第11話 雪待ちの人 【オパイ the セーラーウーマン⑤】

 

 Xmasも近い寒い放課後、とある案件を抱え思案しながら歩くアタシ(折井 衣舞おりい いぶ16歳)は、後ろから走ってきた車に激しくクラクションを鳴らされ、思わず心臓が飛び出そうになってしまう。

 振り返ると、1車線の狭い道をどえらい勢いで車が突っ込んでくるのが見えた。

 慌てて道の端ぎりぎりまで避けると、車はスピードも落とさないまま通り過ぎていく。

 オマケに通り過ぎる瞬間、ドライバーに憎々しげに睨まれた。

 はあ?、なにあのバカ⁉

 そもそもこの道、通学路だぞ?

 徐行運転するのが当たり前だろ?

 怒りに震えながら車を見送ったら、馬鹿ドライバーはさらなる悪行を重ねた。

 走りながら窓を開け、火のついたタバコを窓からポイ捨てするという極悪非道の行為。

 今時、あんな事する⁉

 めちゃくちゃムカついたが、何も出来ない自分がもどかしい。


 その時、アタシの横をめちゃデカイ犬が通り過ぎた。

 立ち上がったらアタシの身長くらいあるんじゃないかと思う程デカイ犬にもビックリしたけど、その背中に小さな女のコが跨っているのにはもっとビックリした。

 まるで優雅に乗馬するように乗犬?する少女と犬が軽快に走っていく。

 そして少女は手に持ったゴミばさみで、スピードを落とさないまま器用に火のついたタバコを拾い、更に走っていく。

 やがて信号待ちをしていたあの馬鹿ドライバーの車に追いついた。

 停車しているドライバー側の窓をにこやかな顔でトントンとノックする幼女。

 ここからだと馬鹿ドライバーの表情は見えないけど、いきなり可愛らしい幼女に窓をノックされ、さぞかし面食らっている事だろう。

 中からだとデカイ犬は死角になって見えないしね。


 どうやら馬鹿ドライバーが車の窓を下げたみたいだ。

「嬢ちゃん、何か用か?」

 って声が聞こえてくる。


 すると、幼女はにっこり笑って、

「落とし物ですよ?」

 と、言いながら火のついたままのタバコを車内に投げ入れた。


「@#*&%$#%@$!!!」


 馬鹿ドライバーの言葉にならない喚き声が響いてきた。


 幼女と犬はといえば、ぐるっと方向転換してこちら側にドドドドドって勢いで走ってくる。

 そりゃまあ、あんな事したら逃げないとね。

 こっちに走って来るもんだから、アタシもつられて走り出しちゃった。


 何故か犬と並走しながら幼女に尋ねる。

「アンタ、何やってのよ?」

 すると額に二本の角がある幼女はやっとアタシに気がついた。


「あーっ、おまえっ! えーっと、クロワッサン?」


折井衣舞おりいいぶだよっ!」


 そして幼女はお馴染みの青井+である。お馴染みじゃない人はセーラーウーマン①から読みましょうね。

 という訳で、青井+について簡単に説明しとくと、他人のおっぱいからエネルギー吸ってでかくなる変態改造幼女なのである。


「何してるって、見りゃわかんだろ? ゴミ拾いのボランティアだ」

 犬に跨った青井+が言う。

 コイツ、悪の組織のメンバーじゃなかったっけ?

 なんか未だに訳わかんない組織だけどさ?


「ボランティアはいいけどさ、あの馬鹿ドライバー、悲鳴上げてたじゃん?」


「ああ、火のついたままのタバコ、股間に投げてやったからな。大好きなニコチンで玉ニコとチンがこげるんなら本望だろw?」


 うわぉ、ボランティア活動の方向性はいいけど、方法が激しく間違ってるな、コイツ。まぁ、アタシ的には『良くやった』って言いたい気持ちもあるけどさw。


「ハァハァ、そんで、その犬は何なの?」

 走りながらの会話はさすがにキツいな。


「最近仲間になった改造ワンコだ。名前はあのパン屋の名犬○ーズにあやかって、『バター』にしたぞ?」

 バター犬かよっ! こいつ、知っててワザとやってんじゃないだろーな?

 まぁ、今どきバター犬なんてマニアックなもん、知らないヤツの方が多いと思うけど。

 あ、バター犬知らない人はググりましょうね?


『ヨロシクだワン。お嬢さんバターいかがですワン?』


「犬が喋った⁉ つかバター勧めんなっ!」

 犬の頭を思わずポカリと叩いてしまう。


「あーっ、おまっ、動物虐待だぞ?」


「アホかっ、動物改造する方がはるかに虐待だわっ!」

 まあ、人間は改造してもいいのかって話だけどね。


「言っとくが、外科手術はしてないぞ? ウチの博士が、頭が良くなる特殊な薬を飲ませただけで」


「はぁ? そんな怪しい薬があるの? あるならアタシが欲しいくらいだけど」

 なんか怪し過ぎるなぁ。

 こいつらの組織って、高齢者に低周波治療機とか売り付けてんじゃないだろな?


「ふふーん、それがあるのだ。たしかD H Oどこかへんなおじさんとか……」


D H Aドコサヘキサエン酸だ、バカ。 つかそれ、全然コンビニで買えちゃうヤツだからっ! あと、取り敢えず止まろ……ハァハァ」


 あの馬鹿ドライバーが追いかけてくる気配もないし、あたし達は立ち止まった。


「ふぅーっ、久し振りの運動はさすがにキツいな〜」


「それよりここで会ったがこんにちは。勝負だ!」


 またかよ。このバカの一つ覚えみたいなの、頭にインプットされてんのかな?


「ヤダよ。しないけど因みに何の勝負よ?」


「ボランティア勝負だ。タバコ拾いとか」


「それ、めっちゃ断りにくいじゃん。吸い殻で枕とか作るわけ?」


「ん? なんで枕?」


『あの、お話中ですが、アイツ追っかけて来ましたワン』

 と、バター犬が割り込んできた。

 見るとホントにあの馬鹿ドライバーが血相変えてこちらに向かって来てる。

 

「わははははっ、見ろっ、股間焦げてるっ!」


「バカ、笑ってる場合かよ。何とかしないと」

 言うと青井+がアタシの胸に手を伸ばしてきた。


「何とかしてやるから、おっぱい揉ませろ」

 

「えーっ、やだよ。そうだバター、アイツやっちゃいな?」

 このでかいバター犬なら対抗できるだろう。


『イヤだワン。男相手に腰振りたくないワン』


「交尾しろとか言ってないわっ!」

 バターって言うよりバカーか?


 あっそうだ!


「ねえ、おっぱい揉んでいいよ?」

「えっいいの? では遠慮なく」


 青井+がアタシの背後に回り込みおっぱいに手を回す。

 そして揉み始めると……


「止めろ、この変態!」

 あっ、やっぱりセーラー服の少女が飛び込んできた。

 今日は相手が幼女だからか、ライダーキックじゃなくて、頭を軽くチョップに留めてるみたい。

 ってかこの娘、どこでアタシのピンチを見てるんだろ?

 まさか本当にストーカーじゃないよね?


「あいたぁ。あーっまたお前かっ! 勝負だこらっ!」


「勝負はいいから。はい、これ飲んでアイツやっちゃって?」

 アタシはそう言いながらセーラー少女にパック牛乳を渡す。

 こういうこともあろうかと、最近パック牛乳を持ち歩いてるんだよね。


「ん? よくわかんないけど?」

 そうは言いつつもセーラー少女はアタシたちの前に立ち、馬鹿ドライバーに対峙する。

「なんだお前、どけっ!」

 近付いてきたバカが少女の襟首を掴んだけど、少女は気にする風でもなく、パック牛乳にズボっと指を刺した。穴を開けたパック牛乳を掲げドバドバと豪快に喉に流し込む。

 少女のおっぱいがボンっボンっ、って膨れていった。

 このセーラー少女も、牛乳を飲んだらおっぱいが膨れて超人になるという変態なのである。


「なに!? こいつ!?」

 突然爆乳になった少女にたじろぐバカ男が掴んでいた手を離してしまった。

 すると少女の方が男の両脇に手を入れ、そのまま「高い高い」をするように上にぶん投げる。

 男の体は通常の胴上げの倍くらいの高さまで飛び、落ちてくる。

「や、やめろ、こらっ!」


 何度も繰り返される一人胴上げ恐るべし。

 終いに「やめてください、ごめんなさいごめんなさい」とバカ男に言わせるのだった。


 結局、すっかり毒気が抜けたバカ男はヘコヘコと頭を下げながら帰っていく。

「じゃ、ボクもこのへんで、グフッ」

 案の定、サッサと帰りかけたセーラー少女の首をスリーパーホールドで固めて締め上げた。

「あんた、今日という今日は逃さないからね?」

 いつぞやのゲーセンの回で連絡先交換を目論んだけど、なんとこの娘、スマホを持ってない事が判明したんだよね。家電いえでんもまだ覚えてないって言うし。どうやら実家じゃなくて、知り合いの家で世話になってるらしい。

「ちょっ、おねーさん、苦しいってば」


「うるさいっ、あんた一応主役の癖に未だに名乗りもしないって、どんだけ引っ張るつもりよ?」

 そう、まだ誰もこの娘の名前を知らないのだ。


「そーだぞ? ちゃんと勝負しろ」

 青井+は相変わらず同じ事言ってるし。

 ん? あっ、そーだ!


「そんなにボランティア勝負したかったら、いい考えがあるんだけど?」


 アタシは二人にそのアイデアを提案するのだった。






  ◇




 それから数日後の放課後、アタシはとある幼稚園の前にいた。

 今日はこの幼稚園でXmasイベントが行なわれるのだけど、アタシはクラスの友人から、ボランティアでやる催し物の手伝いを頼まれていたのだ。

 アタシと友人とがやるのは人形劇なんだけど、ついでに青井+とセーラー少女に、何か催し物やって誰が一番うけるか勝負しない?と提案したのだ。


 おそらく何も考えていないであろう青井+は予想通り直ぐノッてきたんだけど、セーラー少女も意外とすんなりOKしたのにはビックリしたなぁ。

 

 で、今二人が来るのを待ってるわけ。

 ポカポカと快晴なのは有り難いけど、Xmas的にはもう少しどんよりして欲しい気もするのは贅沢かな?


 待つ事数分、いつも通りのセーラー服姿の少女と、でかいリュックを背負い

バター犬を連れた女子高生バージョンの青井+が現れた。

 どっちも律儀に時間前に来るとは感心感心。


「そのでかいリュック、何入ってんの?」

 冷蔵庫でも入ってんのか?ってほどでかくて気になる。


「内緒だ」

 ふーん、余興の小道具なのかな?

 逆にセーラー少女は潔い良いほどの手ぶらだし。

 

 大丈夫かなぁ。






  ◇



 アタシと友人達との人形劇が終わり、パチパチと拍手がなる。

 イソップ童話をアレンジした人形劇だったんだけど、娯楽に慣れてる今時の幼稚園児にはインパクトが薄かったかな? 

 それなりにウケたけど、大歓声は上がらなかったし、自己採点したら68点ぐらいかなぁ、と思う。


 次にセーラー少女の番なんだけど、緊張のきの字も感じられない、のほほんとした様子、やっぱり得体が知れないわ。

 少女は牛乳瓶一本持って子供たちの前に立つ。何するかなんとなく想像つくけど。


「みんな牛乳は好きかなー?」

 と、呼び掛ける少女。


「すきーっ」とか言う子は少数で、ほとんど「きらいーっ」「おいしくないー」って声だった。


「牛乳飲むとねー、とーっても強くなれるんだぞー?」

 と、少女。


「ほんとー?」「ええー、ウソだー」

 様々な反応を見せる子供たち。

 中でもちょっと悪ガキっぽい子たちは否定的なようだ。


「嘘じゃないよ。今からボクが証拠を見せるね。あ、君と君、手伝ってくれる?」


 そう言って、悪ガキ二人を呼び寄せた。


 そして、おもむろに牛乳を飲み、おっぱいがドカンと大きくなる少女。

 目が点になる子供たち。

 さらに少女が二人の悪ガキをポイポイと宙に放り投げお手玉を始めたので、その場にいた全員が仰天する事となる。

 事情を知ってるアタシも見てて気が気じゃなかったけど、悪ガキ二人はキャッキャとはしゃぎ出し、他の子供たちも一気に興奮状態に。

 無事終わった瞬間、「ぼくも牛乳のむーっ」「牛乳飲みたいー」って声で埋まるのだった。

「いきなり強くはならないから真似しちゃダメだぞー? みんなは毎日牛乳飲んで強くなろうね」

「「「はーいっ!!」」」

 元気に答える子どもたち。これは完全に負けちゃったなあ。

 でも、まだ青井+の番が残ってるんだよね。




「ちょっと準備があるからさぁ、先にオヤツタイムやっといて」

 

 青井+にそう言われたので、皆にお菓子とケーキを配る。


「「「いたたきまーす!!」」」

 

 楽しそうに食べる子供たちに混じってアタシらもケーキを頂くことにした。

 セーラー少女はやたら子供たちに懐かれてもみくちゃにされてるし、なんだか幸せな時間が過ぎていく。

 それにしても青井+はなんの準備をしてるんだか。


 そんな時、誰かが声を上げた。


「あっ、ゆきだーっ!!」


 その言葉にみんな窓から外を見ると、確かにキラキラと輝く粒が落ちてきてる。

 今日って確か快晴のはずなんだけどなぁ?


 やがて、誰かが校庭に飛び出し、後のみんなもそれに続いていく。アタシらも外に出てみた。

 見上げると快晴の空から綺麗な雪の粒がどんどん落ちてくる。


「あーっサンタさんだーっ⁉」


 子供たちが幼稚園の屋根を指差すと、そこにいたのは大きな角を付けてトナカイに見立てたバター犬と、真っ赤なサンタの衣装を身に纏った青井+だった。大きな白い袋からどんどん雪が舞い上がっている。

 どうやらあの大きなリュックには降雪装置が入っていたようだ。

 これが青井+の余興って事か。


 都会の空に舞う雪に大はしゃぎの子供たち。

 大人たちもまた、予想外の雪に大盛り上がりだった。

 ここにいる誰もが幸せそうな顔をしていた。

 勿論、アタシもだ。


「綺麗だねぇ。故郷を思い出すよ」

 アタシのすぐ側に来たセーラー少女がそう呟く。


「うん、素敵だね。今回は完全に負けちゃったな」

 アタシもそう、思わず本心が出てしまう。

 でもこんな清々しい負けもそうないよな。雪の舞う空を見上げながらそう思った。



 今年のXmasは一生忘れられないだろう。




 その思い出にあの変態が絡んでるのはちょっと微妙ではあるけれどw。










 了




 

 



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