もふもふな義兄に溺愛されています

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第1話 はじまり

真っ暗闇の森の中を一人彷徨い歩くものがいた。どこから来たのか、どこへ行こうとしているのか、わからないまま道を進む。


どこかで、ケモノの鳴き声が聞こえ、小さな子供は、震えて身を潜めた。


それでも、今までいたところよりは、まだマシだと思った。



頼れるものはない。せっかくにげだせたのだから。行けるところまで行こう。


捕まったら、と思うと足が竦む。まっすぐ進んでるようで、前と同じところへ帰ってきてしまったら?


見つかればただでは済まない。

今度こそ、鎖で繋がれて、足や、腕を切り落とされて、もう二度と逃げられない。


自分の想像した光景に、動揺し、呼吸が荒くなる。

必死で自分を落ち着かせ、さっきケモノが鳴いていた方角へ足を進める。

奥へ、奥へ。

ずっと奥の、ケモノたちが住うところまで。


追ってくる者達は、子供が臆病だと思っている。奥まで来ることは出来ないと思ってる。だから、裏をかいて、森のずっと奥へ行って隠れよう。


木の実とか、食べられそうな物はいくらでもある。


子供は、小さい体を利用して草の陰に身を隠し、夜通し歩いた。


朝になる頃には、森のずいぶん奥まで来ることが出来た。


草木に朝露がついて、幻想的な光景を見て、ほうっと息をつくと、自分1人ぐらいは隠れられそうな茂みに身を隠し、少しウトウトした。




森の奥には獣人が、住んでいた。

ちょうど、子供が微睡んでいる茂みは、獣人の所有する庭だった。


普段とは違う匂いにすぐに気づき、匂いを辿って、子供をみつけた。小さな体にはたくさんの傷があって、傷を見るに、古い傷、新しい傷、とが混在していた。



そこは獣人の家で、一家族が住んでいる。子供を見つけたのは息子だった。


寝かせたまま、家に運び、別の匂いが無いかを確認する。

どうやら匂いは、この子供のだけで、

他にはなかった。


「母さん。」息子は母親に子供を見せた。母親は、驚いたものの、ベッドを整えて、

「ここで寝かせておやり」と言った。


「あの子はどこにいたんだ。」

「あっちの茂みにいたよ。」

「まだ小さいね。親は心配してるだろうに。」


小さな体にたくさんの傷。


心配するような親が、いるだろうか。


「町からここまで結構かかるよ。ずっと1人だったのか、誰かと一緒だったのか。」

「事件か事故に巻き込まれたのかもしれないね。」


子供が起きたら事情を聞くとして、まずは寝かせることにした。



子供が目を覚ましたのは、それから3時間ほど経ってから。


見知らぬ天井と部屋に狼狽る。

ゆっくり窓の近くへ行きそこから見える景色がいつもの景色と異なることに安堵する。


助けてもらったのなら、御礼を言わなきゃならない。もし追手が、もう来るのなら、逃げなきゃいけない。


焦るとまた呼吸が乱れた。


落ち着かせようと、深呼吸をしていると、部屋の扉が開いた。


「ああ、起きたね。お腹空いてるだろ。朝ごはん食べるかい?」


子供は獣人を見るのが初めてだったが、優しい目をした獣人の母親に怖さは全く感じなかった。


「さっき、あんた庭で倒れてたんだよ。

事情はあとできくから、ご飯食べな。」


子供は何も言えず、手を引かれて、ダイニングへ向かった。


「あんたを見つけたのは、息子でね。もう学校行っちゃったんだけど。すーごく心配してたから、今日はすぐかえってくると思うよ。」


「遠慮せず、食べな。」

出て来た料理はどれも美味しくて、子供は生まれてはじめて、お腹いっぱいになるまで食べた。


「もう、いいのかい?」

頷いて、美味しかった、と言うと、

「なら、良かった。」

と、優しく笑った。


「名前はあるかい?」

子供は「743」と言った。

あの施設では、いつも数字で呼ばれていた。


母親は困った顔をして「いい名前をつけてあげなくちゃねー。」と笑った。




バタバタと音がして、ガラッと扉が開いた。


「あ、起きてる」

背の高い獣人の少年が、子供をじっと見ている。


近くまでよってくると、キラキラした瞳で、ニッコリ笑った。


「お前、名前なんて言うの?」

「743」

「ん?それが名前?」

コクリと頷く。


母親が、「可愛い名前を私たちでつけてあげようね。」

息子は大きく頷いた。


「花の名前とかなら可愛いくない?」

「リリーとかはどう?ローズも可愛い。デイジーもバイオレットも可愛い。」

「どれか気に入ったのはあるかい?」

「リリーがいい。」

子供は獣人の息子が考えていたはじめの名前を気に入った。

「わかった、リリー、よろしく。」

「よろしく。」

「そういえば、私らも名乗って無かったね。私は、エマ。この子はルーカス。で、今いないけど、夫が、ジェームズよ。」


一通り挨拶を終えると、エマがリリーの顔を覗きこんだ。

「あんた、帰るところはあるのかい?」

フルフルと首を横へ振る。

「心配している人はいないのかい?」

同じように首を振る。

「逃げて…きた。…追いかけて…捕まったら、…」呼吸が苦しくなる。

エマがリリーを抱きしめた。

「大丈夫、ゆっくりでいい。大丈夫。」

背中を撫でてくれる。呼吸が落ち着いていく。


「どこも行かなくていいのなら、この家にいれば良いよ。」リリーは、びっくりして、ルーカスを見ると、「やった!もうずっと住めばいいよ!」と喜んでいた。


「年はわかるかい?」

「多分、10才。」

「え?そんなに大きいの?ほんとに?」

目をパチクリさせて驚いた訳は、ルーカスがたったの12才だったからだ。


リリーが小さいのもあるが、体の大きさから見て倍ぐらい年の差があると思われていた。せいぜい6才ぐらいかな、と思われていたところ、10才といわれたので、驚いたのだ。


リリーが年を認識していたのは、閉じ込められていた施設で、10才を超えたら、今までと、別の部屋に隔離されるのを知っていたから。


10才になった途端、他の子供と離され、一人で恐怖と戦わなければならなかったから。それが逃げてくるほんの少し前だったからだ。


ルーカスは、狼の獣人で、体は大きくすらりとしていた。対するリリーは、身長も小さければ、痩せっぽっちで、体に肉が全く付いていない。


「まず、太らせよう。体重が増えたら、縦にも伸びる。」

ルーカスはリリーをじっと見つめた。

「後は風呂だな。一緒に入ろう。」


リリーは生まれてはじめて、お風呂に入った。

いつもは、川に入って、布で擦るだけ。

温かいお湯に入った瞬間、体から力が抜けていき、涙がポロポロ流れた。


ルーカスは、リリーの頭をポンポンと触り、「気持ちいいだろ?」と言った。

頷いて、涙を拭く。


リリーは、今日はじめてのことばかり、経験した。この後も、はじめての石鹸を使い、体を洗い、はじめて一家団欒を経験し、はじめて、誰かと一緒に、ベッドで眠った。


獣人の父親、ジェームズは、可愛いお客様に驚いたものの、ルーカスによく似た笑顔で、リリーを受け入れた。


子供たちが、一緒に寝た後、エマと二人、今後のことを話し合った。


リリーがどこから来たのか、ジェームズは少し心当たりがあった。

間違いならいいのに、と思いながら。

けれど、経験上、嫌な予感はよく当たることを知っていた。



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