第3話 私の知ってるマンドラゴラ

 雨期に入る前にやることは多い。

 人里離れた山奥なので、雨の水の挙動によっては、家そのものが流されかねないのだ。ただでさえ、山の水を生活に使っており、それはつまり、上流から道ができている証明でもある。


 もっとも危険なのは増水だ。


 だからこのタイミングで、私は一度、川に沿って山に登る。暑いけれどそでの長い服を着て、できるだけ軽装で。といっても、ついでの用事もあるので、麻袋を背負っている。中にはいくつかの木箱が入っていて、ちょっと動きにくい。

 やるべきことは、川が不自然にせき止められていないかどうかの確認だけ。

 当たり前だが、川は水が流れている。うちに引いている水よりも、よっぽど量が多いのだから、多少の増水をしたところで、水はそのまま、川の流れに沿っていく。

 これが大きな倒木などでせき止められていたりすると、かなり大変なことになりうるし、鉄砲水ができると、下流の街にだって被害が及ぶだろう。


 ついでにやるのは、岩塩の採取だ。


 山にある洞窟で岩塩が取れるのは、ばあさんに教わった。私は山歩きも洞窟探検もかつて――生前に経験があったし、いちいち調味料のために街へ降りなくて良いのは楽でいい。

 人付き合いは疲れるからね。

 海の塩とはまた違う味で、生前を思えば味も劣るけれど、塩は塩だ。料理にも生活にも欠かせない。こうしてたまの登山では、多めに採取をしておいて使うのが、私の日常だ。

 料理用のソースとかは、野菜を混ぜたりして自作できるし、あとはそう、魔物を狩るよりも魚を釣った方が楽。

 楽なんだけど、どうにも私は短気なので、あまり向いていない。


 とにかくこの世界、いや、私の生活範囲だと、食料の保存に関しては、あまり向かない。地下の保存庫なんかもあるけれど、冷蔵庫や冷凍庫がないのは、やっぱり不便だ。

 何かを冷やしたい時は風呂場で流しっぱなしにしている川の水を使う。さすがに冬は寒いし、それは水だけじゃなく家全体の話なので、まきを用意して常に火があるような生活にしている。

 夏は暑いけれど、そういう手間はない。

 雨期を終えたら、トウモロコシの植え付けだなあ。

 この生活、私が望んだことではあるけれど、甘味かんみがね、はちみつくらいしかないのね。トウモロコシは甘いので、結構待ち遠しかったりもする。


 ついでを増やさないのは、いつの学習だっただろうか。


 不器用ってほどじゃないにせよ、仕事タスクをいくつも掛け持つと、あまり良いことがない。今日もついでは岩塩だけで、魚を取ろうとか、山菜を見ようとか、魔物を狩ろうとか、そういうのはなし。

 そう決めてるんだけど、何故か、うちに帰る頃には血抜きしたイノシシみたいな魔物を引っ張りながら歩いているのだから、不思議なものだ。

 なんとなく、ついでにやった方が楽なイメージがあるから。

 いや本当は襲われたからなんだけどね。


 貴重な晴れ間というやつだ、多少は躰を動かした方が良い。肉の解体って仕事は増えたけれども。

 さて、岩塩は乾燥室に入れておいて、解体作業を――……。

 なんか。

 マンドラゴラが日光浴をしている。

 あれ? 私の目がおかしいのかな? 両足だけ土の中に突っ込んで、仰向けになって寝てるんだけど……うん?

 私、引き抜いてないぞ?

 自分で出てきた?


「邪魔すんなァ」


 以前、水に浮いていたやつで学習していた私は、葉っぱを掴む。すると僅かに目を開き、眠そうな声でそう言った。

 ……うん。

 こいつら、生物……あーいや、そりゃ野菜だって生きているから、広義では生物かもしれないけど、生命体――も、まあ、うん、なんだ。


 マンドラゴラってなに?


 まてまて、ちょっと待とう。

 まだ確定じゃない、こいつらはマンドラゴラじゃないかもしれない。そう、その可能性もある。たとえば新種の魔物とか。新種じゃなくても、ほら、私の知らないやつ。

 ちなみにばあさんが遺した書庫には、資料がなかった。まあ印刷技術もないし、手書きだし、探すのには苦労するので見つけていないだけかもしれないけど、ともかく。


 じゃあ私が知ってることはなんだろう。


 なんかしゃべる。意思の疎通、会話はできていない気がする。今しがた発見したよう、自分で動く。

 痛覚はないようで、文句は言うが、包丁を入れても叫ぶことはなかった。両手両足を落として、ちょっと煮込もうと鍋に入れたら、まあうるさい。うるさい。暴れるし。途中から静かになったけど。

 触感はダイコンで、でたものを食べたけど、毒の心配はなさそう。味はあんまりなかった――と思いきや、なかなか良いダシが出たのが不思議でならない。コンソメの代わりには、ちょっとならなさそうだけども。


 本当に食べていいのかもわからない。調理方法はいくらでもありそうで、私自身に体調の変化はないけれど――果たして、ほかの野菜を減らしてでも作る価値があるのかどうか。

 メリットが今のところはない。

 デメリットはうるさい。本当にうるさい。口も悪いし態度も悪い。腹が立つ。

「肥料よこせや」

 なんだこの野郎、勝手に土の中からツラ出してんじゃねえよ――っと、いかん、同じ土俵に乗ってどうする。こいつは野菜だ。


 ……生ごみを乾かして細かくした、なんちゃって肥料を撒いておこう。


 なんか、会話というか要求に近い。本当にそれを望んでいるのかどうかは知らないが、まあ、ある種の生命体として扱う……には、抵抗があるなあ。

 とにかく腹が立つのがいけない。何故、こいつは、こんなにも生意気なんだ……?

 しかも私がいない時にしゃべることはない。縁側でぼけっとしてても、声は聞こえないし。

 あーそうか、手がかかるから鬱陶うっとうしいんだ。

 そうに違いない。


 とりあえず肉をさばいて、夕食用に焼いて、燻製と干しとで保存用を作って、んー。

 肉体作業は、ほかのことを考えながらでも、できるのが良い。普段は夕食のことや、今後の作業なんかを考えているんだけど……マンドラゴラを知ってそうな人物かあ。

 ……あ。

 ばあさんの知り合いにいたかも。

 昔に逢ったことあるし、書庫を探せば逢い方くらい、どっかに書いてないかなあ。


 いやね。

 街に降り立って知り合いはいないし、一年に一回くらい顔を見せる行商人は2月だし、こんな暮らしだからほかに思い当たる人はいないわけで。

 不思議と、寂しいと思わないのは、性格なんだろう。

 人と関わると、面倒も多いし、それで失敗したこともある。苦手ではないけれど、生前を考えれば、こういう暮らしの方が合っている。

 とりあえず頼ってみるかー。

 ばあさんと親しくしてた記憶もあるし、たぶん知ってるだろうから。

 ……知ってるよね?

 まあ、たまには人に逢うのも、悪くはない。



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