第8話 魔法の少年クリ&リズ①


「おねーさん、おねーさん」


 誰かに呼ばれて振り返り、ん? 誰もいないじゃん?……と思ったら目標物は目線の遥か下だった。アタシの大して長くもない足でも軽くまたげそうな背の高さの少年がそこにいた。 

 ん〜……、幼稚園児くらい? 

 例えるなら、ドロボーにでも尻尾を振ってしまうちょっと抜けた仔犬のような、ぽわーんとした雰囲気の少年だった。周りにこの少年の親らしき大人はいない。迷子かな? とも思ったが、このゆるい少年は悲壮感の悲の字も漂わせていなかった。


「ん? 何かな、少年? というかオネーサンは今、手が離せないんだけど」と、前を向いたまま背中越しに言う。

「えー、おねえさん、さっきからずーっとそこにいるよね? ヒマなのー?」

「暇じゃないよ。おねーさんは、絶賛お仕事中です」

「ウソだぁ。ボク最初からずーっと見てたもん」

 コイツ3時間も見てたんかいっ。どっちがヒマやっちゅーねん?


 さて、いきなりでなんだが、アタシは一応女子大生である。頭に「一応」が付くのは青春を目一杯謳歌している世の女子大学生と違い、アタシの場合は更に「貧乏」という2文字がもれなくついてくるからいわゆるボンビーガールですねなのだ。親からの仕送りはギリギリなのでバイトが必須だったりするのである。よって今は探偵のバイトの最中なのだった。あるカップルがラブホから出てくる場面を撮影するのが目的である。


「ねぇ、おねーさん、ストーカー?」

 ガキんちょがしつこく聞いてくるんですけど。

「ストーカーじゃありません。つか、オネーさんのお尻、ポンポンしないでね? アンタそれ、あと12、3年ほどしたら普通にセクハラ案件になるからね?」

 さっきからガキんちょがアタシのお尻を撫でてくるんだけど、犯罪に問えないのはガキんちょの特権だよね。

「ねぇ、おねーさん、のぞきは犯罪だよ?」

「いや、さっきからアタシのお尻撫で回してるアンタが言うなよ。そんでのぞきでもないからね?」

 振り返ってガキんちょを睨み付けた。

 が、当の本人は仔犬みたいな純真な目で見てくるだけで、気にする様子もない。


 で、ふと疑問に思う。このちんちくりんは、なんでこんなラブホ街にいるのだろう? そう、この辺りは夜になると某テーマパークのパレードばりのエレクトリカルな照明溢れる、いわば大人のテーマパーク地帯ある意味エレクトパレードですねなのである。


「少年、この辺りに来るのはまだ早いよ?」

「なんでー?」

「ここは大人になってから来るところです」

「えー、じゃあおねーさん、よく来るんだー?」

 この坊主、わかってて言ってんのかな?

「おねーさんはあまり来ません」

「あまりって事は、ちょっとは来るんだねー?」

「……全然来ないよっ。悪かったね!」

 べ、別に子供相手に見栄張った訳じゃないんだからねっ。


「えー何で怒ってんのー? ボクねぇ、一度あの中に入ってみたいんだー」

 そう言いながら少年はひときわきらびやかなお城のような建物を指差した。

『VIP』と言う名のHOTELだった。

「おねーさん、アレなんて読むのー?」

「……ビップ」仕方なく答える。

「えれきばん?」

「磁石貼り合ってどーすんだよっ、んなプレイないSとNならあるけどねわっ」

 なるべく構わないでおこうと思ってたのに、思わず突っ込んでしまった。

「ボクねぇ、おねーさんとあそこ行きたいんだけどー。だめ?」

 うわぉ、もしかしてあたし今、口説かれてる? 果たしてこれは喜ぶべきなのか? いや違うだろ?

 そりゃ、アタシは田舎育ちの野暮ったいメガネ女子だし、胸も全力疾走したって揺れる事がないくらい控え目だし、告白された事もないし、そもそも合コンに呼ばれた事もない女だよ? だからって人生初で誘われたのが幼稚園児とか、どんなクソラノベみたいな設定だよ?


「なぁ少年、あそこがどんな場所か知ってる?」

「えーっと、男の人と女の人がきゆうけいするトコ?」

「ウ~ン、まぁザックリ合ってるけど。それだけじゃなくてだね……」

 なんて説明すればいいのだろーか?


「あっ、お泊りしたら次の朝お店の人に、『きのうはおたのしみでしたね』って言われるんだよね?」

「ドラクエかっ!」しかも一作目かっ! アンタ、何歳だよ?

 って、いかんいかん、張り込み中だった。こんなの相手にしてる場合じゃないぞ。

「とにかく、おねーさんは入らないの。あそこから出てくる人を待ってるの!」探偵の仕事内容をベラベラ喋る訳にはいかないが、相手は幼児だし、アタシも所詮バイトだし、まぁいいか。

「出てくる人の写真撮るのー? あっ、わかったー! それでユスるんだねー?」

「ちげーわっ! 犯罪だよ?それ! 証拠を撮るのっ!」

 ああ、誰かこのくそ坊主を引き取って下さい。てか、親はどーした?


「おねーさん、探偵なんだー? カッコいいーっ。ねぇねぇ、サッカーボール出せる?」

「いや、コ○ンじゃないからね」

「なんかカッコいいセリフ言う時、メガネが曇るんだよねー?」

「いや、アレ光ってるんだと思うよ? そんな都合よく曇らないし、メガネ曇ったらむしろカッコ悪いよね?」

 ウーン、なにが悲しゅうてこんなラブホ街で幼児に突っ込んでるんだろ?

「あのねぇ、ボクねぇ、おねーさんのお手伝いできると思うんだー」

 あーはいはい、だったら静かにしててくれ、少年。

「ボクねぇ、魔法が使えるんだよ? スゴイでしょ?」

 あ〜、変にマセてると思ったら、子供っぽいトコもあるんだ?

「へースゴイ、スゴイ」

 完全な棒読みで帰りなさいアピール。

「あーっ、信じてないでしょ? だったら見せたげる。魔法のステッキ持ってきたもんねー」

 そう言いつつ、ガキンチョは背中に背負ってたクマさんリュックの中をゴソゴソし始めた。魔法少女が持ってるよーなカラフルなステッキ出してくるんだろーなーって思ってたら、渋い色の折りたたみ式の木のステッキを出してきた。なんか思ってたのと違うな。てかそれ、普通にお年寄りの杖だよね?

「これボクのオジイちゃんの形見なんだー」

 ちよっと寂しそうに言うガキンチョ。

 あっ、地雷踏んじゃったかな? ジイちゃん亡くしたショックで魔法とか夢想しがちになっちゃったとか?

 ちょっとフォローしとこ。

「そうなんだ。良いもの貰ったね」

「んー? まだ貰ってないよー? さっき遊びにいく前、オジイちゃんがコレ持って行きなさいってかしてくれたのー」

「それ、じーさん、死んでないよね? 形見じゃないじゃん」

「えー、オジイちゃん生きてるよー? おねーさん、勝手に殺さないでよ」

「おめーが殺したんだよっ」

 つ、疲れる。

「とにかくねぇ、魔法見せるねー」

 と言いながら、クリクリ坊主はナニやら力み始めた。

「むむムムム、おねーさんのオッパイ、大きくなぁれ!」

「……は?」

 ええそうですよアタシの胸はガキにネタにされるほど小さいですよと、自虐的に突っ込んでると、突然、体が前のめりになった。

 重い。体の前の方になんかぶら下がってる。無意識に手でまさぐったら、なにかぷよぷよした感触があった。

ん? なんじゃこりゃ? おっぱ…


「!#$%&*!%$#&⁉」

 オッパイがでっかくなっちゃった⁉ ってマギー真司かっこれをセルフツッコミと言います

 未だかつてない感触にアタシはパニックった。

「お、重いっ! 柔らかいっ!!#%$‼」

「ね? スゴイでしよー?」

「た、谷間があるっ! 胸の谷がアルでしかしっ!&%*#‼」

「ねー?」

「で、でかいっ! Eか⁉ Fか⁉ Gなのか⁉ #$%&@$%‼」

「………」


 はあはあはあはあはあ…


 およそ1分ほどで胸は元のペッタンコに戻った。

「なんだったんだ? 今の魅力的な幻覚は?…」

 まさか、ホントに魔法だったんだろーか? 幻覚にしては確かな感触があったし。つか、魔法にしたって、なんて罪な魔法だよっ? 上げて一気に落とされた精神的ダメージは計り知れない。まるで雪崩式のブレンバスター食らった気分だ。

「いや、幻覚だな、うん。多分知らないウチに変なハーブとか吸っちゃったんだ。うん」

「おねーさん、げんじつとうひ? さっき、ドン引きするほどハイてんしょんだったよー?」

「うっ」ズバリ過ぎて言い返せない。 

「ね?ホントに魔法使えたでしょ?」と、得意気に顔を覗き込んでくるガキンチョ。

「ならもっかいやってみてよ? い、いや、アタシの胸はもういいからっ。違うパターンでっ」

 またあの精神攻撃を食らったらきっと、一歩のデンプシーロール受けたみたいにもう立ち直れないだろう。

「いいけどー。すぐにはできないよー? 10分くらい、またないと」

「ふーん、連発できないの? インターバルが必要なんだ?」

「のだめ?」

「それはカンタービレ。なんでのだめ知ってんのよ? インターバルはちょっと休むってことだよ」

「そーだよー。オジイちゃんがねー、それは『けんじゃたいむ』じや、って言ってたー。」

 ……どーしよーもないな、ここのジジイ。子供にナニ教えてんだか。

 ん?ってかジイさんは魔法の事知ってるのか。元々ステッキもジイさんのだし、ひょっとしてジイさんって魔法使えるのかな? 

「ねえ、少年。君のオジイさんって魔法使い?」

「うん。むかし魔法使いだったんだってー。今はけんじゃだって言ってたよー?」

 おお、それはなんかスゴイ。賢者といえば魔法使いの上位職だし(ゲームの設定だけど)

「奥様は魔女、みたいだな」

 昔、そんな海外ドラマがあったんだよね。

「ん〜? オジイちゃん、男だから魔じょじゃないよー? オジイちゃんは魔おとこだねー。オジイちゃんはまおとこ」

「いや、それなんか違う意味になるから連呼しないよーに」

「しもねた?」

「ちげーわっ!ち○こでも☓○こでもないからっ」

 ったく、ジジィもジジィなら、孫も孫だ。話を戻そう。

 しかしジジィ、いろいろとんでもないな。この現代社会で魔法使えるとか。

そ~いえば、この現代社会でも魔法使いになれる方法がネット上で、まことしやかに流てるが。

「ひょっとして、アンタのオジイさん、30までドー……」

 危うく言いかけて口を抑えた 流石に子供相手に言うべきセリフじゃないよね。それに今の時代、30過ぎたドーテーなんて普通にいそうだし。

「オジイちゃんねー、60までどーてーだったんだってー」

「ぶほっ」思わずむせた。

 60まで未経験かいっ⁉ つか、60過ぎてから子供出来たんかいっ⁉ ジイさん、思いっきり予想の斜め上いき過ぎだな。なんか、魔法使いになれたのもなんとなく納得出来そう。

「ねーねーおねーさん、どーてーってなに?」

 ああ、ヤッパリそう来たか。

「ウ~ン、チェリーの事かなぁ?」

 何で童貞の事をチェリーと言うのか、あたしも知らんけど。

「え〜、さくらんぼの事だったのー? ボク、ばーじんの事かと思ってたー」

「知っとるやんけっ!」コイツはホントに幼稚園児なのだろーか? ひょっとしてじーさんが化けてるとかではあるまいな?

「ねーねーおねーさん、男の人が初めて本書いても、しょじょさくってゆーのかなー?」

「知らんがなっ」




◆◆◆



 そうこうしてる間に賢者タイム?が過ぎたようだ。

「それじゃね、あの車をちょっと浮かせてみて?」

 アタシは近くのパーキングに停めてある、軽自動車を指差した。

「うーんムリかなぁ」見ただけでガキンチョは首をかしげる。流石に車は大き過ぎるか?

「じゃ、あの看板をちょっとだけ動かせる?」

 今度は道に置いてあるだけの、小さな看板を指差してみた。

「ウ~ン、たぶんムリかなぁ?」反対方向に首をかしげた。

「じゃあ、あの女の人のスカートめくり上げれる?」

 と、かなり遠くを歩いている女性を指差す。

「うん、アレならいけるよー」パッと顔を輝かせて即答するガキンチョ。

「……」

 見てると、少年の掛け声と共に、ホントに女性のスカートが捲り上がった。

「へへ〜」と、嬉しそうに笑いながらコッチを見るクリクリ坊主。

「……」

 なんとなくわかってしまった。

 コイツの魔法、らしい。


 …って、おいっ



 ◇


 ガキンチョの魔法の法則がなんとなく判明した。


 その1

 ジジイの杖がないと使えない。

 その2

 杖が使えるのはジジイとガキンチョだけ。

 その3

 エッチな事が絡まないと使えない。

 その4

 効果は約1分持続する

 その5

 連発できない(賢者タイムに入る為)

 その6

 1日に使えるのはだいたい3回くらい

 (頑張ったら5回くらいいけるかも?)


 ……こんな感じかな?


 ………


 ってこれ、魔法の話だよね? なんなん?後半の生々しさ。つか持続時間1分ってどーなん? 早すぎんだろえ、なにが?? 頑張ったら5回くらいって……それって多いのか若いですねぇ? 少ないのか? その辺、経験不足でわかんないし、って魔法の話だよね⁉ ねっ⁉

「うーん、まとめたらかえってアタマ痛くなってしまった」

頭を抱えるアタシに、にこにこ笑いながらもたれかかってくるガキンチョ。

「ちょっ、重いから。コラコラ、腿を撫で回すんじゃないっ」

 なんかすっかり懐かれてしまった。そーいえば、コイツの親はどうしてるんだろう?

「なあ少年、家は近いのかい?」聞いてみた。

「うんとね、近いよーな近くないよーな?」

 はい、全然わかりません。

「この辺りはよく来るの?」ラブホ街だけどね。

「オジイちゃんとタマに来るよー?」

 やっぱりジジイか。なんなんだ?エロジジイ? ラブホ街を散歩コースにすなっつーの。

「オジイちゃんって賢者だよね? キミよりもっと凄い魔法使えたりするの?」

「んー? オジイちゃん、ずっとけんじゃたいむだから使えないよー?」

 あーっ、そっちかよっ賢者って‼ 役に立たねぇナニも立ちませんねーって事じゃんっ‼ 職業「遊び人」から進化するけど、また遊び人に逆戻りあくまでドラ○エの話ですしてんじゃん⁉





 とか考えてたその時、

ホテルからターゲットの車が出てくるのが見えた。

 うわぉ、すっかり忘れてたけど今のアタシがすべき事は、浮気の証拠となる映像を撮る事なんだよね。その為に、3時間以上こうして張り込んできたんだもん。咄嗟にカメラを構え、連写でシャッターを切る。浮気相手の男が運転、依頼人の妻が助手席側に座っているんだけど、人目を警戒して、リクライニングを深目にしてるみたい。外からでは頭の先端が少し見えるくらいだった。これじゃ決定的な写真は撮れない。

 車は細い路地をゆっくり走り去っていく。

「少年っ! 気を付けて帰りなさい」

 そう、声を掛け、アタシはダッシュする。この辺りは一方通行がかなり入り組んでいるから、ターゲットの車が大きな道路に出る前に走って追いつけるハズ。自慢じゃないが、アタシは胸はないがほっといてよ?足には自信があるんだよ。狭い路地を駆け抜け、大通りに出たら丁度客待ちのタクシーが止まっていた。ターゲットの車は少し先で信号待ち中だった。

「あの前の白い車、追って下さい!」 

 タクシーに乗り込みつつ、運転手に叫ぶ。

 まさか自分がこんなベタな台詞を吐く事になろうとはねw。

 おそらく休憩気分だったであろう運転手のおじさんは、そのアタシの言葉に即座に反応した。

「OKっ、任せときな!」

 なんかのスイッチが入ったのか、ノリノリで返事されてしまった。

「ううっ、長年ドライバーやってきて、やっとその台詞が聞けるとは……」

 とか言ってるし。こんなことで感動しないで欲しい。

「あーっ、コレよくあるヤツだよねー」

「うん、刑事モノとかでね、っておいっノリツッコミってやつですね! 何でアンタも乗ってんのっ⁉」

 見ると横にガキンチョがちょこんと座ってた。いやまあ正直、ドアが閉まる寸前にガキンチョが飛び込んで来たのは、気付いてたけどね。つーか普通、気付かない方がオカシイよね? 某探偵マンガのあるあるパターンだけど。ってかこれ下手すりゃ誘拐なんだけどなー、まぁいいか。いや、良くはないけどっ。

「あの辺、オジイちゃんの庭だから、ボク抜け道くわしいんだー」

 いや、ラブホ街を庭にしないで欲しい。

 が、そのガキンチョの言葉に、

「あれ? その坊や、久里くりのじいさんトコのお孫さんだよね?」

 と、ドライバーのおじさんが反応した。

「え? 知ってるんですか、この子?」

 知り合いだったらすごく助かるんだけど。

「ああ、さっきアンタらが乗った場所あたりで、よく会うからね。知ってるって言っても、挨拶する程度だけど」

 ……マジで散歩コースなんだな、まったく。

「クリってどんな字、書くんですか?」一応、聞いておく。

「確か、『久しい』の『久』に、『さと』って書いて久里、だったと思うよ」

 ふ〜ん、久里、か。

 見るとガキンチョは、ちょこんと座って窓の外を眺めてる。ご機嫌に鼻歌なんぞ歌ってるから、ドライブ気分なんだろう。しかし、コイツのジイさんって、一体どんな人物なんだろう?


 ……


 思い描こうとして、即座に止めた。どう想像しても、背中に亀の甲羅背負って、ハゲ頭にサングラスのあの人しか思い浮かばな定番のドラ○ンボールネタですねい。

「運転手さん、後でまたさっきの場所に戻って下さい」

「ああ、いいよ」

 よし、ひとまずこれで、仕事に集中できる。



◆◆◆



 ターゲットの車は、某高級住宅街に入る少し手前で停車した。おそらくここで別れるはず。これが撮影できる最後のチャンスなんだよね。

「運転手さん、なるべく自然に、前に回って下さい」

「オッケー、あっちから見えない場所に停めるんだな?」

 さすが、良くわかってらっしゃる。その言葉通り、ターゲットを追越し、脇の道に曲がって停車してくれた。 

「すいません、ここで待っててもらっていいですか?」

「おう、待ってるから、早く行きな」

 あっさり了承してくれた。その口調からして、刑事ドラマの気分に浸っちゃってるんだろう。面白いオッサンだね。

「よし、行くぞ、少年」

 ガキンチョをタクシーの中に残していくのも気が引けたんで、そう言ったんだが、

「すぴ〜」

 寝てんのかいっ、お昼寝タイムかいっ⁉ こんなトコだけ幼児だな。揺すると、

「…おねーさん、ここどこ?」と、むにゃむにゃ言いながら起きた。

「ほら、行くよ?」面倒くさいんで、小脇に抱えて車を降りる。


 曲がり角にいい具合に立て看板があり、体を隠しながらターゲットを確認出来た。うん、角度もバッチリ、絶好のロケーションだ。ガキンチョは側に置いといて、カメラを構える。ターゲット達はまだ、車の中で話し込んでいた。その様子は撮影できたものの、不倫の証拠とするにはちょっと弱い気がする。もっと決定的な何かか欲しい。


 そこで、非常に不本意ながら、ガキンチョに頼る事にした。

「ねえ、あの車の中の男の人と女の人、見える?」

 アタシの目線の高さに持ち上げてやる。

「うん、見えるー」

「あの二人がチューしちゃうよーにできる? なるべく激しめで」

 あぁ、幼児に何頼んでんだか。ちょっと後ろめたい気持ちになるけど、バイト料が掛かってるしなぁ。この際、都合よく考えてしまおう。

「んー? どんなのー?」

 激しいチューとか言われても幼児には理解不能か。うう、どーやって説明しよ?

「こ、こんな感じで、口と口をね…」

 端から見たらひょっとこみたいな顔しながら、口をとんげたり、すぼめたりしながら、必死で説明する。後から考えたらたぶん死にたくなると思うけど、今は恥ずかしいとか言ってられない。

「なんかわかんないよー。ベロ入れるヤツならわかるけどー」

「知ってるやん!! このクソガキ!!」

 コイツといるとどんどん口が悪くなるなぁ。

「取り敢えずやって! 早く!」

 急かすと、またクマさんリュックから魔法のステッキを取り出した。何度見ても、老人の杖にしか見えないそれを、折れた状態から伸ばしていくクリクリ坊主。そして、真っ直ぐにした杖を車の二人に向ける。


 が、なかなか魔法が発動しそうな気配がない。本人は「う〜ん」って唸ってるし。

「どうしたの?」堪らず聞く。すると、

「まだダメみたいー」と、力ない返事がかえってきた。

「さっきのスカートめくりから10分以上経ってるよね? 賢者タイムは過ぎたんじゃないの?」

「うーん、3回目だからかなぁ?」

 オイオイオイ、そりゃ、ないでしょ⁉ とたんに焦るアタシ。

「あんた若いんだから回復早いでしょ⁉ 3回目でぐらいなによ! がんばりなさいっ!」って、何言ってんだ、アタシ? つーか、うら若き乙女に何言わせてんだよっ⁉ 知らない人が聞いたら、相当ヤバい事、言ってるぞ⁉ ほら、タクシーのオッちゃんが何事かって顔で見てるし。

「うん、がんばるー。 ジッチャンのナニかけてー?」

 オマエのじーさん無名人だろっ つか、疑問形にすんじゃないよっ。変な誤解招きそーだろっ!

 再び健気に杖を構えるガキンチョ。が、杖は無情にも真ん中の関節部でカクンと折れた。下にだらーんと垂れ下がる。

「ちよっとっー! 何、中折れしてんのよーっ⁉ 気合い入れなさいっ!」

 あっ、オっちゃんがまたこっちガン見してるし。

「あんまりぷれっしゃーかけないでよー?」

 お前は、倦怠期の旦那かっ‼ ……仕方ないなぁ、奥の手だ。

「わかったっ。魔法が出せたら、おねーさんのオッパイ揉んでいいからっ!」 

 どう、効いたでしょ? うん?

「ええ⁉ おねーさんのオッパイもん……、ナデていいのー?」

 あーっ、コイツなんでワザワザ、揉むを撫でるに言い直すんだよ⁉ えーえー、どーせアタシのオッパイなんか、撫でるかつまむかの二択しかないですよっ、そーでしょーよっ‼

「撫で回していいからっ! つまんでもいいからっ!」と叫ぶ。

 だから、そこっ! おっさんっ‼ 車の窓から身を乗り出そーとすんじゃないっ!

「ボクがんばるー!」

 おお、その気になったか! よしっ、いけーっ、少年!

 ぐっと力を込めて杖を構えるガキンチョ。大丈夫、中折れしてない。


「いくぞー、えいっ‼」


 少年の掛け声と共に、車の中の二人が急接近する。すかさずカメラを構えるアタシ。


そして……二人の唇は重なった‼


 シャッターを切る。夢中で切る。角度も変えて切る。切りまくる……


……って、長いな? いったい、いつまでやってんのよ? 1分とっくに超えてるんだけど? 持続時間1分じゃないの?

「1回目より、3回目の方が長持ちするんだってー。オジイちゃんが言ってたー」

 あーなるほど。そーゆー事ね? ふーん。お陰で、写真だけじゃなく、動画も撮れちやったし。

 って、そんなんでいいのかっ⁉



▼▼▼


ひとしきりディープなキスを堪能した二人はやがて、それぞれの家庭へと帰っていった。

 よしっ、これにてミッションコンプリート!

 アタシは少年に向かってしゃがみ、右手を少し上にあげた。

「?」首を傾げる少年。

「ほら、ハイタッチだよ?」と少年を促す。

 すると嬉しそうに手をパチンっと合わせてきた。そのまま頭をギュッと抱え込んで、髪の毛をワシャワシャとしてやった。すると

「おねーさん、ちよっといたいよぉ」とか言いつつ、アタシの胸を揉…、まさぐる少年。ちょっと声が出そうになったけど、まぁいいか。約束だもんね。でも、流石に三分超えたところで、引っ剥がしたけど。

 おっと、大事な事を忘れるトコだった。少年に向かって言う。

「ねえ、まだおねーさんの名前言ってなかったよね。おねーさんの名前は、宗田 莉珠むねた りず、よろしくね」

 そう言ってニッコリ笑った。

「むね たりず?」

「こらこら、そこで句切るんじゃない」

 少年のほっぺを軽くグリグリしてやった。

「ふわ〜い」

 『胸 足りず』は昔から散々言われたんだよね。

「で、君は?」

「ボク、久里くりくりあ」

 くりくりあ?

 うわお、なかなかキラキラした名だなあ。くりあ……透明かぁ。

 本人、かなり不透明感バリバリなんだけどw。つか、まんまクリクリ坊主じゃん?

「クリ坊、君のお陰で仕事は上手くいった。ありがとう」

 そういうと、クリ坊は満面の笑顔を見せた。

「えへへー。ボク、役に立ったでしょー?」

「うん、そうだね」

「ボク、またおねーさんのお手伝いしたいー。そんでまた、お胸ナデナデしたいー」

 あらら、お手伝いしたいで止めときゃ感動もできたろーに、まったくw

 面倒だけど、何故か断る気にはならなかった。仕事が成功して気分がいい、ってのもあったけど。まあ、またなんかあったら、手伝わせるかな?

「うん、またヨロシクね、相棒」取り敢えず、そう言っとく。

「えへへ。 じゃあ、ボクとおねーさんで『クリとリズ』だねー」

 と、満面の笑顔でのたまうクリクリ坊主。

 ……うわぁ、さいてーのコンビ名だな。 

 ってか、アタシの名前、リズって濁ってて良かったーっコンビ名危うくクリ○リスにw

 と、思ってたら、クリ坊がニコニコしながらこう言った。

「ボク、くりあだけど、おねーさん、くりあじゃなくて濁点ついててよかったねぇー」




 ……この〜、誰が上手い事言えとwww




























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