第3話 新しい生活
新しい生活は、リリーの精神に大きな変化をもたらした。今までの生活による死の恐怖や、孤独感、不安は薄れていく。
ただ、幸せが大きすぎると、反動が怖くなる。もし、この人達を失ったら、と思うと、動けなくなる。
リリーの不安を察してなのか、ずっと近くにルーカスがいる。体温が伝わる近さで守ってくれている。
ルーカスはよく、リリーの匂いを嗅ぐ。出会った時から花の匂いがすると言う。リリーは、それを聞いて不思議に思う。出会ったころはお風呂にも入っていなかったし、臭かっただろう、と。
リリーも、ルーカスの匂いを堪能する。
ルーカスこそ、花の匂いがする。花の種類はわからないけれど。
自分の名前の花はどんな匂いがするんだろう。ルーカスの匂いみたいだったらいいな、と思う。
獣人は匂いに敏感なこともあり、よく匂いを嗅ぐ。その日の体調が、匂いでわかるようだ。ジェームズは、土と森の匂いがし、エマはお日様の匂いがした。
ジェームズやエマはリリーの匂いは甘いお砂糖のような匂いで、ルーカスはお日様の匂いだと言う。嗅ぐ人によって匂いは違うらしい。
ルーカスはリリーを膝の上に乗せて、学校の話を聞かせてくれる。友達の話、勉強の話、先生の話を。
学校は森の奥にあるらしく、子供達は8歳頃から15歳まで通う。
リリーは、基礎的な教養が終われば、入るかどうか決めよう、とエマに言われていた。
そこは、狼の獣人の学校だが、たまに小さな子供達は、獣人の特徴が出ないことがある。
狼の種類によるのだが、見た目、人間の子供と変わらないので、小さいうちなら誤魔化せるのでは?とジェームズは思ったらしい。
家族以外の獣人に会うのは、極力控えているが、人間の匂いは、もうとうに薄くなり、なくなりかけている。と言うのはルーカスが、マーキングでないにしろ、ぴったりくっついているせいで、ルーカスの匂いに引き摺られ、リリーの匂いが曖昧になっているせいだ。
ジェームズとエマはルーカスの変わりように、苦笑するしかなかった。
「匂いの話といい、多分そう言うことなんだろう。」
「そうね、あれを聞いたとき、びっくりしたわ。」
「花の匂い、だからリリーなのか。」
「運命ってすごいわね。」
獣人には昔からの言伝えがある。
獣人には運命の伴侶がいる、と言う物だ。出会った瞬間、お互いの匂いで、分かり合える、運命の伴侶のことを番と言う。
ルーカスはリリーの番で、リリーはルーカスの番。
お互い獣人ならば、何の問題もないが、相手が人間というのは、聞いたことがないので、ジェームズには何が障壁になるかわからなかった。
なので、ひとまず、様子を見ることにした。
ジェームズには一つ気掛かりなことがあった。もしリリーが前にいた施設が、自分が検討をつけているところなら、もしかすると、番の問題は解決するかもしれない。それには、リリーが今より成長するしか、確認する方法がないので、様子をみる、というのはあながち、間違いではなかった。
リリーは、ずっと夢を見なかった。
新しい家族と一緒に過ごしてからはずっと。
目を閉じるのが、怖くなくなった。
目を開けると、そこにルーカスがいるから。ルーカスのモフモフのしっぽは、リリーの身体に優しく寄り添い、毛布の様な役割を果たしていた。
窓から見える空はまだ暗い。
リリーはまだ起きる時間ではないらしい。さっきまでいたもふもふに身を任せ、眠りについた。
そして、その後、夢を見た。
リリーは夢の中で、混乱していた。
今夢の中にいるとは思うものの、
これは現実にあった話だ、と理解している。
目の前に、ルーカスとは違う種類の狼がいて、リリーにここを動かないで、と言う。リリーは、その隣にいるエマとは違う獣人に、お母さん、と呼ぶ。
お母さんと呼んだ獣人は、大丈夫と言う。
ここで、リリーは目を覚ました。
心配そうなルーカスの顔がリリーを見つめていた。
「うなされてた。そんなに怖かったか?」
リリーは心配された理由がわかった。
夢を見ながら泣いていたからだ。
悲しい夢でも、怖い夢でもなかったが、胸が締め付けられるような、息苦しさがあった。
リリーはなおも心配そうなルーカスの頭をポンポンして、大丈夫だと伝えた。
同じ頃、ジェームズも不思議な夢をみていた。
自分達とは違う種類の狼が、じっとこちらをみている。
1匹の狼が、小さな子供を咥えていて、こちらに渡す。
この子をどうかお願いします、といい、すぐにいなくなってしまった。
あの狼は…
朝、ジェームズは、リリーの夢の話をきいて、自分が見たのは、リリーの母親かもしれない、と思った。
リリーにここを動かないで、と言った「ここ」とは、この家であり、この家族のことだと理解した。
夢で見た狼は、最近絶滅した狼ではなかったか。リリーが10才だとすれば、少なくとも10年前は生存していた、と言うことになる。
まさか、リリーをさらった奴らは、絶滅危惧種と知らなかったのか。もしくはそうなるように仕向けたのか。
でも、わかったことがある。
この家はリリーを守ってやれる。
リリーが、育つ環境を自分たちが作ってやれるのだ。
ジェームズは夢のことをリリーに言わなかった。そのかわり、リリーを必ず守ることをさっきの狼に届くように、心の中で、報告した。
朝、リリーがうなされる声で飛び起きたルーカスは、起こした方が良いのかオロオロしていた。
「リリー?」返事はない。
「…ん…お母さん…」
今お母さんと会っているのだから、起こしちゃいけない、と我慢した。
髪を撫でる。
目を覚ましたリリーは、泣いていた。
リリーが泣くと、ルーカスの胸は苦しくなる。リリーはなぜ泣いたかわからない、と言っていた。
けれど、リリーの表情はわかりやすく、落ち込んでいた。
気の利いた言葉さえでてこない。
だから、ルーカスは自慢のもふもふした尻尾で、リリーを包み込んだ。
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