聖王国第一王子
「リチャード王子」
「エレノア。やはり君は、極光の書に認められなかったな」
リチャードは肩をすくめながら、さらに続ける。
「……だから私は反対したのだ。平民、ましてや、何処の馬の骨かもわからぬ
そう言い終えたリチャードは、鬱陶しそうな前髪をはねあげて薄く笑うと、軽蔑の視線をエレノアに向けた。
聖王国第一王子リチャード。彼は実父である聖王アレクシス譲りの端整な顔立ちをした、線の細い美青年だったが、性格は正反対といって良いくらい違っていた。
謀略家気取りの外道。それで説明がつくかもしれない。
名君と名高いアレクシスと比較して、彼は勇猛ではなく魔法の才も凡庸、政務能力もまだ未知数とされていたが、権謀術数、とりわけ権力闘争には長けていた。
聖王国の王子にはリチャードの他に、第二王子スコット、第三王子マークが居たが、彼らはまだ幼く派閥は小さい。実権のほとんどは嫡男の彼によって掌握されている。
そしてアレクシスは二年ほど前から、
「……リチャード様、彼女に対する侮辱は、聖王アレクシス様に対する侮辱も同然ですぞ!」
「チャールズ司教、奴隷市場で売られていたこの女が、聖王国で好き勝手出来たのは、高い魔力を持つ聖女候補だったからだ。……だが、もう聖女ではないな。極光の書に拒絶された偽聖女だ!」
リチャードが演技がかったような甲高い声で吠えると、チャールズは押し黙ってしまった。彼の言う通り、エレノアが身分を配慮しない、ともすれば無礼ともとれる振る舞いをしていたのは間違いない。
勿論それには理由がある。将来の救国の聖女として、身分の低い出自に卑屈にならず、聖女らしい堂々とした振る舞いをするようにという聖王アレクシスの命令によるもの。
拾われたばかりの幼少の頃こそ、エレノアは周りとの身分差に畏まる大人しい少女だったが、アレクシスはその弱気を咎め、改めさせた。
エレノアは矯正されるように、次第に貴族や聖職者に対しても、聖女候補の立場として、対等、時にはそれ以上の忖度のない物言いをするようになっていた。
そこに傲慢さが全くなかったといえば嘘になる。アレクシスの薫陶を受けたエレノアは権力より能力を重視した。面とは向かって口にはしなかっが、地位に守られ能力に見合わず偉ぶる者に対し、特に冷淡だった。
一方でリチャードは、そのエレノアの偉ぶった態度と、異国の奴隷という出自が気に入らなかったのだろう。特に彼は能力志向のアレクシスと比べ、権力指向、そして聖王国外の人材を冷遇するきらいがあった。
元よりアレクシスとリチャードは親子ながら、性格の不一致により反目する仲だったのである。ここ最近は政策一つを取っても、アレクシスとは反対の方針を、当て付けとばかりに打ち立てて、自分の成果を主張する事に拘っている節があった。
とにかく彼はアレクシスが育て上げたエレノアを敵視していた。国の守護神となる聖女候補という事で、仕方なしに今日まで我慢していたといった処だろう。
「偽聖女……そうですね。貴方のおっしゃる通り。ですが、一つだけ言わせて貰います」
そしてエレノアも、リチャードの性根を見抜いて心の底で軽蔑していた。まだ彼にへりくだれば少しは溜飲が下がったのかもしれないが決してそうしなかった。
息子を特別扱いするなというアレクシスの言いつけもあったが、そもそも、聖王の持つ才能の片鱗を、実子である彼から探し出す事は難しかった。似ているのは容姿端麗な見目だけである。
水と油。この対立は必然だったのかもしれない。そして聖女継承の儀において、リチャードの弄した一つの策略をエレノアは看破していた。
「リチャード王子。私が聖女継承の儀を失敗する事を知っていましたね」
「……うん?」
エレノアは静かな声で呟くと、彼はおどけたような返事をした。
大聖堂の祭壇で感じていた極光の書の違和感。継承の儀が終わる直前で、ようやく気付けた仕掛けがあった。それは
「極光の書の契約。……聖女契約の儀が始まる前に、カレンが継承を終えていたのでしょう?」
エレノアはリチャードに対し、軽蔑するような冷たい視線を向けた。
それが癇に触ったのか、あるいは看破された事に気まずさを感じたのか、リチャードは一瞬身震いした後、大きく目を見開きエレノアを睨んだ。
この過敏な反応からすると、どうやら図星だったのだろう。カレンを連れて大聖堂へ登場したタイミングといい、この一件には間違いなく彼が関わっていると断言できる。
極光の書を前にした時の違和感。思えば簡単な話だった。先代聖女アリアが亡くなり、極光の書の契約者が空位になり、今日まで三日の空白期間があった。
『契約者が存在しない』──判明している極光の書との契約条件の一つ。
つまりは空位となっている間に、カレンが先んじて、極光の書と契約を結んでしまえば、エレノアが後から契約を結ぶことは出来ない。
おそらくは聖女継承の儀の少し前に、秘密裏にカレンへの継承が行われていたのだろう。
『……エレノア、ごめんなさい。これはもう決まった事だから』
エリン大聖堂の壇上でかわした、カレンの台詞と思い詰めたような顔が頭に浮かんだ。それは、既に契約を終えていたからこその表情だったように思えて仕方がない。
もし、カレンが極光の書に認められなかった時は、リチャードは仕方なくエレノアに継承をさせるつもりだったのかもしれない。
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