第4話



 □






 気が付けば、雲を突き抜け・・・・・・、街を見渡していた。


 それも、黄金の街だ・・・・・


 建物に地面、至る所が黄金に輝いている。


 が、そんなことが些細なことに思える程、俺の状況は洒落にならない。



 ────だって空飛んでんじゃん。


 風が頬を切り、両腕で顔を庇う。

 スーツのボタンが外れ、マントの様に風で揺らめく。

 感想を言うなら、



「────さゔゔいいい゛!!」



 寒い。

 何故か全身が濡れている。

 下からの風で余計寒い。

 というか、このままだと間違いなくあの世行きだ。

 どうすりゃ良いんだ。


 目を瞑り、ただ考える。

 そして結論を出す。


 ────終わった。


 どうすることも出来ない。

 一度聞いたことがある。

 高所から落ちる時、恐怖で気絶して痛みも感じずにあの世へ行けると。

 無理だ。

 どうやって気絶出来るんだ。

 出来るものなら気絶をしたい。


 数秒、数十秒と時間は過ぎていき。

 身体は冷えていくばかり。

 地面に落ちるより先に、寒さで凍え死にそうだ。


 なんて考えていたら────浮遊感を感じた。


 風がピタリと止み、何が起きたんだと目を開ければ。


 黄金の地面から数メートル上で静止していた。


 ゆっくりと下へ降りていき、何事もなく地面に降り立った。


 しばらく立ち尽くした。

 そして、無言で右手を挙げた。


「……ヤッター」


 生きてて良かったと思うが実感が湧かず、感情のない声が口から零れ出た。


 気を取り直し、辺りを見渡す。

 黄金の地面を歩き……街を見渡す。

 降り立った場所は高所だ。

 高所恐怖症ではないが、ここまで高かったら怖いな。


 おそらくは見下ろした黄金の建物の上に、俺は居る。


 あの人物の言葉を思い出す。


『何を成すかは貴方達次第』


 思い出し、俺は自由に生きるべきだと考えた。

 しかし、障害はある。

 まず、どのようにして生きるかだ。

 他の人達と合流して、何か意見を聞きたいものだと後ろを見る。


 平地。

 黄金の平地が視界には広がっていた。


 ……訂正する。

 先ず、どのようにして此処から降りるかだ。

 見渡すが出口らしきものはない。

 どうするべきなんだと、街を見下ろす。


 ……人が歩いている。

 それも変な格好をした人だ。

 遠くからなのであまり見えないが……武装しているのか?


 何かのコスプレかもしれないと決めつけ、声を出す。



「おーーーーい!!!!」



 出来る限り大きな声を出した……だが、聞こえてないのかこちらを見ない。

 周りを見るが、この建物より高い建物は見当たらない。

 ……本当にこの状況はなんなんだ。


 何もすることがないので、俺は大の字で寝転がった。


 空を見上げ、ヘリコプターでもないのかと探す。


 ……居なかった。


 溜息を吐き、目を瞑る。


 しばらくの間、風の音しか聞こえなかったが……不意に、声が聞こえた。



【────お主、こんなところで何をしておるんじゃ】



 甲高い子供の声だった。

 目を開ける。


 ……目が合う。



「……誰?」


 思わず呟いてしまった言葉に、十歳ぐらいの女の子は俺の顔の前で返事をする。


【それはこちらの台詞じゃ。今から自殺でもするのか若者よ】


 自殺?

 ……たしかにこんな場所に居たら勘違いされるか。

 俺が身体を起き上がらせると、女の子はふわりと離れ……宙に浮いたまま話し出す。


【やめておけ、自殺なんぞ楽しくないぞ。それよりも見てみろこの光景を……最高に綺麗じゃろうが。の? 自分が如何にちっぽけな存在かわかるじゃろ? じゃからちっぽけなりに頑張ってみるかってなるじゃろうが】


 ……子供らしい無邪気な笑み。

 黒い髪は短く切り揃え、可愛らしい顔立ち。

 服装は茶色いスウェット。


 いや、そんなことよりどうしてこの子は浮いているんだ。

 凄く深いことを言われたような気がするが、疑問を投げる。


「……なんで浮いてるの?」


 俺の疑問にその子は不思議そうな顔をして、俺に疑問を返した。



【そういえば、どうして妾が見えるのじゃ。妾は死人じゃぞ?・・・・・・



 時が止まった。


 死人……つまりは幽霊。

 いや、この子は幽霊なのか?

 宙に浮いている、ちょっと光っている・・・・・、変な喋り方、そもそもどうやってこの場所に来た…………なるほど。



 ────この子は幽霊だ。



「……悪い、ちょっと触らせてもらえないか」


【この変態が】


 ……あ、うん。

 たしかに。

 頭を掻きながら立ち上がり、女の子をマジマジと見る。

 女の子も俺をマジマジと見る。


 数秒間、見合っていたが特に進展はない。

 強いて言えば、女の子はずっと微動だにしてないので、息をしていないのかな?と疑問が増えたぐらいだ。


 女の子は俺に聞いてくる。


【もしやお主、幽霊が見えるのかの?】


 幽霊が見える…………そういえば。



「……ステータス、オープン」


【何を異世界転移系の主人公みたいなことを言っておる。ここは現実じゃぞ】


 女の子が何やら言っていたが、俺の視界にはその文字があった。


 ────特殊能力:幽霊が見えるのだ! それと体験出来るんだお!!


 まさか、これなのかと。

 俺は女の子に聞く。


「……死人、幽霊なのかな」


 女の子は数秒の間、俺の顔を見ていたが……やがて頷いた。


【そうじゃな。妾は数千年前に死に絶えた……と、思う。まぁ、幽霊じゃ。じゃが、その言い方は少し可愛くない。敬意を込めて幽霊ちゃんと呼ぶがいい】


 ……そうか、幽霊じゃなくて、幽霊ちゃんか。

 なるほどなるほどと頷き、空を見上げた。


 ────なんだこれ。


 ただ思う。

 何が起きているんだ。


 だが、これは現実だろう。

 触覚も固い黄金の地面のお陰で確かめれた。

 寒さで死にそうだったので紛れもなく現実だ。


 今は服が濡れているだけで、生暖かい。

 この場所がどうしてか温い気温だからだろう。


 現実だ。

 これは現実。



「……なぁ、幽霊ちゃん。これからどうしたらいいと思う?」


 なら、生きる術を探さなければいけない。

 幽霊ちゃんは話が突然変わったので、眉を細めたが。

 寛大にも笑みを見せ、


【……生きる。それがお主の成し得ることじゃ。この先、辛いこともあるじゃろう】


 語る。


【じゃがな。人生とは様々な困難を乗り越え、微かな幸せを掴み取るものじゃ】


 幽霊ちゃんは、語る。


【じゃから、生きろ。お主の人生は────始まったばかりじゃ!!】


 話し終えた幽霊ちゃんは満足げに目を瞑り、腕を組む。


 聴き終えた俺は、空を見上げる。



 ────そういうことじゃないと。




 □




 満足げに語り終えた幽霊ちゃんに、俺はこれまでの経緯を話した。

 気が付けば変な場所に居て、色んな人がいて、変な奴がいて、ステータスオープンとかいうと視界に変なものが現れたと。

 そして、気づけばこの場所に居たこと。


 幽霊ちゃんは真剣に聞いてくれた。



【────なるほどのぅ。つまりお主は自殺願望者じゃないと】


「うん、自殺はしたくないな。もっと楽しいことをいっぱい経験したい」


【そうかそうか。それは良きことじゃ、うむ。その心意気、天晴れじゃ!】


 俺の肩をバンバンと叩き、嬉しそうに笑う幽霊ちゃん。

 肩の感覚に違和感を覚えながらも、幽霊ちゃんに聞く。


「此処からどうやって降りればいいと思う?」


 下を見下ろしながら聞くと、幽霊ちゃんは軽快な笑い声と共に言ってきた。



【────妾に任せるがよい!】



 と。













 そして俺は空中浮遊を楽しんでいた。


「おぉ……!」


 幽霊ちゃん曰く、幽霊だけが使える霊力というものを使っているらしい。

 前でプカプカと浮いている幽霊ちゃんは楽しげに説明する。


【妾はこう見えて長生きの幽霊での。幽霊なのに長生きとは如何にと思うかもしれんが、生きとるもんは仕方ないわ。それはともかく、幽霊にも格式というものがあっての。産まれたばかりの幽霊、つまりは死んだばかりの幽霊は超弱い幽霊。幽霊として10年ほど生きればめちゃ弱い幽霊。そんな風に幽霊の格式はあっての、妾は数千年を生きる滅茶苦茶超強い幽霊じゃ】


 説明の方はサッパリだが、あやふやに記憶しつつ幽霊ちゃんに聞く。


「強い弱いって、幽霊同士で戦うってこと?」


【戦うぞ。霊力を使って建物を操作したりと、実体化したり。幽霊が死ぬとどこに向かうかわからぬが、幽霊一人一人が持っている核を潰せば幽霊は死ぬ。妾はあまり戦わんが、遠目で何度か幽霊が死ぬ様を見たことがある】


「……大変だな」


【いひひっ、大変じゃぞ幽霊は〜】


 愉快に笑い幽霊ちゃんは、フワフワと身体を上下させる。

 楽しいのかもしれない。

 地面に何事もなく着地した俺は、地面を何度か足で叩き感覚を確かめる。

 黄金の地面……黄金のアスファルトといった方が正しいのかもしれないが、とにかくにも硬い。


 いったいどうやってこんなものを作ったのか疑問に思いながら、俺を笑顔で見ている幽霊ちゃんを見る。


「ありがとう幽霊ちゃん」


【気にするでない、タイセイ】


 もう自己紹介は済んでいる。

 ちなみに幽霊ちゃんは自分の名前を忘れたらしい。

 それどころか死因すら不明だと。


【タイセイは今からどうするんじゃ。行く宛もないのじゃろ?】


 幽霊ちゃんに聞かれ、行く宛に心当たりはないなと顔をしかめる。

 先ず、此処は本当に地球なのかという話だが、幽霊ちゃん曰く【此処は地球じゃぞ】とのこと。

 だが、俺が知っている地球ではない。

 こんな黄金で出来た場所、絶対に有名になっているはずだ。

 となると……と考え、俺は嫌な想像を打ち消す。


「……何処か俺が行く場所はないかな?」


 頼りなくも聞くが、幽霊ちゃんは気にした素振りを一切見せず提案をしてきた。



【よい考えがあるぞ────妾についてこい、タイセイ】


【妾は今、世界を見回っておる】


【丁度、話し相手が居らんものかと考えておったんじゃ】


【どうじゃ、妾の旅に同行せんか?】



 幽霊ちゃんが世界を見回っている理由は気になったが。

 それは後で聞けばいい。

 何も出来ない状況で、そんな提案。

 断る理由がない。



「……幽霊ちゃん、色々と聞くかもしれないけど。旅について行っていいかな?」


【────うむ!】



 俺と幽霊ちゃんの旅は、こうして幕を開けた。

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