第6話 僕はこの道を選んだ
病気を宣告されてから1週間後、僕は再び大学病院の診察室へと足を運んでいた。
「さて、病状はどうですか? 私の姿はどのように見えますか?」
投げかけられるその問いかけに、僕は1つ息を吸い込むと、ハッキリと答えた。
「――目に入れても痛くない、そんな激かわロリっ娘に見えています……!」
「ふむ……」
ロリ先生はカルテへと目を落とし、ボールペンのペン尻で下唇を突いて何かを考える様な仕草をすると(とっても可愛い)、それから再び僕を振り返って言った。
「恋坂さん、あなた――お薬を飲んでいませんね?」
「……はい」
「どうして飲まなかったんです? 飲まなければ治らないと、そう言ったはずですが」
あどけない疑問の目が向けられて、僕は申し訳なさに顔を俯かせる。
でも、僕は『この道』を選ぶと決めたのだ。堂々としなくては真剣に向き合ってくれているロリ先生に対して、それこそ申し訳が立たない。
僕は顔を上げて、まっすぐにロリ先生を見る。
「聞いてください、ロリ先生」
「私は渡辺です」
「聞いてください、渡辺先生。僕は今、幸せなんです」
ロリ先生はカルテを閉じて、机に向けていた身体を僕の方へと向け直す。
「続けて」
「はい。この病気になるまで、僕はこの世界が全然楽しくなかったんです。会社は体力的にも精神的にも辛かったし、それ以外は美少女ゲームに時間を費やす毎日でした。でも、この病気になってその全てが変わりました。毎日会社に行くのが楽しみになったし、日々出会うのは美少女ばかりでゲームよりよっぽど楽しい。だからずっとこんな日常が続いて欲しいと、そう願っているんです」
「……たとえそれが本来ならば治すべき病気のせいだとしても、ですか? 完治しない限り、あなたはずっと精神疾患の患者として扱われますよ?」
向けられるロリ先生からの真剣な眼差しに、僕は深く頷いた。
「覚悟の上です。それでも僕はこの病気を手放しはしません。僕はこの病気とともに幸せになる道を歩みたい、そう思っています」
「渡辺先生、どうぞ」
「あぁ、原口さん。ありがとう」
机にコーヒーカップを置いてくれたその看護師に礼を言う。
立ち去るかと思いきや、しかし原口さんはその場に留まった。
「よかったんですか? あのままお帰しして」
「……あぁ、恋坂さんのことか」
頷いた看護師に、僕はコーヒーを1口
「医者はね、病気やケガを治すための提案はできる。しかし患者の人生を決める権利はない。だから、僕に恋坂さんの決断を否定することはできないな」
「……ですが精神疾患ですよ? 恋坂さん自身に責任能力があるかどうか……」
「そうだね。まだ色々と明らかになっていない病気だから、もしかすると本人の性格や嗜好までをも変えてしまう病なのかもしれない。だとしたら彼に責任能力はないだろう」
「だったら……」
「病気を治してしまった方が良いと? その症状を2度と再現できなくなっても?」
原口さんがハッとなる。
「先生は、彼の今の幸せを奪わないために……?」
「……医者としては、失格かもしれないがね。治さなくてもよい病もあるんじゃないか。僕は時折そんな風に思うのだよ」
僕はコーヒーをもう1口啜った。温かさがじんわりと頭を巡る。
「ガンだろうと精神疾患だろうと、本人が1番幸せな道を歩めることが最善なんだ。僕たち医者は治療することを目的とし過ぎている気がするよ。大切なのは患者さんが幸せになるためにはどうしたらいいのか、それを一緒に考えていくことじゃないかな」
コーヒーを飲み干すと、原口さんがカップを下げてくれる。
「ありがとう。それじゃあ、診察を再開しようか」
僕は今日もそうやって彼らに向き合うのだ。
恋坂さんの笑顔を思い返し、僕は少し晴れやかな気分で次の患者のカルテをめくった――。
了
目が覚めたらすべての人間が美少女に見える病気になっていた件 浅見朝志 @super-yasai-jin
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