第3主題 こどもに出逢う

 僕は総合病院の中庭を見るともなく見ている。


 5歳ぐらいの、男の子か女の子か分からないこどもが、蓮華草れんげそう絨毯じゅうたんの中にすわり、菓子を食べていた。


 懐かしい。ベビー・カステラだ。


 幼き日に食べた菓子の味を思い出して凝視する。視線に気付いたこどもが、ふわふわとしたカステラを片手に、僕に歩み寄る。


「おにいさん、おなか空いているの? あげる」


 透明なセロファンに包装されたベビー・カステラを差し出すこどもの、なんと愛らしいことか。そうだ。僕は、こどもが好きで、自分の血を引くこどもが欲しいと思っていたんだ。呪われし輪廻の病さえ無ければ、僕も父親に成りたかった。


 何故って? 強く成りたいのかもしれない。守る存在ができれば、人は強く成れるとうから。僕は自分の弱さを持て余していた。ひとりきり手に負えない荷物を抱えた人生の限られた余白を、どう扱えば良いのか分からない。


「遠慮しなくていいよ、おにいさん」


 おにいさん。そう呼ばれるのは、今回に限ったことではない。奇病によって30歳より向こうに外見年齢を刻まない僕は、50歳にして、おにいさんと呼ばれる。


 病院と駅を往復するバスが到着した。

 見知らぬこどもに手渡された菓子を鞄に仕舞う。


「ありがとう。お家で、ゆっくり頂くとしよう」


 思わずでたこどもの髪はすべすべで、内部のキューティクルが断絶していないつやだ。羨ましい。

 僕は白百合の病を発病後、またたく間に総白髪になり、自宅でヘアカラーをしている。30歳の顔に総白髪。その不調和アンバランスを、イワノ医師は「美しい」と言ったが、街中で職場で、不自然に目立って仕方がない。


 此処ここは銀髪の麗人が闊歩する異世界ではないのだ。


 カラーを繰り返した髪に指を通す。内部を充たす潤いは失われ、枯葉の如くパサパサとしていた。艶やかな黒髪のこどもが、停留所から手を振っている。僕も、バイバイと手を振り返す。お互いの姿が見えなくなるまで。


 バスの坐席ざせきに埋もれて、ペットボトルの紅茶を飲む。他に乗客が居ないのをいいことに、こどもにもらったベビー・カステラを食べる。幼き日と同じ風味だが、斬新なハート型だった。

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