第5話 マンドラゴラの栽培者

 残り物の食事を振る舞い、お風呂を貸した。

「なにあれ! 私がいた時にはなかったけど、川の水が使い放題じゃない!」

「うるさいな、あんたいくつだ」

「ぐ……ま、まだ三十八ですケド!?」

 へえ、見た目はまだ二十歳ちょいくらいなのに、若作りってだけでもなさそう。なにか仕組みでもあるのかな。

「十六くらいまでは師匠せんせいに教わってたのよ? 通いだったけどね」

「ふうん」

「でも師匠が亡くなってもう十五年か……そりゃ、いろいろ変わるかあ」

 へ?

 え、もうそんなに経つっけ? 当時の私、確か十三くらいだった……あれえ?

「メリー、私っていくつくらいに見える? 面倒な質問じゃなく」

「え? あー単純な見た目なら、十五前後くらい」

 むむ……おかしいな、なんでだろ。

 実年齢は三十近いはずなのか。へえ、死んだ時と同じくらいになるんだ。


 ……あれえ?

 じゃあなんで成長してないんだ?


 さておき、私はテーブルに紙の包みを置く。

「それ、マンドラゴラの粉末」

小瓶こびんくらい使いなさいよ」

 そんな現代品はうちにない。

「ん……やっぱりこれ自体に、特殊な効果はないようね」

「へえ、見ただけでわかるんだ」

「魔術素材みたいに魔力がないからって理由だけどね。師匠に教わらなかったの?」

「ばあさんに教わったのは畑仕事だけ」

「……え? だって、私を呼んだじゃない」

「書庫にあった連絡用ってのを、そのままやっただけ」

 だから術式が使えない――とは言わないが、勘違いさせておいて損はない。実際に教わってないし。

「さっき、万能薬って言ったでしょ」

「ん」

「結局のところ、マンドラゴラ単体じゃほとんど効果はないのよね」

「生で食べても、味はあまりなかった」

「食べたのね……」

 そりゃ野菜だから食べるでしょうに。

「複合素材って言ってね、マンドラゴラの活用方法は、完成品に混ぜたり、本来は相性の悪い素材の繫ぎに使ったりすると聞いてる」

「ああ、隠し味みたいな」

「だからなんで食べる方なのよ……」

 食べるために作ってるからだ。

 今のところは。

「でも漬物はおいしかった」

 そう、あれは美味い。つまりよく漬かったと考えるべきだ。

 簡単に言えば、マンドラゴラの炒め物を作るくらいなら、普段の野菜炒めにマンドラゴラを混ぜた方が美味しいと、そういうことか。

「ほかに料理はしたの?」

「適当に。煮込みはうるさかったし、暴れたけど」

「へえ? ――え? そのまま入れたのあんた」

「そう」

 あの時は本当にうるさかった。

 鍋の中でがたがた暴れるし、熱いだの美肌効果だの、しまいにはぬるいだの、やたらと文句を言いやがって。

 煮込んでもあまり柔らかくならなかったし、まだしゃべる元気があったので、畑に戻しておいたら、なんか復活してた。

 よくわからん。

「え、なにそれ。畑に戻して生き返るとか」

 メリーにとっても初耳らしい。

「食べる?」

「いや声聞いたら倒れるから。振動系の防御してても通るのよ、本当に。下手したら死ぬから」

 ふうん……?

 思念を飛ばしてるなら脳に直接届くけど、揺れない。揺れるなら声としての振動が発生しているはずで、それなら耳から入るはず。

 あるいは、その両方?


 ――現実的じゃないな。


 二つを兼ね備えているのなら、それは、どちらも使える証左になる。単純に、声という振動を脳まで届かせていると考えた方が楽だ。もちろんこの場合、耳を通っている。

 思念で揺らすことも、まあ、不可能じゃないけど、現実的じゃあないな。なにしろ人の頭なんてのは、解明されているわけでもないし、気を失う程度じゃ済まないはず。脳は重要な基幹だから。

 いくつか防御手段は思いつくが、私には無害だし、試せない。


「よく見えていなかったんだけど、形状は?」

「でかいカブ」

「顔は?」

「あるけどない。描いただけのイメージでだいたい合ってる」

「え? 口ないの?」

「ないけどしゃべる。そもそも、頭脳もないから」

「……不思議生物?」

 おい、魔術師がそれでいいのか。まだ言質取ってないから、私が魔術師のなんたるかを知っていると、悟られたくはないので、言わないけど。

 んー……。

「魔女の宴って、なに?」

 話題の取っ掛かりは、このあたりか。

「ああ、師匠せんせいが作った組織。多少のしがらみはあるけど、それなりに立場のある魔術師が集まって情報交換する場所というか、お互いの監視というか……」

「メリットは?」

「それは私の?」

「そう」

「一番助かってるのは、国家に属さないでいられることかな」

「続けて」

「魔術師って存在は、それなりに有用なの。希少ってほどじゃないにせよ、世界のルールを知り、それを扱い、世界と呼ばれるものを研究する――私みたいなのは、どこも欲しいわけ。で、手に入らないなら殺してしまえってのが、過半数の国家意志」

 ああ、どんな世界でも似たようなものだなあ。


 国家と呼ばれる仕組みならば、その行為は、あまりにも、正しい。


 個人ではないのだ、国家とは民もいる。そして国に対する脅威とは、いつだって目に見えるものではない。だから、脅威そのものが発生しないよう立ち回り、時には力を誇示してみせる。攻撃も、防衛も、和平も、何もかもが

 戦争の継続さえも、その中に含まれる。


「つまり、その組織があんたらの国家か」

「そうなる。特に私は戦闘向きってわけじゃないから」

「ああ、だからそんな間抜けなんだ」

「間抜け!?」

「忘れて。ほかにメリットは?」

「付き合いができること。似たような立場の相手も多いからね。もちろん、国家に所属している魔術師もいる――けど、宴、私らの会合に出られるのは、無所属だけね」

「その見極めは?」

「や、そもそも、国家情勢になんて興味あるヤツいないから。……まあ、だから厄介なんだけど。社交界のパーティって、あんな感じなんだろうなあ」

 情報収集には向いている場だが、それなりに対価も必要だし、騙し騙されがあると、そんな感じか。


 未来のことを考えれば、この流れは必然だろう。


 魔女の宴を作ったのがばあさんなら、そこで暮らしていた私は否応なく、その存在を知り、逆にあちらから知られることになる。

 今回は私が先に知り、マンドラゴラという特殊素材に関してはまだ、知られてはいない。

 このまま黙っておくのは難しい。いや、不可能に近い――ならば。

 先手を取ったことを、まず、喜ぶべきだ。


「……」

「どしたの、考え込んで」

「その宴に、私が挨拶をすることは可能?」

「挨拶?」

「そう、ただの挨拶。加入するつもりはない」

「ううん、まあ、参加には資格もいるし、それこそ条件が合わないとは思うけど」

「マンドラゴラの栽培をしている、それで資格にならない?」

「なる、けど……わかってる? その情報を明かすってことは、ほかの魔術師から目をつけられるわよ?」

「そりゃしょうがない。こっちからかした方がまだマシ」

「ううん……」

「心配しなくてもいい、その方が私にとって得だから」

「私から、マンドラゴラの栽培者がいるって紹介するかたちね?」

「それでいい」

「私に紹介責任は?」

 さて、来客なんて久しぶりすぎて、客用の布団は埃っぽいかな。そのあたりに転がしておいてもいいんだけど。

「ちょっと! 返事は!?」

「多少はある」

「そこはないって言うところでしょうが!」

「はいはい、ないない。あんたの胸くらい」

「あるでしょ! これでもがんばってBカップだから! ほれ見て!」

 出そうとするな馬鹿、がんばってそれなら、普通に小さいじゃないか。

 立場が危うくなったら、何かしら手を打てるよう、ちょっとくらい考えてやるかあ。



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