聖女と偽聖女

「……リチャード王子、一体、今まで何処に居たのです!? ……そ、それより、大変な事態になりましたぞ!」


 エリン大聖堂の長であり、聖女継承の儀の責任者であるチャールズ司教が、おぼつかない足取りで、中央に敷かれた赤絨毯を歩くリチャードに詰め寄っていた。


「ふふっ、申し訳無い。……おやおや、これはどうした事かな」


 余裕綽々で現れたリチャードの様子を見て、エレノアは訝しんだ。

 彼は病に伏せ、政務に関わる事の出来ない聖王アレクシス代わり、聖女継承の儀を見守らなくてはいけない立場にある。

 それをどういうわけか、理由なく聖女継承の儀を欠席していたが、何故このタイミングになって姿を現したのだろうか。


「……どうやら継承が上手くいってないようだね。だが心配は無用だ。これから、極光の書の契約は果たされるだろう。……本物の聖女・・・・・によってね」

「……は? リ……リチャード王子、一体なにを」

「チャールズ司教、少し黙ってくれ!」


 リチャードはチャールズを一喝してあしらうと、後ろに手を翳した。

 大聖堂の入り口から現れたのは、上質な白い外套マントを纏った小柄な女性。

 リチャードに促され、女性がフードを下ろすと、ふんわりとしたストロベリーブロンドの美少女が姿を現した。


「あれは……カレン様!」

「おお……何と、神々こうごうしい」

「……まさか……カレン様が、本物の聖女と?」

「いや、彼女では、エレノア様の魔力には到底……」

 

 カレン。聖王国の有力貴族の娘であり、その麗しい見目から若い騎士たちにも評判の良い御嬢様で、エレノアにとって、エリングラード魔法院の光魔法科では唯一と言ってもよいライバルだった。

 半年前、魔法院を主席で卒業したエレノアとは大きな差があったが、彼女も次席で卒業した、高い魔力値と光魔法の能力を有する才女である。


「カレン。極光の書の下へ。そして聖女になる為の契約を」


 リチャードに言われるがままに、カレンはやや硬い面持ちで、中央に敷かれる絨毯を踏みしめるように祭壇へと向かっていく。

 そして、エレノアとカレンは壇上で視線を合わせた。


「カレン。貴女、どうしてここに」

「……エレノア、ごめんなさい。これはもう決まった事だから」


 カレンはうつむき加減にエレノアから視線を外すと、祭壇に置かれた極光の書に近づき、手を翳す。

 すると、極光の書はカレンの掲げた手に呼応するように、うっすらと輝き始めた。

  

(……極光の書が、カレンに反応している。まさか)


 神聖なる淡い光を帯び始めたカレンを目の当たりにして、エレノアは全てを悟り、目を閉じて嘆息した。

 最早、自分が聖王国の聖女となる事はなくなったのだ。


(──リチャード王子の仕業か)


 この聖女継承の儀は、仕組まれたものだったのだろう。

 エレノアはゆっくりと振り返ると、薄笑いを浮かべる聖王国第一王子リチャードを一瞥した。


     ◇

 

 かくして聖女継承の儀は、かねてから聖女候補と目されていたエレノアではなく、有力貴族の令嬢であるカレンの聖女継承をもって幕を閉じた。

 聖女カレンの誕生に沸く民衆たち、そして、極光の書に拒絶されたエレノアは無言のまま、エリン大聖堂の脇にある通路から民衆の視線を逃がれるように退場した。

 その際、エレノアに対し罵声を浴びせる者が居た。彼はノートン商会の会長で、悪徳面が様になる初老の男、大商人ノートンである。


「なにが最高魔力スリーナインだ! この偽聖女が!」


 ノートンの口汚い言葉にエレノアは思わず顔を引きつらせたが、ぐっと堪えつつ、うつむいて押し黙った。

 祭壇上では見事なまでに無様を晒していた。ここで怒っても恥の上塗りになるだけである。


(偽聖女ね。わかっているわよ。……今の私には相応しい呼び名だわ)


 聖王都エリングラードで聖女が尊敬を集め、崇められる一番の理由は、極光の書と契約を果たした者のみが行使出来る聖域化サンクチュアリによって、聖王都を混沌の森の怪物から守る事が出来る唯一の人物だからである。

 いくらエレノアが最高魔力を持つ人材だとしても、それそのものを必要とされていたわけではなく、光魔法に秀でている事は民衆にとってそれほどの価値はない。聖女の役目を担う必要がなくなったエレノアの価値は、垂直落下ともいえる大暴落を見せていた。

 類稀なる才能が尊敬や羨望の目で見られることはあった。だが、それは転じれば嫉妬や畏怖となる。平民、しかも聖王国外の出身にも拘わらず、生まれ持っただけ・・・・・・・・の魔力の素養によって、聖王アレクシスの寵愛を受け、将来聖王国で権勢を誇る事や、身分の高い者に対し歯に衣着せぬ物言いをしていたエレノアに対し、反感を持つ者がいたのも事実だったのである。


「カレン様ばんざーい!」

「よかった! これでエリングラードも安泰だ!」

  

 そして、聖女となったカレンを称える声。

 彼女の実力は聖王国では良く知られていた。魔力測定値は470。光魔法の実力は準最高と言えるレベル5認定済。

 歴代最高の聖女と呼ばれ、魔力945を記録した先代聖女アリアや、つい先程まで聖女候補だった・・・・・・・測定不能の魔力999オーバーを記録したエレノアの二人に比べれば、魔力は実に半分にも満たない。

 しかし、魔力測定値100の大台に乗れば術師としては標準レベル、魔力測定値200を超えれば明確に才能ありという扱い。300超えは魔法界ではエリートと呼ばれる存在だった。

 カレンもまた選ばれし存在であり、一介の光術師ならば、将来名を残せるだけの輝かしい才能を備えている。だが、聖王国を支え続ける救国の聖女としては、それでも物足りないと言わざるを得なかった。


「しかし……どうしてエレノア様ではなく、カレン様が継承を……聖王国は大丈夫なのだろうか……」

 

 なぜ最高魔力スリーナインと呼ばれたエレノアではなく、潜在能力の劣るカレンが継承出来たのか。その事に疑問を呈している司祭も中には居た。

 だが、二人が現れた状況からして、聖王国第一王子リチャードの庇護を受けていると思われるカレンを、この場で正面切って咎める事ができる者は誰一人いなかった。


「ああ、カレン様、なんとお美しい。……やはり、彼女こそ聖女に相応しい方だった」

 

 魔力的な問題で、一部には聖女としての資質に疑問を呈されているカレンだったが、エレノアより明確に優れているものがあった。容姿とカリスマである。

 やや小柄で、緩いウェーブのかかったストロベリーブロンドに、お人形のように整った顔。彼女の可愛らしい容貌は幼少の頃から有名だった。

 そして、それに似合わず気が強く、努力家である。人を惹きつける為の才能を持ち合わせているのは間違いなかった。

 エレノアの容姿はカレンとは対照的に、背がやや高く、癖のない長い黒髪である。容姿は、これといって悪しき点はなかったが、女性にしては凛々しい、あえて悪く言えば少しきつい表情をしていた。

 実際きつい、ともすれば冷徹とも取られがちな性格である。淡々とした冷たい口調の上、理屈っぽく、相手の地位や立場に全く忖度しない物言いをするので、尚更それが強調され、割と角がたつ事が多かった。

 

 兎にも角にも聖女継承を、魔法院・光魔術科の同期ライバルの対決とするのであれば、カレンの勝利である。

 エレノアは思わぬ伏兵によって聖女となる道が断たれ、聖王国における身の振り方を考えなくてはいけない立場に追いやられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る