第6話 魔女の宴1

 8月の中旬くらいになると、しそやトウガラシ、しょうがといった調味料になる材料がそれなりに収穫できる。食卓に並ぶのは、たくさん収穫できるナス。

 これらが終わってからは、じゃがいも、きゅうり、レタス、あとは……あ、ニンニクもか。

 食つなぐだけなら、それほど種類は作らなくていいんだけど、気持ちとしてはやっぱり、いろんなものがあった方が楽になる。食事は楽しんだ方が精神的に良い。


 だから、おおよそ一ヶ月弱。

 ようやくその日にメリーがやってきたのだが、私は忘れていて、てっきり野菜を食べにきたのかと思って。

 マンドラゴラの声で気絶する同じ流れで、起きたメリーに。

「魔女の宴があるんだって」

 そう言われてようやく思い出した。

 シャワーを浴びて着替えるのも同じで、さすがに手ぶらじゃ何だからと、マンドラゴラを一つ引き抜く。


「なんだコラ」

「うるせえ遠出するぞ」


 ……うん。

 なんか最近は、マンドラゴラの声に対して、一言返すようになった。一人でいると、そういう感じになってしまう。

 仕方ないね。うん、仕方がない。

 鉢植えにして袋に入れておけばいいか。


 移動には式陣しきじんを利用した空間転移ステップだった。

 私もよく知っている移動方法である――が、どうにも、私の知っている魔術師よりも、メリーの術式は甘いようにも感じる。

 いや、方向性が違うのか。

 使う場所が違う、と表現すべきかもしれない。


 移動先はどこかのパーティ会場のようだった。

 受付を済ませて中に入れば、十数人が会食をしていた。こちらへ向けられる視線の多くはメリーへ向かうので、それなりにこいつも有名人なのかと吐息を一つ。

 いや、こいつだぞ? この間抜けが有名って……あ、間抜けだからか。

「ちょっと手続きをしてくるから、食事でもしてて」

「はいはい」

 こいつらは下っ端みたいなものか。

 ふうん……十四人ね、許容範囲だな。

 手荷物を後ろ手で隠しながら床へ落とせば、影の中に収納される。〝格納倉庫ガレージ〟と呼ばれる便利術式だ。どうやって構成が組まれているのか、そこまで詳しいことは知らない。便利だから覚えただけ。いや教わったというべきだろう。

 私は、術式を新しく作れない。それはつまり、魔術師ではない証明だ。


 そんなことより食事をしよう。

 では遠慮なく。

 ……おー、久しぶりに文明に触れたような感覚だなあ。お酒も正規ルートでちゃんと作ってあるものかな、美味しい。やっぱり調味料の違いが大きいんだよね、果実系を使ったソースとか。こしょうも、うちにはないなあ……ううむ。

 あ、お酒はある。

 ばあさんが作ってたのを引き継いだけど、にっこり笑顔で誤魔化してたので、たぶん合法じゃないやつ。果実酒に近いけど、森の恵みそのものを利用したお酒で、雑味が多いんだけど、あれはあれで美味しい。料理にも使えるし。

 でも野菜は駄目だ。これは駄目、うちのが美味しい。だめだめ、話にならない。


 ……べつに張り合ってないけどね?


 いくつか視線は投げられるけど、無視しておく。相手にするのも面倒だ、本命はこいつらじゃない。

 しばらく食事をしていたら、メリーがやってきた。どうやら奥に行けるらしい。

 さあ。

 ここからが、クソ面倒な仕事である。いや仕事じゃないけど。


 六人――こちらを含めて、八人だが、まあこっちは身内みたいなもんとして、除外しよう。メリーなんか相手にしても仕方がないし。

「やあ、お待ちしていましたよ」

 あー、三十前後の男性。にっこり笑顔。

 うん、まあいいか。――あ、邪魔すんなメリー、あっち行け。

「待つ? 誰を?」

「あなたをですよ。マンドラゴラを栽培していると聞きましたが」

「そうね」

「それを証明できますか?」

 ふうん……4番目か、5番目あたりだな、こいつの位置は。ほかの連中は口を挟もうとしないあたり、様子見か。

「証明?」

「ええ、できれば現物げんぶつでも」

 おい、そんなものはないって顔してるぞ、お前。笑顔なのに目が笑ってないんだよ、交渉は向きじゃないな。

 さあて。

 こういう交渉はあの性格の悪いクソチビが任されていたんだけど、あいつの真似をするとなると渋面したくなるし、きっとあのチビに笑われるだろう……あ、生前の話だからもういないか。

 いないんだけどなあ、嫌なんだよなあ。

 でもしょうがない。そのくらいしか方法はないと、覚悟は決めてたし。

「証明が必要かな」

「もちろんです。そうでなくては話になりません」

「じゃあお前とは話す必要はないね」

「――」

 まずは立場を理解させる、とか言ってたけど、本当に性格が悪いよなあ。

 一歩、右方向へ歩こうとするが。

「お待ちを」

「なに?」

「わかりました、証明は必要ありません。ではそれをどうしたら売っていただけますか」

「売るつもりはない」

 ようやく、営業用の笑顔が揺らいだ。

 甘いなあ。

「これはこれは! そのつもりもないのに、宴へ?」

「ああ勘違いしないで」

 ここからが難しいんだけど、上手くいくかなあ。

「お前には売るつもりも譲るつもりもない」

「――……」

「どうした小僧、笑顔が消えてるぞ?」

「……あまり、魔術師を舐めるなよ」

「あ? よく聞こえないが、何だって?」

「貴様のような小娘が、相手をされているだけありがたいと思え。それとも――」

「黙れ」

 あー面倒になってきた。どうしよう、もういいかなこれ。

「私に敵意を向けるな」

「はっ、偉そうなことを」


 言葉の途中、面倒になって男の左腕を斬り飛ばした。


 短気だとはよく言われたし、私も認めているけど、やっぱりこういう交渉ごとは向かない。本当なら、相手に攻撃させて、それを正当防衛で迎え撃つって手順が良いんだけど。

 無理。

 クソ面倒。

 あのチビはよく我慢したもんだ。


 まあいいや。

 とにかく、やることをやろう。


「チッ……」

 うるせえ悲鳴だし、二人ばかり私の動きに反応しやがった。

 左手に持っているのは、黒塗りの直刀。日本刀よりもやや短いが、小太刀ほど短くはない。製法は同じで粘りがあって頑丈、ただし曲がっていないので扱いは違う。

 これは生前からの愛用品だ。

 格納倉庫ガレージからの引き出しは、影なんかに手を置かずとも、見えない袋から取り出すイメージで手に取れる。その仕組みに、反応されたので、ちょっと面倒だ。

「貴様、な、なにをしたのかわかっているのか!?」

「うるせえな、知ったことか。まあ同情はしてやる、悪かったな。地獄の門番には、運がなかったと泣きつけ」

「な――」

「私は、敵意を見せた相手を生かしておくほど、呑気じゃない」

 そこに止める人間はおらず。

 私は、この躰になって初めて、首を飛ばした。



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