番外短編
番外編 新入りネコマタのユキ
ここはネコマタ協会N町支部(公園の猫型滑り台空洞内部)。
新米ネコマタのユキは、先輩ネコマタから『ネコマタ妖怪のための心得』を教えてもらっていた。
「ええか、ユキ。ネコマタは猫であらずネコマタなんや。しかしネコマタはネコマタであっても猫の魂は持ち続けるネコマタなんや。つまりネコマタは猫ではないけれども猫であるけれども猫にあらず、一方でまた猫であるがネコマタは猫ではない、というわけや。わかるか、ユキ?」
わけわからん、と思ったユキ。でも笑顔のまま「はい、わかりました!」と元気よく返事する。
白毛が美しいユキはまだネコマタになって日が浅い。彼女が猫だった時代はせいぜい80年程前。一方、この先輩ネコマタが黒白のハチワレ猫だったのは江戸時代だと聞く。協会では中堅クラスのネコマタなのである。
「そんでな、ユキ。こっからが大事やで」
ユキが素直な良い子だと見るや、この先輩ネコマタはますます饒舌に語る。
「ネコマタいうんは猫とはちがう。よって飼い主はおらん。もちろん野良でもない、餌もらう地域猫ともちゃう。ネコマタにおるんはパートナーや。ぼくのパートナーはトモキくんいう小学生なんやで。ユキ、おまえさんのパートナーはなんていうんや?」
ユキは、このおっさん、話が長くなりそうだな、と今日の昼ごはんは何食べようかしら、と考えていたので、ハッ、となったが、すぐに答えた。
「わたしのパートナーは大学生のおねえさんです。ジャスミンさんっていうの」
すると、ネコマタ先輩はちょっとひるんだ顔をした。
「じゃ、ジャスミンやと。異人さんかいな」
「ううん」ユキはふるふると頭を振って否定する。
「日本人よ、茉莉花って書いてジャスミンさんなの」
ユキは地面に名前を書こうとした。でも「ええ、ええ」と止める先輩。「流行りのキラキラネームやろ」と鼻に皺を寄せている。
「素敵なおねえさんですよ」
「せやけど、ぼくはウメコやハナコとかが好きやねん。なーにがジャスミンや、しゃらくさいのぅ」
ぽりぽりと後ろ足で顎の下をかく。ユキは「何、このおっさん」とジト目になりかけたが、ぐっとこらえて笑顔を作った。
「そろそろお昼ご飯食べに戻らないと、ジャスミンさんが待ってるんです。次回またお話聞かせてくださいね!」
ユキは尻尾をぴんとさせ、四本足で走っていく。その姿を見たネコマタ先輩——マタヲは苦笑した。
「まったくネコマタは二足歩行が基本やろ。あの子はまだ経験が足らんな。ぼくがしっかり面倒みたらんとあかんわ」
——というわけで、後日。
「ユキー、おーい、マタオ先輩が来ったでー。顔みせぇや」
ユキが住むアパートを見上げてそう声を張り上げるマタヲ。すると窓が開き、ベランダの手すりの上にユキが姿を見せる。
「あら、先輩。今、ジャスミンさんはお留守なんですけど……」
「ええ、ええ。ちょいと茶でも飲ませてや」
弱り顔のユキを他所に、うんせうんせと跳躍と爪、腕力を駆使してベランダまで這い上がってくるマタヲ。と、ユキのそばまで来たかと思えば、ぎょっとのけ反り、危うくベランダから足を踏み外しかけている。
「うわわ」
「気を付けて。下はコンクリートだから落ちたら猫でも大変です」
「猫やない、ネコマタや」
「ネコマタでも危険です」
「わかっとるわ。けどな、お前さん、その首。何をつけとんねん!」
ズビシと丸っこい前足を突き付けてくるマタヲに、ユキはきょとんとする。
「首?」
「首や、首。そのくーびー」
「首、あっ。このチョーカーですか?」
ユキは首元に触れる。そこにはピンクのリボンにレースの縁どりをしたチョーカーが巻いてあった。
「首輪なんてつけなやっ。お前さんにネコマタの誇りはないんかいっ」
「え、え?」
突然、激怒し始めた先輩ネコマタに、戸惑うユキ。
「ちがいます、これは首輪じゃなくて」
「どーぉ見ても首輪やろーがっ。ええか、ネコマタはペットやない、ぼくらに飼い主はおらんのや、人間はパートナーや!!」
「わ、わかってます。だからこれはオシャレで……」
「なーにがおしゃれキャットじゃっ、プライドを持て、我々はネコマタぞ、人間の玩具に成り下がんなやっ!!」
無理やりチョーカーを奪おうとしてくる先輩に、ユキはつい「きゃっ、セクハラっ」と腹を蹴り飛ばしてしまった。
「ぐぅ」
「あっ、ご、ごめんなさい。でもこれは、その」
ユキはチョーカーを大事そうにぎゅっと押さえる。
「ジャスミンさんが手作りしてくれたものなんです。友情の証だって。彼女も同じデザインのブレスレットを持ってるんですよ。あと、ほら」
ユキは押さえていた手をのけ、首元をよく見せる。
「わたしの名前も丁寧に刺繍してくれたんです。だから宝物です。先輩でも悪く言うのは許しません」
「なんや、なんやねんな」
ぶつけた尻をさすりながら起き上がるマタヲ。ネコマタのプライドが、首輪なんて、とブツブツいうが、それでもにらみを利かせているユキに「すまんかったの」とぺこりと頭を下げた。
「勘違いしたわ。首輪やなくて、あくせさりぃいうやつやな?」
「そうです、宝物でジャスミンさんとおそろいのアクセサリーです」
ふんっと胸を張るユキ。
そんな彼女に、マタヲは「若い子の考えることはわからん」と嘆くのだったが……。
「なあなあ、トモキくん。ちょっとええ?」
「よくない」
学習机に向かい宿題をしているトモキの背後。うろうろと目障りに歩き回るマタヲにトモキはうんざりしていた。
「なあなあトモキくん、ちょい手をとめてぇな。話あんねん」
「ぼくはお前と話すことはない」
「べんきょーばっかしてても立派な大人にはなれんのやで」
「うるさい、黙れ猫」
「猫やない、ネコマタやーん」
と、マタヲは跳躍して机に乗り、解いていた算数のプリントの上に座る。トモキはどけようと手で押すが、マタヲは「なーなー、ぼくのここ、さみしない?」と首を前足で示し、顔を突き出してくる。
「なーなー、見て。何かさみしない?」
「ハゲたのか。ノミがいるんだろ、やめろ、あっちいけ」
「ちゃうわっ」
ぼくは毎日風呂入ってるからノミなんておらんわっ、と騒ぐと、マタヲはトモキにすり寄ろうとする。
「なーなー。トモキくん、チョーカーって知っとる?」
「知らん」
「せやったらバンダナでもええわ。スカーフでもええ。何かここに巻いたらシャレとる思わん?」
「思わん」
「思えやっ、友だちがいのないやっちゃな」
なーなーなー、トモキくーん、と騒ぐ。トモキは「何なんだよ」と舌打ちすると席を立ち、一階へと降りて行ってしまった。
「あっ、待ってぇえや、トモキくーん」
トテトテ二足歩行で追いかけるマタヲ。探すとトモキは和室にあるタンスから何かを引っ張り出していた。
「おい、お前にこれやるよ」
「わっ、ええやん、ありがとー」
——そして。
「トモキくん、見て。なんか違う思うわ」
「ちが、ぷっ、違わないって、それが正解」
つけてやる、とトモキがいうので大人しく装着するにまかせていたマタヲ。そして「できた」というので鏡台まで行って確認してみれば、そこに映ったのはハチワレ猫が唐草模様の風呂敷をほっかぶりしている姿だった。
「ドロボウやないか、誰が鼻の下で結べいうてん、ドロボウやないか」
「似合ってるぞ」
「ちゃうやんっ。ぼくはおしゃれキャットになりたかってん、だれが泥棒猫やねんっ」
【完】
ぼくのペットはネコマタのマタヲです。 竹神チエ @chokorabonbon
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