洞窟

 グレイが案内したのは、山をそれなりに下った中腹にある洞窟だった。生い茂る蔦が垂れ下がり上手く隠れたような形になっている。

 位置的にはノーラス村に繋がりそうなイメージが湧く処まで下りて来た形になるが、それでも村まではかなりの距離があるように感じた。


「ここだよ。エレノアさん、足を滑らせないように気を付けて」

「この洞窟が村まで繋がっているっていうの? ……何かの拍子にバレないのかしら」

「そうはならないように・・・・・・なっている。これからのお楽しみという事で」


 グレイは勿体ぶった言い方をしつつ、小型の灯明ランプを取り出して、火を起こす準備をしようとしていた。


「待って」


 エレノアはグレイを制すると、右手を広げた。


魔法照明マジックライト


 続けてエレノアが光魔法の詠唱を行うと、手のひらから魔法の明かりが浮かびあがり、ふわふわと宙を漂った。山歩きの時と違い、洞窟用に明度はかなり絞ってある。


「私が光源役を受け持つわ。洞窟で煙は出さない方がいいでしょう。……少しは光術師らしい仕事をしないとね」

「ありがとう、便利そうだね。私も治癒ヒール魔法照明マジックライトだけは覚えたかったって思う事があるよ」

「どちらもレベル1よ。今からでも頑張って覚えたらいいじゃない。……ただ、光魔法って最初の敷居が高いらしいけどね。勉強だけではどうにもならないから」


 エレノアはグレイに対し、少し誇らしげに微笑みかけた。

 魔法六属性と呼ばれる、火・水・風・土・光・闇。この内、光と闇は属性の魔法理論の他に、『祈り』というファクターが必要になる。

 この祈りが大変曲者くせものであり、理論的な構築が進んでいたとしても、祈りの本質が掴めずに何年、あるいは何十年も光魔法を発現できない光術師見習いも数多く存在した。

 抽象的な概念を嫌う術師は光と闇に手を出さず、明確な理論が確立されている火・水・風・土の四属性に傾倒する事が多く、世界的には光の術師は少ない傾向にある。


 祈りの対象の定義はない。ただ、ほとんどの場合において、光術師にしろ闇術師にしろ、著名な神や呪術への信仰を持った者が大多数である。

 エレノアは聖女神エリンと呼ばれる大陸で名の知れ渡る女神への祈りによって、それを達成していた。聖王国では聖女神エリンが国教となっているので、光魔法の土壌としては他の国の追随を許さないレベルにある。多数の優秀な光術師を抱える事によって鉄壁の守りを誇り、長らく他国家からの侵略を受けた事はなかった。

 

「実は光魔法レベル1の理論は修得済みだ。私が引っ掛かっているのは祈りの部分。……剣王国では聖王国と違って聖女神エリンの信仰がそれほど流行っていないからね。本当に光術師が育ち辛い環境だ」

「あら、それは寂しいわね。聖女神エリンの教えを説いてくれる敬虔な聖職者はいないのかしら」

「一応、剣王国にも聖女神エリン信徒の光術師が居る。私の知人でとても優秀な男なのだけど、彼の教えは厳しくてね。……うん、あれでは顔目当ての女性以外は脱落してしまうな」


 グレイが苦笑いを浮かべていた。彼の台詞をまとめてみると、知人の聖職者から光魔法を学んでいたが、鬼門ともいえる祈りの部分で脱落した過去があるようだった。

 厳しすぎると、かえって広まらないというのはままある事である。エレノアは未来の聖女という使命感を持っていたので厳しい教育が功を奏したが、それほど強い気持ちを持たずに臨んでいる者に対し、強く強要してもそれが根付く可能性は低い。


 グレイと光魔法について談義をしながら歩いていると、数分も経たない内に行き止まりにぶつかった。

 村まで続いている巨大な空洞を想像していたエレノアは面食らった形となった。


「……ねえ、グレイ。ここで合っているの?」

「エレノアさん」


 グレイが口元に人差し指を差すと、エレノアは声を止めた。彼は喉を擦り、何やら発声の準備をしているようだった。


『土の賢者ロックよ。貴方の英知を今ここに』


 グレイが呟くと、洞窟の壁が揺れ動き──その先に通路が現れた。

 驚く事に、奥に続く通路は石壁で出来ている。


(これは……?)


 目の前の挙動にエレノアが驚いていると、グレイが楽しげに微笑んだ。


「驚いたかな」

「それはもう。……一体この仕掛けは」

「今のが隠し扉を開く合言葉だ。エレノアさん、万が一の時の為に覚えておいて」


 合言葉によって開く隠し扉。つまりは魔法仕掛け、しかも高度な魔法技術によって構築されている。並大抵の事では、そんなものを用意出来るはずがない。

 そして石壁の通路に入ってから、しばらくすると、入り口の扉が自動的に閉まった。どうやら一定時間を置くと勝手に閉じるシステムになっているようだった。


「ねえ、グレイ。……これを村の者が作り上げたというの? 考えられないわね」

「村の者が築き上げたで一応正しいよ。……土の賢者ロック。つい三〇年前まで実在した土術師で、ノーラスに移り住んだ彼がこの仕組みを作った。ノーラスの外壁も監視塔も全て土魔法で築き上げられたものだ」


 エレノアはあの城塞の様子が腑に落ちると共に、四大属性の一つである、土魔法の偉大さを再確認した。エレノアは土魔法の体系に明るくないが、ここまでの仕組みを作れる土術師はそう多くいないはずである。ロックと呼ばれる賢者はレベル6土魔法認定の実力に到達していたのかもしれない。


「なるほど。納得したわ。……あの立派な外壁は、全てロックって土術師のお陰って訳ね」

「その通り。彼は近隣三国が干渉できない中立地帯の村と知り、自分の土魔法のアピールの場として移住した結果、世にも珍しい城郭村が誕生したわけだ。彼はノーラス村でスローライフを送り、生涯を終えたと聞いているよ」


 土魔法というのは地味なイメージがあったが、上級者となれば応用力はとてつもない事がよくわかる話である。極意にさえ達すれば、もっとも重宝されるかもしれない。


「さて、この石の通路だけど、土の賢者ロック亡き後はメンテナンスが出来なくなったらしくてね。……途中、地下水脈と繋がってしまっている。正直、非常事態以外は使いたくないっていうのが本音だ」

「何か怪物が出るかもって事?」

「なかったら運が良かったと聖女神エリンに感謝しよう」

「そう。いざという時は私も手伝わないとね。……以前はどんな怪物が出たのかしら」


 エレノアは何気なく質問したが、その質問はしない方がおそらく良かった。

 自然界の怪物は強さを超える尋常じゃない存在がいくつもある。それはエレノアにとってその内の一つであり、致命的クリティカルなものだった。


「私が以前見かけたのは、大蛞蝓オオナメクジだったかな。全長三メートルくらいの」

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