第6話 兄の苦悩
リリーは、もう何回も同じ動作を繰り返している。ルーカスに聞くと、「リリーはいつだって可愛いよ。」の一言で片付けられてしまう。そう言うことではない。
リリーが気にしているのは、今日学校に行くのに、変なところがないかどうかなのだ。変なところとは、髪が一房飛び出ていたり、ゴミが付いてたり、服がめくれていたりすることを言う。
ルーカスより格段に鋭いエマチェックがおわり、安心して家を出る。エマは女性なので、リリーの言わんとしていることがわかるのだろう。
学校の行き帰りはルーカスがいつも一緒で、手を繋いでくれる。ルーカスの手がとても温かく、安心する。ルーカスは最近また背が伸びて、ますます格好良くなった。
気の強そうな女の子がルーカスに近づいて話しかけてくるが、仲があまり良くないのか、ルーカスは笑いもしない。二人の様子をチラチラ見ているが、ルーカスの顔色は変わらない。
リリーは、ひたすらハラハラする。
家での態度と違いすぎて、何か怒っているのかと、思うけれど、リリーにはいつもと同じ優しいお兄ちゃんで、戸惑っている。
学校に行き始めて、できた友達に、ルーカスは人気があるみたいだ。クールで、あまり笑わないところが良いらしい。
え?誰の話?
リリーは混乱する。クールであまり話さないルーカスを見たことがないから。
学校が終わると、ルーカスによる匂いチェックが始まる。散々匂いを嗅いだら少し不機嫌になって、やたらスリスリされる。
家に帰っても、ずっと近くにいて、少し動きづらい時がある。
「もうちょっと、離れてくれる?」
と、言うと傷ついた顔をするので、罪悪感がすごい。それでも、少ししか離れない。
エマ曰く、リリーから別の狼の匂いがするのが、落ち着かないらしく、自分の匂いをつけているだけ、とのことらしい。
今まで、おうちから出てないのだから、変な感じはするだろうけど、でもルーカス自身はずっと学校に行ってたでしょう?
ルーカスがおかしいのは、リリー限定って話だった。逆にエマに質問される。
「リリーは、ルーカスにいっぱい人が寄ってきたらどう思う?」
「……お兄ちゃん、いっぱい友達がいていいなぁって思う。」
「じゃあ、それが女の子だったら?」
「…お兄ちゃんカッコイイから仕方ないかな。」
「それだけ?」
「ん?他に何があるの?」
エマは笑って、いや、何も、と言った。
何か、含んでるよね。
なんだろう。
ルーカスに女の子の友達…仲良くなれたらいいな、と思う。友達になってくれないかな。
「お兄ちゃんは友達何人ぐらいいるの?」エマとの会話を思い出し聞いてみる。
「そんなにいないよ。」
「お兄ちゃん、私に友達あわせたくないの?」リリーの質問に、キョトンとした顔をする。
「違うよ、あいつらリリーに余計なこといいそうだから。」
「余計なことって?」
「うーん。例えば、リリーにお化けは怖くないって言ってたけど、小さい頃は怖がってた、とか。」
「そうなの?お化け怖いの?」
「今は怖くない。昔は、ほら、リリーぐらいの時は怖かった。ま、そんな言って欲しくないこと、とかあいつら言うだろーなって。」
「私、昔のお兄ちゃんの話聞きたい。」
「じゃあ、僕に聞いて。僕はリリーに聞かれたら何でも答えるから。あいつらみたいに話を盛ったりしないから。」
「わかった。約束ね。」
「うん、約束。」
ルーカスはリリーの質問に内心凄く焦っていた。リリーが友達を作りたい気持ちはわかるし、学校はそう言うところだと思う。
でも自分の友達は、男で、まともな男なら、リリーを可愛く思うだろうから、自分のいない時に、いや、いる時でも、リリーに近づけたくない。
あと、本当に余計なこといいそう。
リリーに関係あることではなくて、関係ないことばかり言うだろう。せっかく今の関係が良好なのに、水を差すようなことを。
はぁ、と一人ため息をついた。
エマは思春期の息子に、苦笑していた。
大好きな子に全く意識してもらえず、兄として責務を果たそうとしている様は、いじらしく、おかしかった。
笑ったらいけないとは思う。
リリーは可愛い娘で、ずっとこのままでいてほしいけれど、番がよりによって息子!
幸せな未来しか見えないけれど、そこに到達するまでが大変だろう。
息子にそこまでの魅力があるかな。
頭を抱えるエマだった。
リリーは兄の様子がいつも通りであったことに安心しつつ、兄が何かを悩んでいる、ことは理解していた。
その悩みが何であるかは、きっと話してくれないだろうことも。
リリーは幼いから自分に力はないと思っている。
けれど、自分がされて嬉しかったことをやり返す事はできる。
ルーカスにひっついて「お兄ちゃん大好き」と言い続ける。これなら、自分でも無理せずできるし、本当の事だし。
ちょっと恥ずかしいけど、頑張って元気になってもらおう。
そう決意して、なるべくルーカスのそばにいるようにした。嫌がるならやめただろうけど、ルーカスは嫌がらないのを、リリーは知っている。
そして言い続けた。
「お兄ちゃん大好き」と。
ルーカスは複雑だった。
お兄ちゃん大好きは、嬉しい。嬉しくて、明日死んでもいいレベル。
でも、番としては、まだまだ、と言われているに等しい。
最近の自分はおかしいと思う。リリーに対して大切だと思えば思うほど、他の人から遠ざけたり、リリーの意に削ぐわないことをしてしまう。
悲しませたいんじゃない。笑わせたいのに。
でもリリーが笑う先に僕がいたい。他の誰かに笑いかけるのを見てるなんて嫌だ。
これが、独占欲?嫉妬?と言うのかな。
こんな醜い自分は好きじゃない。けれどこれは大人になる為に必要なことなら仕方ない。
リリーはまだまだ幼くて、恋とかはよくわからないみたい。だからこそ、他の男を寄り付かせてはいけない。僕だけみてもらわなくちゃ。
学校では余裕がなくなる。周りに男が多すぎて。頑張って威嚇してるけど、しんどい。あんまりやりすぎると、リリーを困らせてしまうし。
ルーカスはお兄ちゃんと番の間で彷徨っていた。幸いにも、リリーは義妹でずっと近くにいられる。だから、二人で少しずつ、差を埋められるようになればいい、と思う。
問題は…自分が我慢できるかってこと。
リリーの「お兄ちゃん大好き」攻撃は正直、可愛いがすぎる。何なの?
嫌がらせなの?
リリー、ひどいよ。
生殺しだよ!
と、叫んでみても、リリーに他意はないことはわかる。思いなやむルーカスを元気付けるために、考えて、してくれたことなのだろう。
でも、抱きつかれて、大好きと言われたら、それが兄としての自分でも、噛みつきたくなる。好きで好きでたまらない。
リリーへの好きは、毎日大きくなって、一人では抱えきれなくなってる。
母さんはこんなになってる息子を面白おかしく見てる。生温かくみてる。笑い、堪えきれてないからな。自分だって、昔、通った道のくせに。
自分も早く、ジェームズみたいな立派な男になりたい。そうしたら、少し見直してくれるのではないかな。兄としてより、男として、見てくれるのではないかな。
最近、リリーにお願いしてることが一つある。「お兄ちゃん大好き」と言うのを、「ルーカス大好き」に替えてもらうのだ。意識してくれたら、と思って言ったのだが、すぐさま後悔した。
自分の抑えがきかないかもしれない。
すぐにギブアップした。
リリーは不思議そうにしていたけど、僕の顔が真っ赤になっていたのが、面白かったみたいで、それから何度も言うようになってしまった。
リリーを意識させるつもりが、僕が意識してどうするんだ。リリーは可愛くて、凄い。
どうやら僕は義妹に敵いそうにない。
おわり
もふもふな義兄に溺愛されています mios @mios
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