舞台裏・前半<グレイ視点>
作戦開始前夜、グレイの頭を支配していたのはエレノアの事だった。
出会って一日しか経っていない、ミステリアスな黒髪の少女の事がどうしても頭から離れない。ともすれば出会いの時、光翼で威嚇された瞬間から心を射貫かれてしまったのかもしれない。
お互い詮索はしない約束だったが、今は彼女について、ある程度の推測が出来上がっている。
(ライナス高位司祭が、聖都エリングラードに
昨日エレノアから作戦を聞いた頃から浮かんでいた一つの憶測。それはエレノアが聖王国の聖女候補ではないかという事。
その確認は出来なかった。お互い詮索をしないという約束事であり、確認する事そのものが怖かったのも間違いない。もし彼女が聖女候補だった場合、エレノアとの約束は果たす事は困難になるだろう。聖王国の聖女候補を連れ去ったとなれば、聖王国と剣王国の同盟に亀裂が入りかねない事態である。
今の聖王国はどうなっているのだろうか。聖王国の守護神である大聖女アリアが体調を崩しがちになり、聖女継承の日はそう遠くないという情報は掴んでいた。
聖王国にとって聖結界は国の存亡を揺るがすシステムであり、もし彼女が聖女候補だとしたら、聖王都エリングラードを離れる事は許されないはずである。
道なき山岳を越えてきた事から推測すると、彼女は聖王国から逃亡した、あるいは聖王国内で何かしらのトラブルに巻き込まれたとしか考えられなかった。
(終わってからエレノアさんに確認してみよう。彼女がもし聖女候補だとしたら……僕も覚悟を決めなくてはいけないな)
◇
翌日。作戦開始後、レナード率いる五〇名の民兵団は、足早に東門に移動を始め、グレイも民兵団に同伴していた。
この移動について
「グレイ。無理はしなくていい」
東門への移動中、エレノアの事で思考を巡らせるグレイに、民兵団の先頭を走るレナードが問いかけた。
「部外者のエレノアさんにだけ働かせて、何もしない訳にはいかない」
「グレイだって部外者だ。エレノアお嬢ちゃんの言う通り、お前は何もしなくても何とかなる。……彼女はそうしようと思っていたんじゃないのか」
レナードが意気込むグレイを諫めた。
この友人からは、グレイの立場を考え、危ういバランスの上で成り立っているノーラスになるべく肩入れさせないようにという配慮が窺えた。
「エレノアさんを剣王国に誘ってしまってね。彼女を連れていくだけの実力を示さなければ、とてもではないが釣り合わないな」
「……まあ、お前の助太刀がありがたいのは事実だ。無理には止めねぇよ」
レナードは半ば呆れつつも、頼りにしているような言葉を吐いた。
だが、グレイにはどうしても参戦したい本当の目的が、もう一つあった。それは今回、旅の剣士を装い剣王国からノーラス村に来訪した理由にも起因している。
「もう一つ……実は
「情報だと。……一体何をする気だ?」
「僕が
エレノアの作戦は力押しになる。
「おい……無理はするなよ。グレイ、万が一お前に死なれたら大ごとになる」
「大ごとにはならないさ。かえって厄介払いが出来たと兄上は喜ぶかもしれない」
「ふざけんな。……お前」
「……言い過ぎたよ。私の行動はノーラス村とは一切無関係。王の首を狙うのは個人的な名誉欲、という事で頼む」
◇
東門の跳ね橋が降り、城門が開放された事によって、戦いの火蓋は切って落とされた。
『
先頭に躍り出たグレイが、風魔法で降り注ぐ矢の雨を排斥すると、脇からレナードと民兵たちがグレイをすり抜けながら突撃した。
待ち構えていた
「強引に押し込め! 光の女神様の御加護だ! 怪我の心配はいらねえぞ!」
「おお、やっちまえ!」
「うおおおおー!」
レナードが怒号を上げ活を入れる。民兵団の攻めに傾倒した突撃は、互いに大きな負傷を齎す捨て身とも呼べるものだった。
だが、それは対等の被害を齎す物ではない。民兵団の負傷だけが降り注ぐ淡い光により瞬く間に治っていく。
やがて、六〇秒の間隔で完全回復する不死身の民兵の理不尽さに気付かされた時、
◇
四〇分が過ぎた頃、民兵団が道中の
逃走兵を見て士気が激減する
さらに指揮官として兵を鼓舞し続け、優れた采配を示すレナードに対し、
だが、これは必ずしも朗報とは言えない。
これはエレノアの作戦が悪いわけではない。慎重な敵将を釣り出すには、あえて押されるといった緩急をつけた高度な戦術が必要となり、それを死傷者なしで成し遂げる事は難しい。
ここからは自警団の指揮から離れた自分の仕事である。本来の目的の為、城壁付近で掃討に当たる自警団を後目にグレイは一人先行を始めた。
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