なれそめらしきもの

尾八原ジュージ

なれそめらしきもの

 うちの嫁さんが亡くなって、もう3年近くになるんだけど、何でかね~。最近、なれそめが思い出せないのよ。

 俺と嫁さん、どうやって出会ったんだっけ? って。

 なんかね、それっぽい記憶はあるのよ。これがなれそめだな、みたいな。でも違うの。絶対違う。

 それはどういう話かっていうと、こういう話なんだけど。


 俺が27歳のときなんだけど、出張でF市に行ったんだよね。

 急な出張だったからホテルをとってなくてね。でもどこか泊まれるだろと思ってたら、全然空いてないの。学会かなにかあったんだっけな。

 で、高いホテルならどうかなって思ってさ、普段だったら泊まらないようないいとこに行ったの。そしたら空きがあるって言われて。

 仕事の首尾も上々だったし、今夜くらいパーッと行ったれと思ってさ、そこに泊まったわけよ。

 そのホテルは最上階にバーがあってね。窓の外にF市の夜景が見えるんだ。グランドピアノが置いてあったけど、その日は誰も弾いてなかったな。おしゃれなんだけど壁に能面が飾ってあったりして、ちょっと不思議な雰囲気のバーだったよ。

 そこでスコッチやなんか出してもらってるうちに、だんだん気持ちよくなってきてね。俺、酒は好きなんだけどそんなに強いわけじゃないから、なんだかボーッとしてきて。

 そしたらね、何時くらいか定かでないんだけど、ワゴンを押したボーイが来たんだよ。

 ワゴンの上には黒っぽい箱がたくさん載っていて、ボーイは俺の前で、マジシャンみたいな手つきで次々にその箱を開けていくんだ。

 どの箱の中にも、女の生首がひとつずつ入っていてね。

 俺はその中から、一番好みの顔のやつを選んだんだ。

 うん、それが嫁さん。それがなれそめなんだよ。

 俺の記憶じゃ、そういうことになってるんだよ。


 な? 変だろ。

 まぁ確かに嫁さんはF市出身なんだけどさ。でも、そんなわけあるはずないだろ?

 ちゃんと親だの親戚だのにも紹介したからなぁ。普通のなれそめが、ちゃんとあったはずなんだけど。

 皆もう死んじまって、確認しようがないんだよなぁ。なんだか最近気になってなぁ、それが。

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