第4話 彼女の知ってるマンドラゴラ

 本を開いて、そこに描いてある式陣しきじんを地面に映して、それを特定の手順でなぞると、式陣はぱっと消えた。

 それが連絡方法。間違っていてもそれでいいやと、放置して。

 雨期が終わって暑くなった7月下旬、陽が沈もうというタイミングで彼女はやってきた。


「こんにちは」


 しゃがんで草を抜いていた私は立ち上がる。ああ、もちろん接近の気配は捉えていたので驚きはないし、こちらが身構えていたことを悟られてもいないはず。細かいようだけれど、この手の警戒はしておいた方が良い。

 立ち上がっても、見上げなくては視線が合わない。相手は女性……うん? もしかして私の身長って、150ないのか?

「質問が」

「なに?」

「私、身長いくつくらい?」

「え……っと、140の前半くらいじゃない?」

 思ったより低かったしサバ読んでたか……どうりで、部屋が狭いと感じないわけだ。ばあさんも小さかったから、うん。

 まあいいや。

「それで、私を呼んだ理由はなに?」

「聞きたいことがあって。特にこいつを」

 葉っぱを足で蹴ると、珍しくそいつは顔を見せた。


「なんだコラァ」


 あれ、普段はこのくらいじゃ文句言わないのに、もしかして彼女が一緒にいるから、外敵認定してるのかな――なんて思ったら、膝をついた彼女がそのまま倒れた。

 ……倒れた。

 はて?

「どうしたの」

 返事はない。足元のマンドラゴラは、不満そうな顔をして、元の穴に戻っていく。

 疲れてるのかな? 質感の良いローブに、三角形の帽子なんて、魔女みたいな印象の服装をしてるし、暑くて倒れたなら、このままにもしとけないし。

 よいしょ――あ、軽い。

 飯食ってんのか、この女。


 陽は沈むし、家の中はそれなりに涼しかったので、居間に転がしておいて、私はシャワーを浴びる。

 夏場の草むしりってのは大変だ。雨が降るとすぐ伸びるし、ここには除草剤もない。大変な作業だが、野菜を作るに当たっては必要なことだ。

 ほかにやることもないし。

 のんびり寝転がっていられるのは、せいぜい60分が限界である。

 作業の効率化をするほど忙しくもないし……いや、退屈な時間は嫌いじゃないんだけどね、まあ、職業病というか……以前のだけど……。


 着替えて戻ってもまだ寝ていたので、軽く食事……昨日の夜にでたトウモロコシでいいや。うん、美味い。今夜も二本くらいは茹でてやろう。

 敷地がもうちょいあれば、果樹かじゅも作れそうなんだけど、いかんせん苗がない。そこらは課題だなあ。

 ――ん。

 起きそうな気配。木彫りのカップに水を入れて、あとはお茶請けじゃないけど、マンドラゴラの漬物を用意する。たくわんってほどじゃないけど、なかなか味も良くて、白米が欲しくなる。

 ……ないんだけどね、白米。

 米っぽいものはこの世界にもあるんだけど、山奥じゃ手に入らないので。


 あ、起きた。


「ん……」

 良い躰してんなあ、おい。

「え、なに、……ん?」

 意識の覚醒に、なにを手間取ってるんだこいつ。アマチュアか? ――あ、や、うん、普通はこうだよね、うんそうだとも。

「あ、あんた――」

「水」

「え、あ、……うん、ありがとう」

「あとこれもつまんで」

「漬物? 師匠せんせいが得意だった……おいしい、よく味が染みてる。ダイコン?」

「マンドラゴラだけど」

 あ、盛大にむせた。

 そういう反応する生き物なのね、ふうん。

「あのね!」

「あれってマンドラゴラで合ってる?」

「……そうよ」

「情報ちょうだい。そのために呼んだんだから」

「何も知らずに作りだしたの!?」

「そう。だからとっとと教えろ」

「アキコ、あんたそんな性格だっけ……?」

 なんでこいつ、私の名前を知ってるんだ?

師匠せんせいが亡くなった時に逢ったでしょうが!」

 え、そうだっけ。もっと前に顔だけ見た気がするんだけど。


 呆れた様子で、彼女はメリーと名乗った。


「万能薬、や、万能植物――で、いいのかな。マンドラゴラはその活用方法によって、あらゆる変化を内包ないほうすると言われてる」

「煮物、生、焼き、乾燥、茹で、漬け……」

「なんで食べること前提なのよ」

 え、だって野菜でしょうに、あいつら。

「流通しているマンドラゴラは、基本的に乾燥させて粉末状にしたもので、粗悪品も多い。おもに使われるのは、薬や魔術素材での調合ね。どちらもかなりの高級品だけど」

「なんで高いの」

「そりゃ、種がないのと、生産ができないから」

 うん。

 ……うん? 種がないのは理解できるけど、生産できない?

「してるけど?」

「うん、まあそこはちょっと、あんたおかしいから、よく覚えておいて」

「あんたの胸の詰め物くらいおかしい?」

「詰めてないわよ! ちょっと寄せて上げてるだけ!」

 素直で大変よろしい。

「理由はたくさんあるけど、一番大きいのはあの声」

「なにかあるの?」

「防御系の術式をいて、直接脳に響かせるのよ。だから声を聞いただけで脳が揺れる。対策してなかった私も悪いけど、大抵の人間は気絶か、悪ければ死ぬわよ」

「へえ」

「……それだけ?」

「それだけ」

 たぶん、あのマンドラゴラ、そこら加減してたし。声は出したけど、それほど強く言わなかった。肥料をよこせ、のトーンよりも落ち着いてたから。

 少なくとも私には何も影響がない。

「作り手だから大丈夫なんて話なら、もっと流通しててもおかしくはないし、生産者もいるはずだし……」

 そこらはどうでもいいが、とにかく貴重品であることは理解した。


 これはまた、面倒なことになりそうだ。


 貴重であり、希少なものが、ここで育てられていると知り渡れば、金が儲かるなんて考えるのは、それこそアマチュアだろう。トラブルの種にしか思えない。

 口ふう……じゃない、口止めはしておくべきか。

「ほかに知ってることは?」

「んん……私も取り扱ったことはないから、噂話くらいなものだけど」

 うわさ、ねえ。

「たとえば」

「そうね、意識があって勝手に動くとか、危険を察知するとか――ああ、そう、あとは作り手の性格がそのまま出るとか」


「――あ?」


「ひっ」

「てめえ今なんつった?」

 誰の性格がなんだって?

 ――おっと、いかん、そうじゃない。こいつに八つ当たりしてどうする。

「ん……」

 漬物を一口、がりごりと音が立つのは仕方なし。

「で、ほかには」

「あんた……なんてすごみ方をするのよ。殺されるかと思ったわ……」

 殺してない。

 結果論だけど、抑えたから。

「ほかは思い出したら言うけど、さっきのを見る限り、それなりに作ってるのね?」

「まあ」

 まだ、それなりだ。増やすかどうかは、これから次第。

 ばあさんの弟子らしいから、一晩くらいは世話をしよう。その間に、聞けるだけ聞いて……ん?

「弟子?」

「そうよ」

「ばあさんに何を教わってたの」

「そりゃ魔術でしょ。あの人は、魔女の宴を作った本人なんだし」

 なにそれ、初耳。

 クソ面倒そうだけど、聞き流した方が面倒になるのかねえ、これは。



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