第2話 窓口にいたのはおさげ眼鏡な美少女だった

 ――ある朝突然、世界が美少女で埋め尽くされていたのだ。


 今年で社会人2年目の僕――恋坂進次郎の目に映った光景は、道々を行き交う全ての人々が美少女になっているという何ともありえないものだった。

 ハーレムな世界に転生する妄想が現実になったのかと思い、実家の母親に電話したら精神科への受診を勧められた(母親も美少女化しているらしく、妹系の甘ったるい声だった。泣きたい)。 

 勧められた通りに精神科を受診すると、やはり受付の女性はおろか実際に診察してくれるお医者さんも美少女。

 そんな美少女精神科医にさじを投げられて、信頼できる大学病院の先生宛(これがロリ先生だ)への紹介状を持たされ――今に至る。

 

「恋坂さーん! 恋坂、進次郎さーん!」


 窓口の天然系おさげ眼鏡っ娘(もちろん美少女)が僕の名前を呼んだので「はーい!」と答える。

 向かった先で処方箋の説明を受けるかたわら、僕の視線は美少女に釘付けだ。

 おさげ眼鏡、ということは多分この子は委員長タイプだろうなぁ……。

 シミュレーション系美少女ゲームだと一番好感度を上げやすいタイプだ。

 基本的にその女の子が喜びそうなことをしてあげるだけでよい。ミステリアスな女の子のルートにある『どれを選んでも好感度下がりそうだけど!?』というような奇天烈な選択肢はまず存在しない。

 ルート上の最後の選択肢だって、素直に『好きです』という自分の気持ちに沿ったものを選べば攻略可能なのだ。


「――あの、恋坂さん!? ちゃんと説明聞いてますか!?」

「は、はい! 好きです好きです……!」


 上の空だった僕へと苛立ったような声がかけられて、僕はとっさに返事をした。

 するとなぜかおさげ眼鏡っ娘が驚いたような反応をして、口元を押さえる。

 いったいどうしたんだろう? ん? あれ?

 ――今、僕、なんて言った……?


「い、今……私のこと、好きって……!?」


 好き!? もしかして僕、返事の代わりに告白しちゃった!?

 直前で美少女ゲームの委員長の攻略方法に思いを馳せていて、それが現実とごっちゃになってしまったのか!?

 マズい。

 このおさげ眼鏡っ娘が可愛いのは確かだったが、しかしそれは病気によって僕だけに見えている認識上の話。中身はオッサンかオバサンかもしれないのだ。

 実際の性別も歳もわからない美少女(仮)に告白するのはリスクが高すぎる!

 とにかく早く誤解を解かなくては!!

 

「す、すみません、突然変なことを口走っちゃって……!!」

「い、いいのよ……ちょっと、驚いただけだから……」

「いろいろとシミュレーション的なことを想像していて、それが思い余って口から飛び出してしまったというかなんというか……」

「そ、そうなの……」


 納得気に頷いたおさげ眼鏡っ娘を見て、ホッと一息吐く。

 が、しかし。


「あなたの本気、確かに伝わったわ……」

「へ?」


 おさげ眼鏡っ娘はなんだか『いい女』風に髪をかき上げて、僕の顔をうっとりとした乙女の表情で見上げた。


「私への告白のシミュレーションを重ねに重ねて、そうして今日ここに来たのね……。でもこの場に来た途端に緊張がピークに達して頭が真っ白になってしまって、1番伝えたい言葉だけが口を突いて出たと、そういうことでしょ? どおりで私が処方箋の説明をしている最中に上の空だったはずよ……」

「えぇっ!? い、いやいやいや……!!」


 失敗した。全く自分の思い描いた通りに伝わってはいなかった。

 おさげ眼鏡っ娘は「うふんっ」と身体をくねらせるように立ち上がると薬の入ったビニール袋を僕に手渡した。

 その際に、おさげ眼鏡っ娘はその両の手のひらで僕の手を包み込み、そして僕の耳元、吐息の当たる距離で|囁《ささや》いた。


「ありがとう、今はそれだけ言わせてもらうわ。長年『おつぼね』と呼ばれていた私にもとうとう春が来たということかしら。返事はまた今度……ね?」

「ハァハァ……はい……っ!」


 僕は虚ろな笑みで、息も荒く頷いた。

 言葉の中に『お局』という聞き捨てならないワードが入っていたかもしれなかったけど、僕の認識上は美少女のおさげ眼鏡っ娘に耳元でヒソヒソと話されている状況なのだ。甘い吐息もトッピングされていて、これを喜ばずしてどうする。

 周囲の人々が蒼褪めてこちらを凝視していたが、僕はそんなことも気にならないほど有頂天だった。そのまま病院を後にする。

 ――あ、そういえば誤解を解かないとマズいんだっけ……?

 まあ、いいや。きっとなんとかなるさ。

 気分よく鼻歌混じりに歩きながら、美少女との触れ合いによって生まれた久方ぶりの幸福感に心を満たすのだった。

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