第10話

 




 □





 痛みが走った。


 頭に。

 右手で咄嗟に頭を抑える。



 今、────意識が戻った・・・・・・


 最悪な気分だ。

 深井 響也になっていた。

 だが、もう大丈夫だと思う。

 抑えれた・・・・


 深井 響也……………………さんが、こっちを見ている。

 俺は膨れ上がる苛立ちを抑えて、深井………………さんに話しかける。



「……深井…………さん。戸惑うかもしれねぇが……しれませんが。聞けクソ……じゃなくて、聞いてください」


 よし、抑え……られている、きっと。


【さ、さっきからテメェは何が言いてぇんだ……】


 うるせぇ黙って聞けカスが……じゃなくて。


「俺は、貴方の一生を体験しました。なので、ク……貴方がどんな経験をしたのか全部知っています」


【……そういえば、なんでテメェ俺の名前を────】


 言葉を遮る。



「────深井 響也。四十二歳で病死。医師から煙草を控えろと言われたが、忘れたくないので・・・・・・・・最後まで煙草と酒をやめなかった。親父さんが死んでから煙草を吸っているのは、親父さんの死を忘れない為。自分の意思で吸っているなんて言い触らしていたが全部嘘……合ってますか?」


【……ほう、天晴れじゃの。その意思】



 深井さんは信じられない顔をする。

 実際は、心の何処かで信じている。

 当たり前だ、深井 響也という男は最初に信じることから始めるのだから。

 最初から疑わないのが深井 響也だ。


【……何処で、知りやがった。そんなこと知ってんのは、死んだお袋ぐらいだぞ】


 深井さんは俺を疑うように見てくるが、これは演技だ。

 十六歳の時に、自分を偽る為に鏡の前で覚えた演技。

 こうして見ると、凄まじい演技力だ。

 だが、自分の演技力を意地でも認めない。


 ────自分のことが嫌いな深井さんは、自分を甘やかさない。



「お袋さんが料理上手だったので料理屋で働き始めた。彼女さんを応援する為、月に一回、名前を偽ってファンレターを送っていた。店長の葬儀の時に会社名義で五十万を包んだ。死んだタニブチ後輩さんの子供に、毎年奥さんの協力のもとクリスマスプレゼントを送っていた────」



【────わかった! もういい! 信じるから黙れ!!】


 深井さんが顔を引きつらせ、怒鳴り散らす。

 俺個人としては、深井さんが格好良いと思えることはまだある。


 だが、俺の中の深井 響也は、気持ち悪りぃからそれ以上喋るなと言っている。


 ────知ったことかと切り捨てる。


 故に、今度は深井 響也さんが黒歴史だと思うことを語ろう。



「……初めて彼女さんと手を繋いだのことを思い、三日に一回──」


【──やめろ!!】


「ふぅ、では違う話を」


【話すな! 殴るぞクソガキ!!】


 ……殴れる筈がない。

 深井 響也という男は年下に手を出せない。

 二十一歳の時、中学生五人相手にボコボコにされようが。

 二十七歳の時、生意気な後輩……タニブチさんにボロカス言われようが、最終的には言葉で和解した人だ。

 年上は殴るが、それは置いておこう。

 深井 響也は年下を昔の自分に重ねてしまう。

 ガキだった自分を殴れるのかと、自分に問いかけ、殴れる筈がないだろうがと年下を殴らない。

 いや、気持ちはわかってしまうんだが。


 俺個人としては、殴られたら、殴って良いのでは?と考える。


 何はともあれ、深井さんは俺の話を信じる事しか出来なくなっただろう。



「……深井さん、俺は今日から旅を始めます」


【……は?】


【ふむ?】



 …………俺は、憑いて来いと言う。

 素直じゃない、俺の中の深井 響也に代わって。


「旅先では様々な困難が有ることでしょう。俺は貴方の一生を体験しましたが、知識を自由に引き出せません。まだ至らぬ身なので、旅先では貴方の知識を活かせないと思います。そこで、貴方に力を貸して頂きたいんですが……旅に、同行してもらえませんか?」


 右手を差し出す。


【……いひひひっ、面白いノゥ。本当にタイセイは面白いわい!】


 背後からの、幽霊ちゃんの言葉を聞き。


 俺は────クソが、と思わず心の中で呟いてしまった。


 俺の中の深井 響也が邪魔をして、素直じゃない言い方になった。

 本当なら直球で『旅について来てください』と言うつもりだったが。

 邪魔をされて、こんな言い方になってしまった。

 具体的には『俺は貴方の一生を体験しました』の所から、素直じゃない言い方になった。つまりはほぼ最初からだ。

 嫌になる。

 素直にものを言えなくなったことに。

 二人目の記憶を体験したらどうなるんだろうか。

 ゴチャゴチャになって大変なことになるのは目に見えている。


 あぁ〜あ、本当にこれからどうなるんだろうか。


 そう思うと同時に。

 差し出した右手に、戸惑いを感じさせる深井さんの右手が置かれた。


「……よろしくお願いします、深井さん」


【…………あぁ、意味がわからねぇが。どうしてもっつうなら協力してやるよ】


「助かります」



 数秒の間、深井さんの右手を握り、ゆっくりと手を放す。

 照れ臭くなった深井さんは、自由になった右手で頭を掻く。

 ……全部の行動の意味が透けて見える。

 溜息を吐くのを必死に抑え、深井さんに背中を向ける。


 幽霊ちゃんのニンマリとした顔を見て、声を出す。


「じゃあ、幽霊ちゃん。行こうか、頼れる人が旅の仲間になったけど問題ないよね?」


【うむ、何一つ問題はないぞ。元はと言えば妾の責任じゃからの。そこの者、フカイとキョウヤ。どちらで呼ばれたい?】


 幽霊ちゃんは早速とばかり深井さんに近づき、笑顔を見せる。

 顔を引きつらせる深井さんの心情は、この純真無垢に見える子になぜ俺は恐怖したんだろうか、だろう。


【……あぁっと、そうだな。響也で良い。お前は?】


【ふむ、キョウヤじゃの。妾のことは幽霊ちゃんでよい。よろしく頼むぞ、キョウヤ】


【あぁ、よろしく頼む。幽霊娘】


【……なんじゃその呼び名は! 可愛くないぞ!! 幽霊ちゃんと呼べ!】


 ……何に怒ってるんだか。

 そう思い。

 一歩、足を前に出し…………疑問が舞い降りた。




 ────意味がわからない。




 ただ、そう思って……深井さんを見る。



「────深井さん」


【あぁ? テメェも響也で良いぞ。てか、お前名前なんだよ】


「……俺は平松 大聖です。響也さん、聞きたいことがあるんですが」


【おぉ、なんだよ大聖】


 厳つい顔で渋く俺の下の名前を呼ぶ響也さん。

 心の底では、仲良くなれた気がして嬉しいんだろう。

 が、そんなこと今はどうでも良い。



「────響也さんって、死んだあと今まで何をしてたんですか?」


 そうだ。

 響也さんは平成で死んだ。

 つまりは約五千年前に死んだ筈。

 だというのに、幽霊ちゃん曰く【超弱い幽霊】。

 たしか、超弱い幽霊とは幽霊ちゃん曰く【死んで間もない幽霊】。


 計算が合わない。


 響也さんは、厳つい顔のまま答えた。



【……よく覚えてねぇが。死んだあと、この姿になっていて────変な男が現れたんだ。マジで顔は思い出せねぇが、変な奴だったのは確かだ。んで頭を掴まれ、気付けば上空……大聖の真上に居て、落っこちたらお前の中に入ったって感じだなぁ。それがどうかしたのか?】



【────いひひひっ、なんじゃそれは。意味がわからんぞ、もしやその変な男とやらは……のう、タイセイ。心当たりがあるんじゃろ?】



 ……変な男。

 あぁ、物凄く心当たりがある。


『私は世界が憎い』


 などと抜かしていた変な奴だ。

 俺をこの世界……未来の世界に送った奴で。

 一面が白い場所で一番最初に、視界に入った奴。

 そう、そして顔を思い出せない奴・・・・・・・・・



 ────クソが。


 何の目的があって、俺に力を与え、この世界に送りやがった。

 腹が立つぜ……!





 …………と。

 俺の中の深井 響也さんが、そう思っている。


 俺個人としては、別に腹は立たない。

 謎ではあるが。


「うん、たぶん俺をこの世界に送った人だろうね」


 俺の言葉に二人は別々の反応をする。

 幽霊ちゃんは笑い、


【いひひ、やはりそうかのう。面白いノゥ、何れ相見えることを祈っておくわい。その時は、少しばかり手合わせを願うかの】


 響也さんは、職業病故に建物を眺めながら不機嫌な顔をする。


【……送った? てか、此処何処だよ。この家……クソが、どうやって解体バラすんだよ】


 そういう問題じゃないと思いながらも、確かにこの建物はどうやってバラすんだよと思う自分も居る。

 慣れるしかないので並列思考については気楽に考え、響也さんに話しかける。


「この建物は一先ず置いて、まずは俺のことを話します」


【……待て、その前に俺は……やっぱ死んでるん、だよな?】


 ……まだ実感は湧かないか。

 俺は、頷きだけを返す。

 響也さんは数秒、目を瞑り……頷いた。

 自分が死人であると認めた。

 潔くもあり、幽霊ちゃんが不敵に笑う。


【────うむ、悪霊になることはないノゥ。その意思、天晴れじゃキョウヤ。じゃが、妾のことは幽霊ちゃんと呼ぶのじゃぞ】


 悪霊か、そんなのも居るのか。

 なるべく出会いたくはないな。


【そんな名前で呼べるかよ】


【……やれやれじゃの】


 二人の会話が一区切りついたことで、俺はこれまでの経緯を響也さんに聞かせた。







 何一つ口を挟まずに響也さんは俺の話を聞き終えた。


「────そして、今は此処に居るんです」


 沈黙する響也さん、話の途中から俺の腕にぶら下がっている幽霊ちゃん。

 重さはないが、何故か触られている感覚はある。

 幽霊とは不思議なもんだな〜と軽く思いながらも、口を開けた響也さんを見る。



【…………最初から思ってたんだが、お前落ち着きすぎだろ?中身機械かよ】



 言われ……考えてしまった。

 幽霊ちゃんが不思議そうに俺を見る中、確かにそうだなと。

 空から落ちた時は驚いたというか死を覚悟したが、それ以外では落ち着きすぎている。


 少し思い出す。


 中学卒業までは日々を平凡に過ごしていた俺だが、中学を卒業してから響也さんと同じくバイトを始めた。

 バイトで待っていたのは、甘ったれた性根を叩き潰す先輩の暴言。

 一年ほど性根を叩き潰され、立派な社会人に近づいて……。


 ……あれ?

 それから何があったけ?

 いや、三年間バイトで貯めたお金を使って宝くじをしたのは覚えているが。

 バイト一年目で、何かが有った筈だ・・・・・・・・

 ……思い出せない。

 今は記憶が混乱しているから思い出せないのか?



「……そうかもしれませんね。今、自分でもおかしいと思いました」


 今は思い出せないが、時間が経てば思い出せるだろうとタカをくくる。

 響也さんは物凄く微妙な顔をして、溜息交じりに言葉を漏らす。


【なんだよそれ。ったく、まぁいい。大体の状況はわかった。つまりは今から旅をしつつ、この世界の情勢を知るってことだな】


「そうですね……幽霊ちゃん、案内お願いします」


 俺の腕でぶら下がっている幽霊ちゃんは、ぶら下がったまま黄金の道を指差す。


【あっちじゃ〜。妾は疲れた、しばらくはこのままじゃの〜】


 ……いや、ぶら下がったままの方が疲れると思うんだが……まぁいいかと流す。

 響也さんに目を向け、では行きますかと呟く。


【だな。クソが、どうなってんだかこの世界は」


 その通りだと頷き。


 


 複雑な思惑が交差するこの世界を、俺逹は歩き始めた。


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人生体験 魁星 @ryo0307215

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