付いて、意識が急速に浮上する。

同時に、聴覚以外の五感が仕事を再開し、意識の覚醒を促す。


閉じたまぶたの裏で感じる、周囲の明るさ――。

全身が石になったような、筋肉の強張り――。

背中にじっとりとにじむ汗の感触――。


「うぁ……。」

 その情報量の多さと沸き上がる不快感に、思わずうめくような声が漏れた。

 

 数秒間そのまま微睡まどろんだ後、意を決して瞼を開くと、照明がついたままの見慣れた部屋が、90度回転して眼前に広がった。

 続けて、上体を起こそうと体に力をめる。その時初めて、自分がベッドではなく、椅子に座った状態で眠っていたことに気付いた。

 思えば、頭上からも光が漏れている。どうやら、PCのディスプレイ端末も付けっ放しらしい。


――昨日は、作業をしている途中で寝たのか。


 不自然な体勢で寝ていたために疲労の抜けきらない上体を起こしきる。

そして、現状を確認するために必要な行動を起こした。

「今、何時?」

 自分以外の人間がいない部屋で発した声に対して、PCに接続されたスピーカーから応答があった。

「おはようございます。ただ今、2109年4月19日金曜日、午前6時46分です。」

 人の気持ちを落ち着かせる効果を持っていそうな、おっとりとした女性の声が、部屋に流れる。


 声の主は、2週間ほど前に高校への進学祝いとして親に与えられた、AIを搭載した個人コンシェルジュソフトだ。

 このソフトウェアは、AIがユーザの趣味趣向、普段の行動や言動を学習し、"ユーザの要望を、ユーザに合わせて最適の形で叶えること"をにしており、現在では1人に1つレベルで広く普及している定番ソフトウェアの1つとなっている。

 中には、キャラクターの3DCGモデルを作成し、コンシェルジュが発する音声に合わせて動くように改造するも居るのだとか――。


いずれにしても、手を動かさずに様々な情報を得られる点は便利だと思う。

「昨日の進捗状況は?」

「昨日の時点で、課題の進捗は30%です。作業中、午前0時30分ごろに睡眠状態に入られました。」

「そう。今日の予定は?」

「今日は、本科の授業が3時間、学内授業が3時間です。学内授業があるので、本日は学校に登校する必要がございます。また、そのほかの予定は設定されていません。」

「わかった。」


 2075年、この国の学校教育に大きな変化があった。それが、一部授業の完全オンライン化と授業配信制度である。

教師と生徒が向かい合って授業を行う、数学や国語、英語などの科目に限定して、授業をネットワーク上で全国の学生に配信することになったのだ。

 これによって、日本のどこに住んでいても、同じ質の授業を受けられるようになった。

 少子化が進み、少なくない数の学校が消え、地域ごとの教育格差が大きくなっていく中では、当時の政府としても重い腰を上げざるを得なかったらしい。

 この制度が導入された結果、オンライン化された授業科目――本科――に関しての格差は解消傾向になった。

 余剰となってしまった教員達も、体育や美術など、広い場所や専用の道具が必要になる科目――学内授業――の担当になり、全員が職を失うような事態にはなっていない。


 専門家の一部には、"素晴らしい制度だ"として褒めそやす者もいるらしいが――、

「結局、1年の半分は登校しないといけないんだよなぁ……。」

と、学生である身としては、無理にでも学校という制度を維持し、自分たちに不便さを強要してくることに対して、釈然としないものを感じていた。

「何か御用でしょうか?」

 いきなりコンシェルジュが反応する。どうやら言葉に出してしまっていたらしい。

「いや、別になんでもないよ。」

 不毛な思考を切り上げて、コンシェルジュに返答する。

2週間程度では、独り言と要望の違いは判断できないらしい。


――もしくは、AIがそれを学習できる程、俺が喋っていないのか……。


 そんなことを考えながら、手早く学校指定の制服に着替えて登校する準備を整える。

鞄に入れる物は、筆記用具と、携帯と、財布と、それから――、

「体育はあるんだっけ?」

「はい。午後2時から1時間の予定です。本日の最高気温は20度の予想です。」

「昨日と同じくらいか。だんだん暑くなってきたなぁ。」

つぶやきながら、体操服を鞄に押し込んだ。

「よし、準備完了。今、何時?」

「午前7時3分です。」

 家から学校までは、歩いて20分かかる。

始業時間が午前8時30分だから――、

「今日は、ゆっくり登校できそうだ。」

「はい。3日前のように、走って登校する必要はありません。」

「――皮肉も言うのか。」

「申し訳ありません。出過ぎた真似だったでしょうか?」

「別に、気にしてないよ。」

 そう返しながら、鞄を肩に担ぐ。


――そう言えば、もう2週間経つし、AIの名前もそろそろ決めないとなぁ……。


 頭の中で適当な名前の候補を考えながら、部屋を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る