第10話 オパイ the セーラーウーマン④ 〜彼女の日常〜
『まあ初めての担任で緊張するだろうけどね、気楽にやってくださいよ
校長先生が最後の方、なにやらゴニョゴニョ言ってたのがとても気になる私(
いわゆる産休補助という、前任の先生が見事ご懐妊された訳ですね。時期的に言うと、入学式の辺りで仕込まれたのでしょう。これからクラスを受け持つという時期に実に豪気な事です。それともつい勢いで致してしまわれたのでしょうか? いや、そんな事はよけいなお世話というやつですね。
そんな訳で、こんな中途半端な時期に私が担任を受け持つ事になった訳です。
ところで今時の
さてなんやかんや言ってる間に教室の前に着いてしまいました。とりあえず入口の引戸を確認しましたが、黒板消し等は挟まっていないようですね、って昭和の青春ドラマかっ!と一人でノリツッコミする私はどうやらひたすら情緒不安定なようです。
意を決して教室に入ると、何やら凄く騒がしいです。
黒板前で言い合う二人の男子、その周りを取り囲むクラスメイトたちがザ
「……だからぁ、テンリューの方がいいって!」
「はぁ? 絶対チョーシュー押しだわ!」
いったい何を揉めているのでしょうか? 最近流行りのゲームのキャラの話ですかね? 近くにいた可愛らしい女のコに聞いてみました。
「今年の紅白の司会は天○がいいか、○州がいいかって話でもめてるんです」
……昭和かっ。つか、どっちも字幕必須やないかいっ⁉ 出るとしても裏の○○ってはいけないの方だわっ。
と、脳内ツッコミしつつ、私はパンパンと手を打って注目を集めます。
「ハイハイ、取り敢えずみんな席に着こうね〜」
「おねえさん、だれ?」と、揉めてた一人のぽっちゃり男子が聞いてきました。
「今日からみんなの担任になる、よしざわしおり先生です。あ、担任って言葉は難しかったかな?」
「たんにん、知ってるよ? ワインに入ってるポリフェノールの一種だよね?」
……なんか、斜め上を行く答えが返ってきました。いまどきの子供、恐ろしいです。先行きとっても不安です。
「そのタンニンじゃなくてね、このクラスの先生になるって事ですよ〜」
そう言うと、なにやらみんな固まってボソボソ相談し始めました。
「……おい、ボケが通じない先生が来ちゃったぞ?」
「先行き不安だね〜」
「……」いきなりもう帰りたいです。
「それでオシリ先生〜、前野先生は解雇されちゃったの?」
「しおりね? 前野先生はクビじゃないよ? 赤ちゃんができたからちょっとお休みするの」
前野先生とは前の先生の事です。決して安易なネーミングに走った訳ではありませんよ?
「はいっ、おしり先生。赤ちゃんってどーやってできたんですか?」
一人の生徒が手を上げて、また説明しにくい事を聞いてきました。子供ってこの辺のデリケートな部分に遠慮なく踏み込んで来るのでとても厄介です。
「しおり先生、ね? 赤ちゃんはね、うーんどう説明したものか……えっとコウノトリさんがね、」
「こんどうむさん?」
「……うん、知ってて大人をイジくり回すの止めようね?」
突っ込んてるとさっきのかわいい女子も話に入ってきました。
「やっぱりねー、ひにんに失敗したんだよ」
「なるほどー。なっとくだね〜」
いや納得しないで⁉ それに避妊に失敗とかめちゃめちゃ
こんな調子で果たしてやっていけるのでしょうか? 確かに校長が言ってた通り、問題児ばかりのようです。
いったん席に着かせ、気を取り直してさあ始めましょと思ったら、まだ最初に揉めてた二人が言い合いしてます。名簿で確認すると、太った方が
「……だからぁ、サンタとか、いないモンはいないんだよ!」
「ばっか、いる
……もうツッコミどころが迷子です。
その時でした。
突然引戸が開いて一人の女生徒が悠然と入って来たのですが、その姿を見て私を含めた全員が固まってしまったのでした。
その人物はと言うと、やや茶色かかった髪はボサボサで額の両側にポチッと膨らみがありました。まるで角のようですがまさかね?
眠いのか目は半目で、何故か口にスルメを丸ごと一枚咥えてます。
マンガで定番の、口にトーストを咥えて走る女のコってのはリアルに一度だけ目撃した事ありますけど(実話)、流石にスルメ一匹咥えた女子は未だかつて見た事ないです。ってか、なんでスルメ?
「プラちゃん、おはよー」
クラスの女のコ達が親しげに声を掛けると、
「ん」
とだけ返事してました。おそらくスルメを咥えてるんで喋れないのでしょう。
さっきまで騒いでた男の子たちも静かに席に着いてます。この反応でどうやらこの子がクラスのピラミッドの頂点なのが理解できました。
その少女は堂々と教壇のすぐ目の前の席に着いたのでまた驚きです。普通、この手のキャラって教室の一番後ろが指定席だったりしません? それが、真ん前のど真ん中です。正直、私的にプレッシャー半端ないです。教壇に立つと、とてもイカ臭いです。
「ねぇ、プラちゃん、なんでスルメ食べてるの?」
わたしの疑問を、隣のかわいい女のコが代わりに聞いてくれました。
「んー? んおひよぐぅ?」
……咥えてるんでやっぱりわかりませんでした。
「へぇ、朝食なんだ?」
あ、わかるのね、スゴイ。ってかメニューのチョイス間違ってない?
名簿で確認したら彼女の名は『青井+』? あおいぷらす?
青井が名字で+が名前でしょうか? って、名前に記号が入ってる人、初めて見ました。これもキラキラネームと言うんでしょうか?
因みに隣の可愛い女子は、『
◇
やっと授業を始めると、青井さんはとても大人しくて一先ず安心しました。
まあ、いきなり寝ちゃったんですけどね。よっぽど眠かったんでしょうか、爆睡してます。ホントは起こすべきなんでしょうが、はっきり言って担任初日に波風立てたくないですからね。私って弱いダメな先生です。爆睡しながらモゴモゴとスルメ食べてる少女に太刀打ちできるとは思えないです。それにスルメくさいです。
とか油断してると、授業中青井さんが突然立ち上がり、窓の方へ向かっていきます。皆、何事かと注目してると彼女はカーテンを開け、口からスルメをズルリと出して日光に当て始めました。もしかして太陽光で炙ってるのでしょうか?
「たぶん、味に飽きちゃったんじゃないかなー?」
と、川栄さんが教えてくれました。そりゃスルメ丸ごと一匹なんて、日本酒チビチビやりながらでも飽きるわっ
「青井さん、日光じゃ炙れないと思うよー?」
そう言いつつ、折りたたみ式のハンガー持ってたんで、食べかけのスルメ挟んでカーテンレールにつるしてあげました。
「干してれば多少味がよくなるかもね?」
青井さんは干されたスルメと私の胸をジッと見つつ、
「E?」と呟いたんで、驚いてしまいました。できるだけ身体の線が出ない服を選んできたのに一目でカップを言い当てるとは……
この娘、只者じゃないです。
◇
青井さんは結局その後も寝続けたんで、イカ臭い以外は特に問題なくいたって平和に終われそうです。しかし、よくこれだけ眠れるもんですね。ひょっとして逆に夜中起きてるんでしょうか? 夜な夜な
事件が起きたのは放課後の事でした。
私が職員室で今後の予定などを整理しておりますと、突然我がクラスの子が数人飛び込んで来たのです。
「おしり先生! 大変なのっ、早く来て!」
「どーしたの? ってか、しおり先生ね?」
「そんなのどーでもいいから早くっ」
いや、どーでもよくはないんですけど。このままだと私、おしり先生って呼び名が定着してしまいそーです。って、子ども向けの絵本の主人公じゃないんだから。
とりあえず、子供らに手を引かれるままに走って行きます。連れて行かれた先は、学校の目の前の公園でした。
「えっ、何あれ⁉」
そこには驚愕の光景が広がっていたのです。
一匹の巨大な犬が、小さな女のコを組み敷いて盛んに腰を振ってます。これはヤバいです、しかも女のコは川栄さんのようです。
近くに見守りつつも手を出せないクラスの生徒たちがいて、他に犬の飼い主らしき派手なオバさんがいました。
「ちょっと、なんで止めないんです⁉」
私は飼い主らしき派手オバさんに詰め寄りました。このオバさん、見てるだけで止める様子はおろか、むしろ楽しんでいるかのようなのです。
「はあ? 大丈夫、じゃれてるだけですわよ? 大きな声ださないで。ウチのワンちゃんがびっくりするでしょ?」
こんのババァ、マジで殴ってやろうかと思いました。
「アレのどこがじゃれてるだけなんです⁉ 思いっきり腰振ってるじゃないですか‼ 子供も怯えてるでしょ⁉」
「あの子の方からウチのワンちゃんに近付いて来たんです。触りたかったんだからいいじやないですか」
「よくないわっこのババア! さっさとどけろっ!」
ちょっとはしたないですけど私、思わず叫んでしまいました。それでもババアはしれっとしてます。
「まあ下品だこと。これだから貧乏人はw。ウチの子の方がよっぽどお上品だわ」
「幼女に腰振ってる馬鹿犬のどこがお上品だよ⁉」
オバさんにいくら言っても埒が明かないので、直接犬を剥がそうと近付きますが、めっちゃ歯をむき出して唸り声上げてくるんでとても怖いです。
「ちょっとアナタ、ウチのワンちゃんに何かしたら訴えますからね!」
流石の私もブチ切れました。怖がってなんかいられません。馬鹿犬を蹴飛ばしてやろうとしたその時、後ろから誰かに腕を掴まれました。
振り向くといつ来たのか、青井さんが超然と立っています。口からゲソが一本、チョロンと出ていました。
「先生、ちょっと胸貸してくれる?」
「イカ臭っ! え、胸?」
こんな状況で青井さんに突然胸を貸してくれと言われて私は戸惑いました。
意味的には格上が格下に練習をつけてやるって事ですよね?
それとも助言するって方の意味でしょうか?
どっちにしてもこの場には相応しくない言葉だと思うんですけど。
そんな事を考えてたら、青井さんがいきなり背後から私の胸をむんずと掴み、高速で揉み始めたのです。
「
胸貸すってこんな具体的な事だったっけ⁉
周りの生徒たちやオバさんやら、犬に襲われてる川栄さんでさえ唖然としてる中、がっつり2、3分は揉みしだかれた後、やっと開放された時には私はもう足元ぐらぐらでした。
「はぁはぁはぁ……」
でも何故か肩が凄く軽いのに気が付きました。あれはマッサージだったのでしょうか? 前に性感の文字が付きそうなやつでしたけど。
何気に胸に手を当てて私は二度ビックリです。
「お、お、お、おっぱいがないっ」
そりゃ突然肩が軽くなったのも納得です。EカップあったのがAになっちゃったんですから。
そんな混乱中の私の後ろから、誰かがゆらりと前に出て来ました。
高校生くらいでしょうか? バサバサの髪に、額の両側に角みたいなのがあって、その口元には咥えタバコのようにゲソが一本。
「あなた……まさか青井さん?」
有り得ない事ですが、そこに居るのはさっきまで小学一年生だったはずの青井+さんでした。何故かナイスバディのギャルの様に変貌しています。
そんな私の驚きをよそに、青井さんはまるで散歩するかのような調子で犬に近付いていきます。その雰囲気に流されたのか、威嚇するのを忘れて固まっていた犬の首を両手でがっつり掴み、下になっていた川栄さんから引き離してから地面に押し倒しました。そして逃げないよう押さえ込みながら、巨大犬の全身をウリウリと撫で回していきます。
こんな事できちゃうの、ムツゴ○ウさんの他にいるとは思いませんでした。
「ちょっと、私のワンちゃんに何やってるのっ! やめてっ‼」
オバさんが叫んでますが、こっちが止めろって言った時には無視したんで、はっきり言ってざまぁって思います。
ワンコは最初は必死に抵抗していたもののだんだん力が抜けていき、最後には腹を上に向けてゴロンと転がってしまいました。
これって、もうどーにでもしてっていう服従のポーズですよね?
「やめてっ! 変なしつけしないでっ! 何て事するのっ訴えてやるっ‼」
尚も狂ったように叫ぶオバさんと、ワンコを撫でながらそれを冷ややかに見つめる青井さん、その青井さんにブンブン尻尾振ってるワンコと、それぞれの対比が面白いです。
やがて、青井さんがワンコに何やら耳打ちすると、ワンコは元主人のオバさんに飛び掛かり、背後からガッチリ掴んで全力で腰を振りまくります。
「いやーっ! やめてっ! やめなさいってば! 主人のいうことが聞けないの⁉」
「いや、もうアナタは主人と認めてもらってないみたいですよ? でもいいんじゃないですか? それ、じゃれてるだけでしょ?」
押し倒されて、腰を振り続けられてるオバさんにそう言ってやりました。
「そんなぁーっ ひぃっ!」
まあ、このクソババアがとうなろうと知ったこっちゃないです。
川栄さんもクラスの皆に囲まれて笑顔を取り戻して、ほんと良かったです。
私はコッソリ立ち去ろうとしてた青井+さんを呼び止めました。
「待って! あの、……ありがとう、青井さん」
「ん、センセーのおっぱいが思いのほか良かったから。じゃ」
よくわからない事を言いながら、軽く手を上げて青井+さんが去っていきます。
相変わらず謎の人ですが、どうやら悪い人ではないようです。
でも
イカ臭いはもう勘弁して欲しいです。
完
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