第7話 魔女の宴2

 最初に声をかけてきたやつを相手にして、たぶん殺すだろうことはわかっていた。

 もちろん、総責任者が声をかける場合もあるが、その時は私の態度につっかかる間抜けがいるはずで、結果は同じ。いなかったら、たぶんどうするか悩んでいたと思う。

 ちなみに、体格が違うので、日頃の鍛錬は欠かさず行っていた。特にこの直刀ちょくとうの重量や長さは変えられないので、合わせる以外に方法がなくて。

「部隊の全滅、戦略上その定義は、半数の死亡が目安になってる。ここの場合、残り二人か? それとも、表にいる連中か?」


 拳銃を引き抜いた速射、三発は十歩の距離。

 45ACPは額に一発、胴体に二発。右手は利き手だから、慣れたものだ。


「言っただろう、敵意を見せた相手に容赦はしねえよ」


 まったく、甘い甘い。こちとら術式の怖さは嫌ってほど知ってるから、その初動である術式構成の発現に対して、どれだけ警戒していると思ってるんだ。しかもそれが攻撃性のものだと、反射で行動しないと間に合わないから性質たちが悪い。


 ここまでやった私は、拳銃と直刀を足元に落とし、影を媒介にして格納倉庫ガレージへしまった。それからマンドラゴラの鉢植えのある袋を取り出し、近くにあるテーブルへ。

「私の立場は理解できただろうし、これ以上、面倒なことをさせないで。それでもと言うなら、徹底するけど。ええと……そっちのお嬢さんが、責任者かな?」

「ええ」

 私の攻撃に反応した一人だ。もう一人は、未だにテーブルについたまま、詰まらなそうにしている。かなり余裕があるので、この男とは敵対したくないな。

「マンドラゴラに関しては、それなりに栽培してもいい。売ってもいいし、譲る気もある。使い道に関して、美味しい料理のレシピは教えて欲しい気もするけど、基本的な要求は一つだけ」

 最初からこれを言っても、笑われて終わりだったろうから、見せしめというのは、一定の効果がある。

 敵対したくないと思ってくれればありがたいし、そうでなくとも、面倒な手合いだと感じてくれれば、小さい要求くらいは通るはず。

 そう、私の要求は単純明快。


「――


 この一言に尽きる。

「簡単だろう?」

「……それだけ、ですか」

「そう、それだけ。私は田舎でのんびり暮らしてるから、そういう面倒は嫌い。もちろん、殺しの仕事もね」

「わかりました。ほかの皆さんの意見は?」


 ……よし、全員肯定した。


 やれやれ、上手くいってよかった。

 本気でここにいる連中、全員を敵に回すなんて現実的じゃないし。や、それが現実ならばやってやるけれども。

「あ、待った、もう一つあった、忘れてた」

「はい?」

「できればでいいから、私を連れてきたメリーへの責任追及を、やめ……うん、まあ、ほどほどに?」

「――ちょっとあんた!」

「ああ、おかえりメリー、正気に戻ったようで何より」

「いきなりなに、な、なにを!」

「うるせえ黙れ、屍体の掃除でもしてろ」

「……うぷ」

 あ、吐きそうになってら。

「荒事の経験はそっちのおっさんだけか、だらしねえ。屍体の片付けも私にやれってか?」

 反応なし。

 しょうがない、格納倉庫ガレージに入れておいて、肥料にでもするか。流れてる血は知らん、掃除しとけ。

「……あなたは、あの方の弟子なのですか?」

「ん? ああ、そんな怯えなくてもいいよ、必要な犠牲はこれで充分でしょ。質問に返すと、私は弟子じゃない。ばあさんから教わったことは、農業くらいなものかな。私はばあさんがどんな魔術師か知らないけど――少なくとも、私みたいに使じゃないでしょ」

 ま、手の内をそう簡単に明かすつもりもないけどね。

「さて、気を楽にして聞くけど、私が殺した間抜けの関係者、誰が片付ける?」

「――それは」

「うん、私なら殺す。禍根かこんの芽は、それ以外に消えないと知っているから」

「なら、俺がやっておこう」

 どっこいしょ、と言わんばかりの態度で、男が立ち上がる。見た感じ三十ちょい……かな? なんかこの世界、外見で人を判断しない方が良さそうだから、まあいいんだけど。

 ヒゲはなし、体格はそこそこ、戦闘経験あり。魔術師でいて接近戦闘も――あ。

 近づいてきたらわかった。

「チッ……次元術式かよ、クソ面倒だな」

「――」

 こいつらは三次元と二次元、あるいは四次元との〝隙間〟を利用する。ある種の認識阻害だが、この隙間というのを、術者以外は捉えにくい。

 つまり殺すのは手間だ。

 私もそっち側の領域に合わせないと、攻撃がすり抜ける。

 ああうん、それを知ってる時点で、私にはその手段があるってことだけどね。ただ面倒なのは確かだ。

「お前」

「で、どうするって?」

「――なるほど、な。いや、上手く言い聞かせる、任せろ」

「責任って言葉を理解しているなら、それでいい」

「おう。……そいつがマンドラゴラか?」

「そうだけど、まあ覚悟だけはしといて」

 袋から取り出すと、鉢植えにそいつはいて、全員の注目が集まった瞬間、私が何をせずとも、両手を使って自分で顔を見せた。

 初めて、私はマンドラゴラの――叫びに近いものを聞いた。


「見世物じゃねえぞコラァ!」


 おおう、結構な声量。

「うるさい」

「水寄越せやテメェ」

 本当にうるさいなあ……しょうがない、そこの水差しで充分だろう。土にかけてやれば、身を捻るようにして土に戻った。

 さて。

 あー、気絶してら。たぶん死んではいないけど――。

「く、くっ、あははははは!」

 近くにいた男だけは、額に手を当て、もう片方の手でテーブルを支えにして、笑っていた。大丈夫かこいつ――あ、次元術式で軽減したのか。

「こいつは本物だな、おい。作ったヤツの性格ってのも当たりだ」

「あ? んなことねーだろ」

 失礼な。

 こっちで生活している間、おとなしくしてたんだぞ。

「おう、お前の名は?」

「アキコ」

「俺はシュバルだ。いろいろ片付けたら、挨拶に行く。手土産は何が必要だ?」

「んー……ウメの苗木」

「なんだ、そんなものでいいのか」

「過不足なく生活できてるから」

「わかった、あとは適当に持っていく。マンドラゴラに関しても、おそらく俺が窓口になるだろう。悪いようにはしねえよ」

「それは私の台詞じゃない?」

「ははは、確かにな。じゃ、先に行く。飯は食っとけよ、お前小さいんだから」

「うるさい」

 うん、それなりに信頼できる人柄だ。裏もありそうだし、それなりに話術も達者そうだが、私が殺すような真似はしなさそうだ。


 しばらく食事をしていた。


 美味い。相変わらず野菜はクソだが、ほかは悪くない。あと酒がいい、私は酔いにくい体質なので、それなりに飲めるが、飲み過ぎないよう注意はする。

 ……あ、つまみがなくなった。

 一つ前の部屋に顔を出せば――あ、あー、あー、そりゃあの声だもの、こっちにも聞こえたよなあ。身構えられなかっただけ、こっちの方が被害甚大。死人……は、いなさそうだけど。


 まあいいや、食べよう。


 やはり違うのは、食器類か。

 私の場合、ここらではあまり使わないはしが使えるし、それ以外はフォークで済む。金属のフォークも、綺麗な陶器の皿も、必要だと思ったことはない。

 一人暮らしってのが、一番大きいのかなあ。

 いまいち金銭感覚がないのも、原因だろうけど。

 ――あ、煙草がある。あー手土産はこれにしとくべきだったか。この躰になってからは吸ってないけど、うぬう。


 というかもう帰っていいかな?

 復帰を待つ理由もないような……。


 一応、耐性があるだろうメリーが目覚めるまで待って、鉢植えはそのまま置いていくことを伝え、私はその場を後にした。

 ん? どうやって帰ったかって?

 それはもちろん、術式を使って――あ、いや、まあ内緒ってことで。



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