第2話 口の悪いマンドラゴラ

 私の注意不足だったのは認めよう。しかし、結果論だが、二つに割れたマンドラゴラは、悲鳴を上げることはなかった。

 うん。

 全力で叩きつけたから、そりゃ割れる。顔も動かなくなった。

 不思議なのは、顔があるのにも関わらず、表面を撫でても凹凸おうとつがない。穴が空いているわけでも、隆起りゅうきしているわけでもなかった。

 じゃあ、どこから声を出しているんだと。

 声帯もないし、そもそも、脳もない。何しろこいつは野菜と同じだ。


 ふうむ……。


 とりあえずキュウリの植え付けをしよう。割れたこいつは干してやる。ほら、薬でせんじるとかあるし、乾燥させてから使い道は考えれば良い。

 うん。

 現実逃避じゃないよ。


 朝からの作業を終えて、小雨こさめが降ってきたので早足に家へ戻る。それほど広くない一軒家で、しかも古い――あ。

 思い出した。

 家から出て、玄関から庭に回り込むようにして、縁側のところに干してあったマンドラゴラを回収。雨が当たらない縁側に転がしておいた。

 ……マンドラゴラだよね。確定だよねこれは。

 ううん、また本をあさってみるか。


 その前に、もう一本引き抜いてみた。

 同じ顔だった。


「なんか用かテメェ」

 こいつもうるさい。だが、我慢だ。

 中に入って靴を脱ぎ、とりあえず台所にマンドラゴラを放り投げる。

「いてぇぞコラ」

 大声ではなく、男声で平坦な口調で言われるから腹が立つ。農作業で汚れたままなので、シャワーを浴びて着替えだ。


 私がどこで生まれたのか、親が誰なのか、知らない。

 物心ついた時にはこの家で、老婆と二人暮らし。最低限の農業なんかはばあさんに習ったし、なんとはなしに手伝ってもいた。

 ばあさんが何者なのかも、知らない。

 そしてばあさんも、私が何者なのかも、かなかった。

 しかし、ばあさんは年齢もあって、少し前に亡くなり、私はこうして一人、自給自足の生活をしている。まあ、たまには90分かけて街に降りて買い物もするけど、もう二年……うん? 二年だっけ?

 そもそも、ばあさんがいなくなって、何年だ?

 いかんせん、一人で農業をしていると、時間感覚が曖昧になる。次の作付け、収穫時期、そうやって季節のめぐりは感じるが、今が何年だとか、何歳だとか、そういうのは体力に衰えを感じてからでいいじゃないか。

 ……よくないか。

 私はいいんだけど。


 洗濯機はないので手洗い、これはあとで。シャワーもないので、こちらは自作。山からの水を屋根の付近に引っ張っておき、木を加工して小さな穴を空ければ、天井からシャワーが出ているように見える。自然の水流をそのまま使っているので、よほどの渇水がなければ、水に困ることもなし、ずっと流したままだ。

 ちなみに湯船も水が溜まったまま、こちらも水の流れを作ってある。なんとも贅沢な話だ。


 鏡がないので確実なことは言えないが、風呂場に溜まった水で見る限り、私の顔は幼い。そろそろ十四……か、十五歳くらいになったのかなあ。やや丸顔な感じで、生前は三十四で殺されたから、肌の若さはよくわかる。

 背丈も低い。

 どうだろう、150前後? 生前は小さい女性を羨ましく思っていたが、しかし成長しないなあ。高いところに手が届かないし、不便も多い。

 あ、体力があるのは良い。寝れば翌日に復活してるし、これは若さだ。農作業は体力つかうし、筋力はまあ、それほどないけれど、使い方の工夫でどうとでもなっている。


 でもほんと、何歳なんだろ。

 ちゃんと数えておけばよかった。


 部屋着の作務衣さむえに袖を通し、さて昼食を作ろうかと台所……あ。

 マンドラゴラをまた忘れてた。

 縁側から回収したやつは、見えやすい場所に干しておく。家の中、縁側近く。鳥が食べないように注意すべきかどうかは、まだいいや。


 さて――あ、そっか、台所にも一匹……一匹? 一つ?

 ……なんだこいつ、水を張った、たらいの上で仰向けに浮かんでるぞ。


「おい、何してんの」


 思わず声をかけてしまったが、反応はなし。気持ちよさそうに寝ているようにも見える。

 放置しておこう。

 コンロもないので、火をおこす必要がある。電気がないのは不便だし、夏場はそこそこ腐りやすくて大変だが、食料保存庫の中には今朝に焼いた肉と野菜炒めがあるので、それを昼食とした。

 山奥なので涼しい土地柄だけど、夏はやはり夏だ。この6月にある雨期を乗り越えれば、本格的に暑く――ああ。

 雨期の対策もしておかないとなあ。


 ……しかしこいつ、食べれるのかな。


 なんか気持ちよさそうに浮いているのも腹が立つけれど、手を伸ばすとたぶんうるさいだろうから、縁側に行って、足の先をぽきり。

 台所に戻って軽く洗い、小さく一口。

 ……んー。

 毒の感じはしない。遅効性の毒物にある感覚は、生前のものだけれど、変わっていないことを信じれば、こちらもなさそう。

 味は、水分が多めなのは野菜だけれど、甘味は遠い。触感はカブよりもダイコンに近い……ん? こいつらって、ニンジンの亜種じゃなかったんだっけ。

 まあ、食べられないことはない。……はず。

 ということで。

「邪魔すんなコラァ」

 このうるさいのを、ぬかどこにぶち込んだ。

 うん、きゅうり用にまた新しく作らないといけないね。

「くせえ……」

 なんて文句を言いながら、ずぶずぶと埋まって、何も言わなくなった。大変よろしい。あんた嗅覚ないだろ。え? あるの?


 というかまだ八本もあるのか。

 種があるってことは、花が咲くんだろうし、三本くらいは残しておくとして……どうするかなあ、このうるさいの。

 いろいろ試験的にやってみて、処遇を決めよう。

 何ならもう二度と作らないからな。

 口の悪い植物だなんて――うん、まあいいけど、ちょっと面白いけど、いちいち腹が立つんだよなあ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る