Spherules――晶出した美の琳瑯が奏でる束の間と永遠の瓊音

もう退会されてしまったのですが、私が大好きだった短編集……というのでしょうか、否、あれはイメージが言葉で象られた結晶と言うべきなのでしょう、『Spherules』という作品を物される方がいらっしゃいました。

spherule(スフェルール)とは岩石や鉱物が一度融けた後、空中で再冷却されて固化した球状の粒子のことなのだそうですが、御作を拝読しておりますと、このspheruleという言葉が何時も何時も頭を擡げてきます。この上なく強固で濃密な、確乎たる美のイメージが溶融したネクタールのその温もりの中から、美は宛もエーテルのように揮発して、恐るらくは午天の赫奕たる太陽ではなく玲瓏と夜天に耀く太陰を目指して昇り往き、ある瞬間、著者の怜悧な視線に冷やされて言葉として結実し現前します。まさしくspheruleのように……。そして冴え冴えとした麗しきその言の葉達は、雨とも泪とも知れず再度地上に舞い戻るや、今度は「物語」の鍵盤を軽やかに敲いて豊かなる律呂を奏でるのです。

晶出した美の、その束の間(エフェメラ)と永遠(エタルニテ)とが世界に刻印される瞬間を、見遁してはなりません。「泣いた寂しさの綺麗さ」を湛えて、一聞するだに優雅乍らも心悲しい響きを持つ「白百合の病」を巡って複数の語り手が奏でる奏鳴曲、未だ何色にも染まりおらぬ少年少女は固より、今や何色かに色付いた嘗ての少年少女達にこそ響くであろうその瓊音(ぬなと)の共鳴を、聴き遁してはなりません。

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