第7話





 □ □ □





 暑い。

 何故クーラーは壊れた。

 あぁ? ……暑さの所為?


 クソが、ついてねぇ。

 俺が何をしたってんだ。

 日々を慎ましく生きてる俺が、どうしてこんな目に合わなければいけない。


 タバコに火を付け、煙を肺に送り、吐き出す。

 イライラした時には煙草が良い。

 何かを考える時も煙草が良い。

 酒を飲む時も、風呂に入る前も、風呂から上がった後も、仕事終わりも、飯を食う前も、飯を食い終わった後も、寝る前も、起きた時も。

 煙草が良い。


 ヘビースモーカーと仕事場の奴に言われたが、褒め言葉だろうな。

 煙草を知っているのは人生の勝ち組だ。



 ────だが、最近は煙草を吸う度に胸が痛くなる。


 今日もだ。


 暑い部屋の中で胸を押さえながらも、煙を口から吐く。

 喉の奥で何かが引っかかり、咳き込む。


 ……血が出やがった。


 クソが。

 俺が何をした。

 先日、医者から煙草は控えておけと言われたが、やめるはずがねぇ。

 肺がん? 知るか!


 咳き込む。

 頭が痛くなる。

 体に力が入らなくなってきた。


 ……あぁ?



 ────なんで俺は、床に顔を付けてんだ。



 いてぇなぁ、クソ…が……。


 視界がブレやがる。


 ……あぁ、死ぬのか。


 齢四十二か、まぁまぁ長生きしたな。

 子供が居れば生きる気力でも湧いたのかもなぁ。

 まっ、俺みてぇなロクデナシに女なんて出来るはずがねぇ。





 あぁ────これが、走馬灯って奴か。



 あの時、どうして俺は親父に行くなと言わなかったのか。

 それどころか、頑張れよなんて言いやがって。

 本当にクズ野郎だ。

 もしあの時、親父に行くなと言っておけば……今でも笑って生きてたんだろうな。


 まさか、パチンコ屋に行く途中で事故るなんて誰も思わねぇよ。


 でも、俺は親父を止められる立場だった。

 家族想いの親父は、俺の意見を優先したからなぁ。


 親父が死んだのは中三の夏だったか。


 親父の後を追うように、お袋は首吊りやがって。

 ガキのことなんて一切考えてねぇ。

 幾ら親父が好きだったからって、自殺なんかすんじゃねぇよ。


 ……そういえば、それから俺は煙草を吸うようになったんだったな。

 親父が吸っていたからってのも有ったが。

 最終的に自分の意思で煙草を吸うようになった。


 親戚のところで居候をした俺は、肩身が狭い思いをしていたな。

 そういえばそうだった。

 遺産目当てのクソッタレに俺は何をビビっていたのか、今では笑い話だ。

 結局、遺産は全部親戚のモンで俺は一文無し。

 小遣いなんて貰えず、中学を卒業して、高校にも行かずにバイトを始めたのは当然だった。

 今思えば馬鹿の極みだ、普通に高校行って良いところに就職するのが正道っつうのに。

 あぁ、本当に馬鹿だった……って、今でも馬鹿だけどよ。



 視界が、揺れる。



 そういえば、バイト先の店長にはよく殴られていたな。

 許容出来ることじゃなかったが、家に居場所がない俺にとってはバイト先が居場所だった。

 だから耐えた。

 耐えて、耐えて。

 ……いつの間にかバイトリーダーになってたんだよな。


 店長とは最終的に仲良くなって、あぁそういえば彼女も居たな。

 一年で別れたが、良い女だった。

 別れた原因はたしか……東京で女優になるから付いてきてって言われて、俺は断ったんだよな。

 別にアイツは演技が上手いって訳でもねぇ。

 逆に言えば、嘘がつけねぇ奴。

 正直、昔からの夢だか、感動を与えたいとか、あん時はどうでも良くて。



『……ついていけるかよ』



 なんて言ったんだよな。

 前日にパチンコで五万負けていて、機嫌は悪かったが。

 貯金は百万以上あった。

 基本的に朝から夜まで働き、月に休みは四日。

 金貯めれねぇ方がおかしい。

 だから、金は有った。

 単純に、アイツの話を断ったのは……怖かったからだ。


 バイト先は俺の居場所になっていた。

 拠り所から離れるのが、怖かった。

 もう、……親父とお袋が死んでから経験した、一人ぼっちの時間は嫌だった。


 だから、



『そんなことよりも、次の休みどっか行こうぜ』



 アイツの夢を『そんなこと』と片付けた。

 そんな話はなかったと、明日からも会おうと。

 ……真摯な夢を、軽はずみに投げ捨てた。



 次の日からアイツは居なくなったんだよな。


 更に言えば、数年後には大女優になってんだから。

 カッケェなぁ、アイツ。



 彼女が居なくなって、煙草の量が増え、バイト先では腫れ物の様な扱い。

 アイツと俺がバイト同士で付き合っていたのは隠していなかった。

 急に居なくなったアイツのお陰だと、俺はアイツに腹が立ってた。

 探し出そうともしたが、そんな面倒なことはしたくねぇ。


 クソが、という言葉はその時から口癖になってたな。



 不幸ってのは重なる。

 いや、正確に言えば……不幸ってのは続けて起こしちまう。


 歳の所為で動きが鈍った店長より、俺は仕事ができる様になって昔の鬱憤を晴らすかの様に当たりだした。


 アイツが居なくなって数ヶ月で、ストレス性胃炎で店長はあの世に逝っちまった。


 病院に行かず、ずっと働いていた店長も────クソが、全部、俺が悪いに決まってやがる。



 バイト先で居場所をなくした俺は、貯めていた金で一年ニート生活を送って。

 金が尽きかけた時に、二十五歳で家をバラす仕事を始めた。

 解体屋、ウジャウジャとイカれてる奴がいやがった。

 中には良い先輩もいたが、殆どが腐った奴らだった。

 ドラッグ売ってくれよと言ってきた奴を警察に通報したのは笑い話だ。


 そん時に後悔してたのは一つ。

 ニート生活なんてやらずに、さっさと仕事を始めなかったこと。

 一年もロクに体を動かしていないせいで、体力はすぐに尽きるわ。

 金が無いせいで休みの日は何もすることがねぇ。

 ニート生活の所為で苦労することばかりだ。


 車の免許を持ってねぇ所為でグダグダ言われる。

 学がねぇ所為で使えない奴だと言われる。

 何が『インパクト取ってきて』だ、電動ドライバーって言いやがれ。

 まぁ、俺も数ヶ月したら新人に『インパクト取ってこい』とか言ってたが。



 それから十七年解体屋。

 仕事で何度も後悔した。


 だが、そう……結局の所、全部…………俺が、悪いんだよな。



 そんで、最後がコレか。




 ────あぁ、くだらねぇ人生だった。



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