小鬼の王
エレノアとグレイは小一時間ほど、高台の木陰から篭城するノーラス村の様子を見下ろしていたが、一向に事態が好転する様子はなかった。
ただ、悪化する様子もない。状況は完全な膠着状態にあるように見えた。
「膠着しているわね。……
「いわゆる籠城戦だ。攻勢側は堅牢な守りに阻まれ攻め手に欠いている。だが守勢側の村人も、この包囲では外に出られない。セオリー通り、持久戦となりそうだね」
グレイはノーラス村を見下ろしながら淡々と状況を説明した。セオリーという言葉からして集団戦術について知見があるのだろう。
外壁を遠巻きに囲んだ
対して村側も防御態勢を整えている。東西南北に建てられた四つの監視塔には、それぞれ村の者と思われる
さらに村を囲う六メートル近くの高さを持つ城壁と、外側に張られた水堀を強引に超えるのは、
だが、村の住民が村の外に出るのは、さらに困難と断言して良い。援軍要請の為に門を開けば
そして、西側の少し離れた処に
それを含めると優に
「
「侮れないよ。人語を解するケースもある。……エレノアさん。本陣に姿を現した、一際大きな
グレイが指差した方向には、体格が二倍近くある巨大な
「さっきまでは居なかったわね。あれが総大将かしら」
「
「
「可能性はある。だが、指揮官を失った兵が、どういった行動をするか予測が付かない。復讐対象に総攻撃というケースもありえるね」
「……それは笑えないわね」
「指揮官の人望や人数、兵数や兵糧の状況、あるいは地形や天候でも変わってくる。あれを倒して終了とは限らない」
そう呟いたグレイは
戦術を全くかじっていないエレノアには、グレイの台詞にはある程度の説得力が伴っているように感じていた。少なくとも降伏してくれるとは限らないというのは正しい。
彼はおそらく集団戦についての教育を受けている。お互い詮索はしない事で決まったが、見立て通り、グレイは剣王国の騎士と考えて良さそうに思えた。
「……じゃあ、
「強襲暗殺とは勇ましいね。……エレノアさん、冗談ではなく行けそうな感じだったのかな?」
グレイは目をぱちくりさせ、信じられないといったような表情をエレノアに向けた。無理もない事だが、冗談として受け取っているようにも見えた。
「今は余裕がないけど
「基本的にはノーラス村の人に頑張って撃退して貰うしかない。その為の手伝いはしたいと思っているけど」
グレイは淡々と告げた。この状況を劇的に打開する
彼が剣王国の騎士だとしたら、立場上、この中立地帯で大々的に肩入れ出来ないのは理解出来る。旅の剣士を装っているとはいえ物事には限度がある。
「グレイ、貴方はどれくらい戦えるのかしら。剣士と言うからには腕は確かなんでしょうね?」
エレノアの質問に対し、グレイは人差し指を立てて、一の字を作った。
「そうだね。例えば
続けて中指を開き、二を作る。続けて薬指を開き三の数。
「一体二でも。一対三でも。基本的には、個人で対処可能な少数ならば、僕は負けない自信はあるよ」
さらに続けて、
「けど、あれだけの軍隊を個で捌くのは難しい。囲まれて逃げ場のない状態で、外側から矢の雨が降り続けたら、どんな達人でも死ぬ時は、あっさり死ぬだろうね」
「多勢に無勢だと辛いって事ね。……少しずつ、おびき寄せて倒すって方法もあるかも。何にしてもノーラスの人達と連携を組めればいいのだけど。……何とかして村の中に入れないかしら」
エレノアはノーラス村を眺め、いくつかの光魔法を頭に思い浮かべた。中に入り連携を組めれば、やれる事はもっと多い気がした。
「いっそ、
良くない事に、ほとんどの
「エレノアさん。
「一人分くらいの重さなら運べなくはないと思うけど。……貴方を連れていくと的が大きくなるし飛行速度も落ちるわ。私一人でも到達出来るか怪しいのに、自殺行為もいい処」
「それについては良い提案がある。……エレノアさんは、
グレイの台詞は、エレノアを驚かすには十分だった。剣の使い手と思っていた彼から、中級魔法の名前が出てきたからである。
「……それが出来るなら、貴方は純粋な剣士ではないわね。何者なの?」
「エレノアさん、お互い詮索は止そうと言ったよ。……それで、僕がそれを使えるとしたらどうだろう」
「そうだったわね。……使えるとしたら私も行けると思うけど。本当に出来るの?」
エレノアは、疑わしそうにじっとグレイを見たが、彼は目を細めて頷いた。
失敗すれば一番危ないのは自らの命であり、少なくとも嘘は言っていないはずである。
「グレイの提案に乗るわ。……少し気が進まないけど仕方ないわね」
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