第2話 セロ弾きのゴーシュっぽいなにか




 亭主は村の山で木を切る係でした。

 一度山に入ると一週間はこもったままですから、まったく単身赴任のようでした。わたしはかれの帰りを待ちながら日々ひまを持て余してくらしているのでした。

 ある日のことでした。水浴びをして体を拭いていると、おっぱいからボインと音が鳴りました。少しびっくりしたので落ち着こうと水をごくごく飲み、またおっぱいを触りました。右のちくびを指で弾くとボインととても良い音が鳴りました。ついでに少し気持ちも良いのです。

 左のちくびはどうだろうと指で弾いてみたらこちらは何も鳴りませんでした。その代わり左のおっぱいをもみながら右のちくびを弾くと音が変わるのです。そうしてしばらく左右のちくびとおっぱいをもんだりつまんだり弾いたりしているとドレミファソラシドが弾けるようになりました。

 わたしはまた水をごくごく飲み弾いては考え考えては弾き一生けん命なんべんもなんべんもボインボイン弾きつづけました。

 夜もとうにすぎて、しまいにはじぶんが弾いているのか揉んでいるのかもわからないようになって顔も真っ赤になり眼もまるで血走ってとても物凄い顔つきになりいまにも倒れるかと思うように見えました。

 そのとき誰か玄関の扉をとんとんと叩くものがありました。

 亭主かと思いましたがすうと扉を押して入ってきたのはいままで六九へん見たことある大きな犬でした。

 マイバッグをさも重そうに持って来てわたしの前におろしました。

「ああくたびれた。これおみやです。使ってください」犬がバターを出しながら云いました。

「誰がバターを持ってこいと云ったのよ。第一このバターはウチのヤツでしょ。帰りなさい」

 すると犬はにやにやわらって云いました。

「奥さん、そうお怒りになっちゃ、おからだにさわります。それよりそのおっぱいでなにか弾いてごらんなさい。聞いてあげますから」

「生意気なことを云わないで。犬のくせに猫背だし」

「いやご遠慮はありません。わたしはおっぱいの音楽をきかないとねむられないんです」

「生意気ね。なにを弾けと」

「ゆずの夏色を」

 犬は口を済まして云いました。

「弾けるかっ。ボヘミアン・ラプソディなら弾けるわ」

 犬はさぞがっかりしたような顔をしましたが、わたしは嵐のような勢いでボヘミアンラプソディを弾きはじめました。

 すると犬はしばらく首を曲げて聞いていましたがいきなりパチパチと眼をしたかと思うと部屋の中をぐるぐるまわり出しました。

「奥さんもうたくさんです。後生ですからやめてください」

「黙ってて。今気持ちいいから」

 しばらくして犬が青くひかってきたのでようようやめました。

 すると犬もけろりとして

「奥さん、こんやのおっぱいはどうかしてますね」と云いました。

「あんた猫背が治ってるんじゃない?」

「おやホントだ。背中がのびましたよ。では帰ります」

 扉を開けてやると犬が風のように走って行くのを見てちょっとわらいました。

 

 次の晩も水をごくごくのむとそっくりゆうべのとおりぐんぐんおっぱいを弾きはじめました。

 何時かもわからずごうごうやっていますと誰か屋根裏をこつこつ叩くものがあります。

「犬、まだこりないのか」

 わたしが叫びますといきなり天井の穴からカッコウが降りてきました。

「鳥まで来るなんて。何の用なの?」

「おっぱい音楽を教わりたいのです」

カッコウはカッコつけながら云いました。

「でもあなたおっぱいないじゃないの」

 するとかっこうは大変まじめに

「ああそうですね。でもかっこうだけでいいのです」と云いました。

「うるさいなあ。じゃあ三べんだけ弾いてあげるから、聞いたら帰りなさいよ」

 わたしはおっぱいを取り出してボインボインと弾きました。するとかっこうはたいへんよろこんで途中からかっこうかっこうとついて叫びました。

「……かっこうかっこうおっおっおっおっおっぱいおっぱい……」

 だんだんかっこうはつられておっぱいと叫び始めました。

 わたしはとうとう手が痛くなっておっぱいが気持ちよくなっていきなりぴたりとおっぱい演奏をやめました。

 するとかっこうは

「おっぱいおっぱいおっおっおっ……」と叫びながら矢のように外へ飛び出しどこまでもどこまでもまっすぐに飛んでいってとうとう見えなくなってしまいました。

 わたしはしばらく呆れたように外を見ていましたが、そのまま倒れるように部屋のすみへころがって眠ってしまいました。


 次の晩もわたしは夜通しおっぱいを弾いて明け方近く、思わず疲れておっぱいを握ったままうとうととしていますとまた誰か扉をこつこつと叩くものがあります。

「おはいり」と云うと扉の隙間から入ってきたのは子供のリスでした。リスはクリの実をひとつぶかかえてちゃんとおじぎをして云いました。

「先生、ぼくは体のあんばいがわるくて死にそうなんです。なおしてやってくださいまし」

「わたしは医者などやれません」

 するとクリを持ったリスは思い切ったように云いました。

「先生は毎日あんなに上手にみんなの病気をなおしているではありませんか」

「何のことだかわからないけど」

 するとクリを持ったリスは泣き出してしまいました。

「ああ僕は病気になるならもっと早くなればよかった。さっきまでボインボインと鳴らしておいでになったのに、病気になるとぴたっと音がとまってもうあとはいくらおねがいしても鳴らしてくださらないなんて」

 わたしはびっくりして叫びました。

「なんですって、わたしがおっぱいを弾けばみんなの病気がなおると。どういうわけなの。それは」

 クリのリスは眼をこすりこすり云いました。

「はい、ここいらの動物は病気になるとみんな先生のおうちの床下にはいってなおすのでございます」

「すると治るの?」

「はい、体中とても血のまわりがよくなって大変いい気持ちですぐ治る方もあればうちへ帰ってから治る方もあります」

「ああそうか。わたしのおっぱいの音がボインボインひびくと、それがあんまの代わりになっておまえたちの病気が治るというのか。よしわかったよ。やってあげる」

 わたしはボヘミアンラプソディをごうごうがあがあ弾きました。

 見るとクリとリスはすっかり目をつぶってぶるぶるふるえていました。

「どうだった。気分はいい?」

 ぶるぶるふるえていたリスはクリを放り投げて走り出しました。

「ああよくなった。ありがとうございます。ありがとうございます」

 リスはお礼のクリを置いて帰って行きました。


 それから六日目の晩でした。

 主人が山から帰って来ました。

「ああ疲れた。留守のあいだ変わったことはなかったかい?」

 わたしはおっぱいと動物たちのことを話す前に疲れた亭主を癒やしてあげようと思いました。

 おっぱいを取り出しボインボインと激しく演奏をしました。

 

 しばらくしてふと見るとそこにいたのは



 ドン引きの亭主

 でした。













 〜セロ弾きのゴーシュ

  じゃなくて

  ドン引きの亭主〜


   完



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