第2主題 白百合のカルテ

 氏名 逢坂三吉

 診断 白百合の病

 年齢 50歳

 発病 30歳

 原因 遺伝性の奇病。故に不明。

 症状 全身倦怠感けんたいかん。関節の疼痛とうつう。周期的な熱発。寒冷不耐性。視力障害。貧血。不安感。


 所見 血液スクリーニング検査の抗核抗体こうかくこうたいの高値。C3、C4の低値。白血球数の増多あるいは減少。不整脈。低体温。色素の脱落。


 治療 高濃度ステロイドを静注で用いて炎症を抑制。身体の安静。運動の制限。


 経緯 発病時、交響楽団のピアニストとして海外遠征中、ひじと指の疼痛とうつうと39℃を超える高熱に見舞われる。

 帰国後、精密検査を実施。先祖代々の輪廻病『白百合の病』と判明後、治療に集中。小康状態を保ち、32歳から50歳の現在に至って、某音楽大学院の非常勤講師として勤務。慢性的な経過を辿る。日常生活に問題を及ぼす視力障害をコンタクトレンズで補正。週に一度の静注投薬治療を続行中。


 僕のカルテだ。

 楽団員として希望に充ちて、何不自由なく海外を飛び回っていた僕を、母国に引き戻して閉じ込めた、白百合の病。発病後、20年間、諦念あきらめと共に生きてきた。


 ステロイド治療の後は、気分が不安定になる。静注には慣れたが、副作用には慣れない。攻撃的で破滅的で衝動的な僕の状態を見透かした医師が、安定剤を勧める。服薬後、30分も経つと眠気に差され、処置室の簡素な寝台で眠ってしまう。


 目覚めると決まって夕刻で、白い窓枠が夕陽を切り取って朱く染まっている。それを拳で打ち破りたいと思う。衝動は治まり切らないが、平穏を装う。


「バスの時刻がありますので、失礼します。本日も、ありがとうございました」


 イワノ医師から直接、一週間分の薬をもらい、帰宅のみちに就く。


 乗り合いバスの停留所には誰も居なかった。約20分に1本のバスが出てしまった後らしく、ベンチも閑散としていた。


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