最終話 ぼくたちには見える
月曜日。
通学路を行くぼくのランドセルを、誰かがぐいっと引いた。
「よっ、おはよう、トモキ」
カズヤだ。
「おはようさん、カズ坊」
「おー、マタヲくん。モフッても」
「いかん。いかんで、カズ坊。それ以上ちかづいたら、トモキくんとも縁を切ってもらう。いいか、トモキくん。もうこの子と仲良くしちゃあかんよ。とっても乱暴やさかいな」
「そ、そそ、そんな。ごめんよ、マタヲくん」
「わかったらえーねん。お、むこうから、リンちゃんが来るやん。おーい、ここやー、リンちゃん、今日もべっぴんさんやねー」
「あれ、マタヲも学校行くの?」
前田がぼくの顔を見る。ぼくは「さあ」と肩をすくめた。
「行くで。大丈夫や、静かにしとるから。二時間目まで見守って、それからヤッちゃんとこ行くんや。で、給食の時間までには戻るさかい、チキンライスをぼくに」
「チキンライス?」
ぼくが顔をしかめると、マタヲは、
「なんや、小学生やのに、給食チェックしとらんのかい。今日はチキンライスにトマトサラダや。デザートにバナナ。楽しみやなあ。なあ、誰かトマト嫌いなやつ、おる? ぼく食べたげる。リコピンは美肌にエエんやで」
「ぼくのあげるよ、マタヲくん」
「ほうか。よし、カズ坊。五秒モフることを許可する」
「ありがとうございます!」
カズヤに抱きしめられて「グエ」と言っているマタヲを横目に、前田がささやく。
「大丈夫かな、みんなの視線」
じろじろとこちらを見て来る人たち。小学生だけじゃなく、通学中の中学生や高校生もいる。大人たちもカズヤのひとり芝居を笑いながら見ていた。
「もういいよ、どうでも」
ぼくはあきれて肩をすくめた。
「そう、なんでしょうね」
前田も苦笑している。
「それで、弥平さんの息子は大丈夫だったの?」
「ああ、薬の効果があったらしいよ。お見舞い行く?」
「うん、行く。今日は急すぎるかな」
「いいんじゃない。そうだ、キュウリ持って行こう」
マタヲの治療薬は本当に優れているらしく、弥平さん息子、弥吉はだいぶ回復したようで、昨日の夜、弥平さんがお礼にと黒い粒状のものが入った袋を持ってきた。
「なに、これ」
お世辞にもうれしくない怪しい物体に、つい声も元気がなくなる。
「それは泳ぎが上手くなるアメです。効果は一時間ほどですけど、よかったら。へんな副作用はありません。ちょっとカッパの力を得るだけです。ま、泳いだあとはドッと疲れるので、一日一粒、三日は間を開けてですね」
「なんやー、最高やん。トモキくん、カナヅチやもんねー」
「はい、そうマタヲ殿からうかがいまして、しばらくこのアメは作ってなかったんですが、これはぜひトモキ殿にと」
「マタヲ。いつ、ぼくがカナヅチだって」
「え、ちがうん? あ、秘密やったか! あらー、なんやお父さんとお母さんが、話してるのを聞いたことがあってね。『トモキは運動は得意なのに、泳ぎだけはどうしたんだろう』って。え、なんや、怒ってんの。ちょッ、待て待て。こんなことでダッちゃんを人質にとるなんて、きみは心が狭いで。いやっ、悪かった。あやまる! せやけど、カッパ印のアメちゃんがあるやんか。これできみもカッパになれる! 心配せんでええで」
「そうですよ、トモキ殿。平泳ぎ限定ですが、それはそれは素晴らしい……」
ぼくは昨夜を思い出してブルっと震えた。前田が「?」と首をかしげている。
「おーし、じゃあ、クラスに突撃だ」
カズヤが大声をあげる。
「おれたちの話を信じて、どれだけのやつがマタヲくんを見れるか、たしかめよーぜ」
「え、なんや、それ。おもろそうやな。題して『きみはマタちゃんが見えるかなクーイズ!!』」
「嘘つきはすぐバレるからな」
「誰も信じないと思うけど」
「わかんねーぞ、トモキ。だって、おれは信じただろ?」
ドンとランドセルをどつくと、カズヤは見えて来た校門に向かってダッシュする。
「待て待てー。競争ならぼくも負けへんでえ」
マタヲが四本足であとを追いかける。二又の尻尾がピンと伸び、猛ダッシュ。
それが校門の所でピタと止まる。
「トモキくん、早く来てーな」
そして、くるっと校庭のほうを向くと、ゆらゆらと二又にわかれた尻尾をゆらしながら、楽しげに歩いて行った。
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