第9話


 頭の痛みで起き上がれない俺に幽霊ちゃんのは話しかけてくる。

 意識が朦朧として、なんと言っているかわからないが。

 俺を心配していることは伝わる。



 ────クソが・・・



 なんで俺はこんなことに。

 いや、気付いているが意味がわからない。

 どうして、深井 響也という男の一生を体験したんだ。



 痛みが徐々に引いていく。



【タイセイ! しっかりするのじゃ!! 何があった!?】



 頭を抑え、なんとか上半身を起き上がらせる。

 頭が痛い、だがさっきよりかは痛くない。


【お、おい! 大丈夫なのかタイセイ!?】


 朦朧とした視界で幽霊ちゃんの顔を見ながら、返事をする。


「大、丈夫……ねぇ、幽霊ちゃん。俺が、寝てる間、に…変わった、こと、なかった?」


 声が擦れている、けどしっかりと伝えれた筈だ。

 幽霊ちゃんは俺の前でフワフワと宙を浮かびながらも、手をアワアワとさせている。


【か、変わったことじゃと? と、特にはなかったが……】


 ……何も、無かったか。

 そうなると、どうして煙草好きのクソ野郎深井 響也の一生なんて見やがったんだよ。

 訳がわからねぇ…………まさか、寝る度に発動する力なのか?

 そうだとすれば、俺は……。



【────あ、そういえばあったわ】



 憂鬱な気分でいた俺に、先程の心配なんて無かったように幽霊ちゃんは軽い声を出した。

 マトモになってきた視界で、人差し指を口に当てている幽霊ちゃんを見る。



【さっき、超弱い幽霊が空から落っこちて来て、タイセイの中に入ったんじゃ。少しは珍しい光景じゃったが、超弱い幽霊が背後霊になった・・・・・・・だけで。別段変わりはないじゃろ?】



 ……背後霊?

 幽霊ちゃんが俺の背後を指差す。

 頭だけを動かし、後ろを見る。



 ────深井 響也が居た。



【……なに見てんだよ】



 なんか喋った。

 厳つい顔の四十二歳がなんか喋った。

 死んだ時の、自他共に認めるダサい私服を着たおっさんが……喋った。


「……アンタは、クソ野郎か?」


 間違えた、深井 響也だった。

 言い直す前に深井 響也は怒鳴り散らしてくる。


【あぁ!? 誰がクソ野郎だテメェ! これだから近頃のクソガキは嫌いなんだよ!!】


「……うっせぇ、クソ野郎」


【て、テメェ────】


 思わず反射的に言葉を返すと、深井 響也が怒鳴り返してきたが……幽霊ちゃんにより、深井 響也は固まった。



【────黙るがよい、妾のタイセイに文句を言うでない。消すぞ】



 ……いつ、俺が幽霊ちゃんのモノになったかは知らないが。

 幽霊特有の怖さがあったのか深井 響也は厳つい顔を凍らせた。

 そんな深井 響也を置いて、幽霊ちゃんは俺に聞いてくる。


【……何かあったようじゃノゥ。聞かせてくれんかタイセイ】


 頭を戻し、幽霊ちゃんを見る。

 真剣な顔だが、少しばかりの笑みを浮かべている幽霊ちゃん。

 俺は反応に困る。

 それもそのはず、聞かせてくれと言われても、俺が聞きたいのだから。

 だが、推測ぐらいなら言えるので口を開く。


「俺もサッパリなんだけど。たぶん、俺はこの男……深井 響也の一生を体験した・・・・。何が原因かは……おそらくは、その背後霊?になった所為だと思う」


 幽霊ちゃんは、俺の荒唐無稽な話を聞き終え────笑った。



【……いひひっ。面白いのう、タイセイは。信じられんことばかりを話すが、タイセイの言葉には嘘がない・・・・わい。いひひひっ、じゃが、なるほど。さっきの人が変わったような話し方、全て納得出来る。それとタイセイの推測は当たっておろうな。背後霊になったモノの一生を体験する。凄まじい力じゃが、欠点がちと大きいのう】



 ……どうやら、幽霊ちゃんは俺の話を信じてくれるようだ。

 しかし、そうだな。

 この体験できる力。

 凄まじい力だ。


 俺は深井 響也の一生を体験したことにより────童貞を卒業したことになる。


 あ、いや、それはどうでもいいか。

 いや、よくないが、一先ず置いておこう。

 深井 響也の一生を体験したことで、バイト……料理屋で働いていた知識が増えた。

 更に言えば、解体屋での知識も増えた。

 大型トラックを運転したことはないが、俺は大型トラックを運転出来る。

 普通免許を二十七歳で取り、三十二歳で一度試験で落ちたモノの、なんとか次の試験で大型免許を取った深井 響也のお陰だ。


 あぁ、とんでもない力だ。


 だが、とんでもない欠点がある。

 それは……意識が乗っ取られそうになったこと。

 正確には、深井 響也になりかけたと言ったほうがいいか。

 何度も使える力でもないし、使いたくない力だ。

 正直、もう二度とやりたくない。


 ……家族を失う辛さ、一人ぼっちの悲しみ、彼女に逃げられた経験、世話になっていた店長の死、解体屋での惨めな後悔、親戚に金を貸してくれと言われた苛立ち、後輩の無残な死に様、肺がんの痛み。



 本当に、二度と体験したくない。



「……うん、一気に歳を食って嫌になったかな。出来れば二度と体験したくないよ」


【じゃろうのぅ。よく頑張ったタイセイ、今度からは幽霊が近付いたら軽く脅しておくわい。すまなかったな】


「謝らなくて良いよ。発動条件も知らなくて、体験できる力があるってことを教えなかった俺が悪いんだから」


【……いひひっ、そうかそうか。格好良いノゥ、タイセイ】


 無邪気に笑う幽霊ちゃんに俺は笑みを見せ、深井 響也を見る。



 □ □ □



 笑みを消し、立ち上がって対面する。

 本当にダサい私服だが、どうしてか少し格好いいと思う自分も居る。

 深井 響也の一生を経験したことで美的センスも少しだけ似てきているのか、嫌な力だ。


 どうして、ピンク色に染めたジーパンに青色のパーカーが格好良いと思えるんだ。

 気持ち悪い、あのジーパンは深井 響也がピンク色の染め粉で染めたんだぞ。

 あの厳つい顔で、ニヤニヤとしながら2日かけて。

 なんて気持ち悪い服装なんだ。



「……おい、クソ野郎」


 間違えた、深井 響也だった。


【あ、あぁ?】


 キョドリながらも威圧してくる深井 響也。


 どうして威圧をするのか。

 俺は知っている。


 本当は子供が好きなんだが、笑顔を見せ何度も子供に逃げられたことがあって、子供と話すと怖くなってしまう・・・・・・・・深井 響也の心情を。


 逃げられるのが怖くて、一人になるのが怖くて。

 ならば、いっそのこと自分は一人で良いと思っている馬鹿な男の信条を。


 あぁ、俺はこの男のことを誰よりも知っている。

 気味が悪いほど。

 だから言ってやった。



「俺がお前に何を教えられるか知らないけど……しっかり憑いて来い。憑いて来ている間は────独りにさせねぇから」



 俺はこの男が嫌いだ。

 本当に嫌いだ。


 俺個人・・・としては、深井 響也のことはやればできる男で、後輩に慕われるところから好感を覚えている。


 だが……俺の中・・・では、深井 響也のことが大っ嫌いだ。


 ダセェ、ダセェ男だ。

 後悔ばかりで、何度も選択を間違えるクソ男。

 救いようがねぇクソ野郎。

 親父が好きだった癖に、親父が死んでから一度も涙を流してねぇ馬鹿。

 お袋の葬儀で、最後まで思ってもねぇ文句を言っていたカス。

 心の底から好きだった、愛していた癖に、彼女の文句を言い続けたアホ野郎。

 てかお前、死ぬ間際までアイツ彼女以外の女、どうでも良いと思っていただろうが。 どんだけ好きだったんだよ、キメェよ。


 それで店長に八つ当たりしやがったクズが。

 無駄に一年もニート生活しやがって、店長の死で心に傷を負ったってか? 違うだろうが、お前は逃げただけだろうが。


 ────クソが。


 後輩を楽させる為に車の免許取りやがって、更には大型免許も取って、その後輩が車に轢かれて死んだからって、一ヶ月も仕事休むんじゃねぇよ。

 お前は何度も『応援してます』って言われただろうが。

 一ヶ月でようやくそのことを思い出すな。

 とろくせぇ、だからお前はダメなんだ。



 ────クソが。



 ────クソ、が。



【……意味、わかんねぇよ。なんで俺が、お前に憑いていかねぇと────】



「────うるせぇ!! 黙って憑いて来い!!」



 何を言われているかわかってねぇ顔しやがって。

 本気でムカつく。

 心の底じゃ、喜んでんだろうが。

 キメェんだよ。


 ────独りから解放されるのか、そんなこと考えてんだろうな。


 本当に嫌いだ、こんなクソ野郎。


 本当に、嫌いだ。




 こんな、深井 響也自分が。

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