オフィーリア奏鳴曲

宵澤ひいな

第一奏鳴曲 或る青年の独白

第1主題 白百合の独白

 僕の人生にいて忘れられない、ふたりの少女の話をしようと思う。彼女には一見、共通点が無かった。しかし、僕の中では透明な糸で、つながっていた。


「立てば芍薬しゃくやくすわれば牡丹ぼたん、歩く姿は百合の花」とは、みょうな故事だ。彼女が、その白い髪を揺らせて歩くとき、茎の細い白百合が歩いているかのようで、あまりに芳しい。


 だが、の病状は芳しくなかった。

 彼女は『白百合の病』にむしばまれていた。


 彼女は専門の療養施設に暮らしていた。

『白百合研究室』

 坂道のふもと屹立きつりつする建物は、の名称に相応ふさわしく真っ白で、隣接する総合病院の赤茶色の壁と比べて真新しい。駅から病院を1時間に3往復するバスを降りた人々は、赤茶色の建物に吸い込まれて行く。研究室には、何人なんぴとたりとも不用意に近付けない構造つくりだ。


 僕は毎週月曜日、バスに乗り、総合病院の薬剤窓口の受付嬢に診察券を提示する。それが切符になって、研究室に通じるみちが開かれる。入り口は、すぐさま施錠される。


 僕は、案内係の受付嬢と、の日の天気や社会情勢など、他愛の無い会話を二言三言ふたことみことして、廊下に靴音を響かせた。廊下の果ての扉が開かれると、いつも決まった医師に迎え入れられる。名札には「イワノ」と記されていた。役職を表わす文字の無い簡素な名札だ。新人なのか玄人なのか分からない医師に導かれる僕の後ろで、扉は厳重に施錠された。


 イワノ医師は処置室に向かう途中、廊下を歩きながら、

「お変わりありませんか」

 簡単な触診をしながら、

「変形は見られませんね」

 点滴を繋ぎながら、

「この一週間、困られたことはございませんでしたか」

 と、定形内の質問をする。僕は定形内で返す。

不相変あいかわらずです。 

 特に変わったことは、ありません。

 変形を感じることも、ないのです」


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