第5話 パワハラ上司が金髪ツインテ美少女になっていた

「あぁ……ダルいなぁ……」


 精神的な病のせいとはいえ、突然2日も休んでしまった会社へと、僕は重たい身体を引きずるように出勤していた。


「おう、このクソボケサボり野郎。何しに来やがった」


 オフィスに入るなり女の子特有の高い声が、ギリギリまで低く絞られたような声が掛けられる。僕の知らない声ではあったが、しかしその口調には聞き覚えがあった。


「も、もしかして――雑魚村ざこむらさん……ですか……?」


 振り返った先に居たのは長い金髪をツインテールにした美少女だ。スーツをダルっと崩して着ており、緩めたネクタイの先に谷間の無い胸が覗いている。


「あぁ? 2日も有給取ったらテメーは上司の名前も忘れちまうんですかー? 恋坂くんの頭は空っぽなんですかー?」


 金髪ツインテ美少女が僕の頭をその小さな拳でコンコンと小突く。


「オラ、とっとと仕事開始しろ。茶を持ってこい。あと肩を揉め」

「は、はいっ!」


 この口が悪くて皮肉っぽくて横暴な人間はこの社内に1人しかいない。間違いなく僕の上司の雑魚村さんだった。陰険そうな顔をした30代後半のオッサンがこうも変貌してしまうとは、改めて僕は自分の病気に驚きを隠せない。


「あ、あと休んだお前のためにいっぱい仕事残しておいてやったから、今日からお前徹夜確定な」


 僕は雑魚村さんの言葉を背中に聞きながら、急いでお茶の用意をする。

 それから雑魚村さんの後ろに回ってその華奢な肩に手を載せると、力加減を調整しながらゆっくりと揉み始めた。


「おっ……っく……! き、効くねぇ……っ!」


 嬌声を堪えるように背を弓なりにする雑魚村さんの姿に、僕は心拍数を高めながら、次第に肩を揉みしだくピッチを速めていく。


「んっ! はぁっはぁっはぁっ……! き、今日はヤケに素直に従うじゃねぇか、恋坂ぁ……んっ! お、お前もようやく俺のすばらしさに気づいたかぁ……!」

「ハァハァ……はいっ! 感度、いいんすね……雑魚村さん……!」


 金髪ツインテのその上司はとても気持ちよさそうにあえぐ。

 なんていやらしい反応をするんだろう。

 もはやこんな雑用は苦にもならない。むしろご褒美だ。


「オイ、次は足の裏のツボを押してくれよ」


 雑魚村さんが靴下を脱いで、その白くあでやかな足が露わとなる。

 僕はその足を自身の膝へと載せて揉み始める。


「ぅん……っ! 上手いじゃねーか、恋坂ぁ……っ!」

「あ、ありがとうございます……ハァハァ……」


 金髪ツインテ美少女の雑魚村さんの足はスベスベで、通勤で蒸れたのか少し濡れている。薔薇のような香りが立ち昇っていた。


「しかし今日は本当に素直だな、っく! そこそこ……っ! 効くぅ……!っ」

「いえいえっ、これくらいっ、毎日ヤらせてくださいよ……ハァハァ……!」

「オイオイ、お前マジで俺に心酔しちゃってんじゃねーの?」

「そうかもしれませんね……ハァハァ……」


 こんなに敏感なのにも関わらず、自らボディタッチを『良し』としてくれる美少女に心酔しないはずもない。心から尊敬してしまう。


「ははっ、マジかよ。じゃあ次は足を舐めて綺麗にしてくれよ」

「承知しました……ハァハァ……」

「まぁさすがに冗談――って、オイっ!!」

「へっ?」


 今まさに足の指の間へと這わせようとしていた舌を出したまま、僕は雑魚村さんを見上げた。


「ど、どうかひまひたか?」

「『どうかしましたか』じゃねーだろっ! なんでマジで舐めようとしてんだ! キモいわ! しかも、こんなところ部長に見つかったら――」

「――見つかったら、何かね? 雑魚村くん」


 振り返ればそこには、いつの間にか部長――と呼ばれた妖艶な女性が立っていた。ただそれは僕の病気のせいでそう見えているだけで、彼女はきっと50代瘦せ型で前ハゲの、僕のよく知るこの部署の部長なのだろう。

 その証拠に雑魚村さんが慌てたように取り繕っている。


「ぶ、部長……こ、これは違くて……!」

「ボク忠告したよねぇ? 『部下を私的な雑務に使うのはご法度はっとだ』って」

「そ、それはそうですが、でもこれは違――」

「何も違ったりはしない。雑魚村くん、キミは今日でクビだ」

「そ、そんなぁ……っ!!」


 今にも泣きそうに瞳を揺らす、そんな金髪ツインテ美少女を前にして、


「――待ってください、部長!」

「……恋坂くん?」


 いつの間にか僕は立ち上がって部長に向かい合っていた。


「確かに雑魚村さんは口が悪くて陰険で悪質なパワハラ上司ではありますが……しかし! この部署で1番業務知識が深く、僕たち部下がミスをした時は悪態を吐きながらも最後までフォローしてくれる根っからの技術者です! 雑魚村さんがいなくなって困るのは僕たちなんです!」

「こ、恋坂……お前……っ!」


 雑魚村さんも、部長も驚いたように僕を見た。

 部長は僕の言葉の真意を量るためか、腕を組んで顔を覗き込んでくる。


「でもねぇ……。彼の行ないに1番被害を受けているのは、恋坂くんだろう? それでも彼を許せるのかい?」

「僕は雑魚村さんを――尊敬していますから!」


 こんな常にスキンシップOKな金髪ツインテ美少女を、尊敬せずにいられるわけはない。僕は誠心誠意を込めて部長へと頭を下げる。


「雑魚村さんの無茶ぶりは、これからは僕が1人で受け持ちます! だから、どうか雑魚村さんを辞めさせないであげてください!」


 部長が息を呑むのがわかる。しかしすぐに、やれやれといった風に僕の肩へとその手を置いた。


「……ふむ。恋坂くんがそこまで言うのであれば、今回は見逃そう。ただし次はないぞ? わかったかね、雑魚村くん」

「はっ、はい……!」


 僕と雑魚村さんで去って行く部長の背中を見送ったあと、


「オイ、どうして庇った?」


 雑魚村さんが僕に訊ねる。


「俺はこれまで、散々お前のことを……」

「雑魚村さん。僕の今言ったことは全部、本心ですよ」

「恋坂……」


 そうして僕たちの日々が再び戻ってきた。

 しかし、その出来事があって以来、


「オイ、恋坂。このタスク先に片付けといたからな」

「べ、別にお前のためじゃねーし。全体進捗のためだし! 勘違いするなよっ!」


 と、雑魚村さんが巻き取った仕事のおかげで僕の業務量がめっきり減ったのは良い事だが、しかし同時に雑魚村さんが肩や足を揉ませてくれることも無くなってしまった。

 僕は金髪ツインテ美少女とのあれやこれやを楽しみたいがために奮起したというのに、いったいどうしてこうなってしまったのだろう……。

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