第三十三話 マタヲはぼくの……

 それから、だいたいの事情がようやくぼくにもわかった。

 マタヲはぼくに出てけと言われたあと、やっぱり想像したように、彼女(と、マタヲが嘘をついた、ただのともだちの)ノゾミさんを頼ってここに来たらしい。

 マタヲから話を聞いたノゾミさんは、ある提案をしたそうだ。

「ノゾミンは言うたんや。ぼくとトモキくんの友情をためしたらどうや、って」

 カズヤのひざの上にいるマタヲはげんなりした顔でそう言った。

 カズヤはまだまだモフりたりないらしく、マタヲの抱きしめなで回している。

「ぼくがいなくなったらトモキくん、さみしなって探すんとちがうかって。ぼくはそんなかわいそうなことと思ったんやけど、ここは心を鬼にすべきときなんや思うてな。黙って出ていって悪かったわ。せやけど、きみに出てけ言われたんは本当やし、ぼくがおらんでさみしがったらええんやわ、懲らしめたろ、思うたん」

「べつに、ぜんぜんさみしくなかったけど」

「ええねん、わかってる。トモキくんの気持ち、ぼくにちゃんと届いたから……、おい、カズ坊っ。すりすりすりすり、お前、いつまでしてんねんっ。トモキくんのともだちや思うて、コラえとったけどな、いいかげんにやめんかいっ」

 ガブッとマタヲはカズヤの手を噛んだ。カズヤは「いたっ」と顔をしかめたが、すぐに「あ、歯形だああ♡」と喜んでいる。ぼくは何も見なかったことにした。

 カズヤから脱出したマタヲはぼくのほうへトコトコと歩いてきた。

「トモキくん。ぼく、きみがここへ来てくれてうれしい」

「今井くんは、マタヲがさらわれた、誘拐だって。すごくあせってたわ」

 前田が横から、へんなことを言い始めた。

「ちがう。そうじゃなくて」

「ちがわねーよ。マタヲを助けるために、命かけたんだ、おれたち。明日はない思いできたんだぜ。ここにいるのは変質者で、誘拐犯で、解剖野郎の妖怪売買業者だって」

 カズヤまでバカなことを言う。

「なんや、どういうことやねん。詳しく」

「ちがう。弥平さんのためだって。薬が必要だったから、探してたんだ。他にお前にようはない」

 ぼくは立ち上がり、スニーカーをはくために、駐輪スペースを見回した。ぼくのスニーカーは片方はすぐ近くに転がっていたけど、もうひとつは自転車と自転車のあいだのとりにくい場所に落ちていた。

「もう」

 ぼくは文句を言いながら、身を屈めてスニーカーに手を伸ばした。と、背中にしょっていたリュックがサドルにあたってカツンと音を立てる。

「あ、やばっ」

 ぼくは慌てて体を起こして、リュックの中を確認した。

「なんや、どないしてん」

 マタヲが和室からこっちを見ている。

 ビンはひびもなく、無事だった。それを見て安心したぼくは、にやっと笑って『だちだちの花』の入ったビンをリュックから抜き出した。

「おい、聞いたぞ。こいつが枯れたらお前も死ぬらしいな」

「なっ、どないして、それをここに」

「死にかけていたらこれを見ればわかると聞いてさ。お前の状況をすぐに確かめられるようにと思って持ってきたんだけど」

「トモキくん、落ちつけ。よし、まずはダッちゃんをぼくに渡そうか。そこは自転車ばかりで危ない。さ、こっちにおいで」

「そうだな。これは大切なものだから、っと、うわっと」

 つまずくぼくに、マタヲがそのたびに「ひっ」「にゃっ」と絶叫する。

「悪い子ね、トモキくんは」

 ノゾミさんが首を振る。

「いいわ。マタちゃんはわたしと暮らす。ね、そうしましょう。そのビンも渡してちょうだい」

 手を伸ばすノゾミさんに、ぼくはビンを渡しかけた。

 でも。

「いいです、ぼくが持ってます」

「そうやってマタちゃんをいじめるのが楽しいから?」

「そう、です」

「うわっ、トモキ。おれはそんな親友を持った覚えはない。そうだ、マタヲくん、ぼくといっしょに住まない? ぼくはあんな風にきみを脅したりしないよ」

「だったら、わたしでもいいんじゃない? うちは広いし、おばあちゃんと二人だから、家族ともめたりもしないわ。おばあちゃん、きっとわたしの話を信じてくれるから、マタヲのことも見えるようになるだろうし」

「なんや、なんや。ぼく、超モテとるやん。せやけどなー、ぼくは」

「マタヲはぼくのうちに住むんです。だって」

「せや。悪いけど、みんな。ぼくはトモキくんのパートナーやから、ずっといっ――」

「マタヲはぼくのペットなので」

「――しょに暮らして……、ペットいうたか! ペットて!!」

「そうだろ。お前はぼくのペットだ。帰るぞ、マタヲ」

 ぼくは『だちだちの花』をリュックにしまうと、大股で外に出た。

「なんや、なんや。ペットはないんちがうかなー。そりゃあ、ペットの身分も上がったのはわかってんねん。でもなー、ぼくらはそういうのとはちがういうかー」

 ドスドスドス

 マタヲがついて来る足音がする。

 ぼくは、きゅっと目を閉じて、はっ、と息を吐いた。

 今度おこづかいがたまったら、ベッドを飼おう。猫用のやつ。

 そろそろ段ボールもいたんできたし、ぼくの布団に入って来るのは嫌だから。

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