第4主題 僕の日常

 大学院生たちはこぞって、間然かんぜんするところがないピアノを弾き、関節の疼痛とうつうで思うようにピアノを弾けなくなった僕の心を逆撫でした。


 もとピアニスト。肩書きが重くみじめだ。ささくれ立つ心をかくしてう。

「ほぼ完璧だ。でも最後、極端にデクレシェンドしてほしい。もっと小さく、もっとはかなく、の世から消えるように」

 未来のピアニストを夢む若者は、僕の指示を踏襲した音色を響かせる。


「……結構だったよ」

「ありがとうございました。逢坂おおさか先生」

 素直な生徒に当たり散らすわけにはいかない。


「結構な演奏を聴かせてもらったよ。ありがとう」


 その言葉の裏に、

 本当は僕だって、の指さえ壊れなければ、きみより上手く弾いただろうね。

 そんな思いを伏せて、表面を繕う。


 僕は平穏な心で、色んなものをあきらめて、現状を生きなければ、ならないんだ。


 非常勤の仕事は、火曜日から金曜日の午后ごご1時より5時。実働4時間だ。そんな働き方でも年々、身体にこたえるのは、内面の老化なのか、病状の悪化なのか。


 分からぬまま土曜日は、ぐったりと自宅に引き籠もって過ごす。


 日曜日、少し体力が回復するので、生活に必要最低限の食料と日用品の買い出しに行く。視力障害のせいで車には乗れない。地味に歩く。重いものが持てない身体になったので、暗色のショッピング・カートを引っ張る。昼間は目立って、いけない。宵闇よいやみに紛れて、ひっそりと買い物に行く。近隣住民に出会でくわさないルートをわざわざ選ぶ。カートを引っ張る姿など、誰にも見られたくない。


 月曜日が来る。同じ時間のバスに乗り、白百合研究室に治療に行く。僕の日常。きっと生命、果てるまで変わらない僕の日常だ。


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