第七話 全部魔法のせいにしてしまえばいいよ

「やあ、少年」


 目を開くと、佐久間先生が滲んでいた。僕は、頬に伝った涙をぬぐって、目をこする。アイスティーを一口飲んだ佐久間先生は、笑顔を浮かべて、僕と視線を合わせる。


「気分はどうかな?」


 僕は鈍く重い痛みが残っている心臓のあたりを抑えながら、つぶやく。


「悲しい」

「うん」

「それから、苦しい」

「うん」

「息をするだけで辛い」


 佐久間先生は、僕の頭に触れて、髪の間に指先を通す。


「大切な人を失った人は、大抵、そういう気持ちになるものだよ」


 僕は俯いて、唇をかんだ。先生の指先と声色が優しくて、気を抜いたら泣いてしまいそうだった。佐久間先生は、笑いを含んだ声で続ける。


「ちちんぷいぷい、泣きたくなーる」


 僕は思わず視線を上げた。想像よりもずっと優しい顔をした佐久間先生が、僕の視線を受け止めて、笑う。


「涙がこぼれてもしょうがないよ。全部、魔法のせいだから」


 鼻の奥が痛くなって、眉間に力が入って、視界が滲む。ぼろぼろと涙をこぼす僕の前で、先生は、ただ静かに僕の頭を撫でていた。体中の水分がなくなるんじゃないか、と思うくらい泣いて。苦しい、悲しい、辛い、と何度も零して。そうしたら、いつの間にか心臓の痛みが、少しだけましになっていた。泣き止んだ僕にアイスティーを入れてくれた佐久間先生に、問いかける。


「どうして、僕に魔法を使ってくれたんですか?」


 佐久間先生はいたずらっ子のような笑顔を浮かべて、内緒話をするようにそっと、囁いた。


「魔法使いっていうのは、そういうものだよ。泣いている少女にはハンカチをあげるし、泣き方を忘れた少年には涙の魔法をかけるし、面倒なことからはとりあえず逃げる」


「まるで佐久間先生みたいですね」


 佐久間先生は小さく笑った。

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やさしい魔法と君がいない世界 甲池 幸 @k__n_ike

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