第8話 マンドラゴラの取り決め

 10月になると、まだまだ残暑が厳しい時期ではあるものの、山奥ということもあって、風に気持ちよさを感じ始める。

 そんな中、少し前に花を咲かせたマンドラゴラが、種をつけてしおれてしまった。それを収穫して引き抜いてみると、手足が増えており、サイズも大きい。どうやら二つのマンドラゴラが合体して、一つになったようだ。

 完全にくっついている。

 顔もないし、口もない。試しに四つになっている手足の一つを折り、水場で軽く洗って食べてみたが、これが不味い。苦みと渋みが上手く混ざり合っていて、とにかく不味い。

 なるほどなあ。

 栄養が全部、種を作るために使われたと考えれば、頷ける話だ。

 さて。

 これから冬に入るわけだが、マンドラゴラそのものは二ヶ月くらいで大きくなるんだけど、冬を越すのはどうなんだろう。

 んー……これも、十粒くらい撒いてみるか。


 新しい発見があった。


 マンドラゴラを植えたうねの周辺に草が生えないのは、夏の間に気にしていたのだ。変な毒でもあるんじゃないかと。

 土壌汚染は、農業にとって深刻な問題になる。作物によっては、同じ場所に作れなかったりするくらい気を遣う。間に違う作物を植えることで、だいぶ改善されることもあるから、それほど気にしなくてもいい。


 で。

 あいつら、なんか歩いて雑草引き抜いてた。


 丸い胴体の真横から手が伸びているが、残念なことに長くない。土から出る時には使うみたいだけど、足元の雑草までは伸びないので、両足を使って器用に――うん?

器用じゃないか。

 両足で土に埋まるのを途中までやって、そこから根っこごと引き抜いてるだけだし。

 これを上手くやれば、畑全般の雑草処理が任せられるかも。


 基本的に家を中心にして、周囲が畑だ。来客は想定していないので庭はないし、家の裏側には山から引いている水があるので、作業用の水場だ。最近ではたまにマンドラゴラが浮いている。

 ……こいつら自由すぎないか。

 べつに迷惑じゃないけど。


 ここにはちゃんと四季があって、だから野菜もいろいろ育てられるんだけど、雨期の時と同じく、冬は冬の準備がある。11月からは寒い日が増えてくるので、10月中には少しずつ準備。

 たとえばまきは、料理だけではなく暖房にも使うので、かなりの量を確保しておかなくてはならない。乾燥室に入れるほどではないにせよ、薪用の小屋が作ってあり、そこを一杯にして、ちょっと足りないくらいが毎年のことだ。

 この頃に、家の傷み具合なんかもチェックする。水場が凍るのも避けたいので、きちんと流れが作られているかどうか、その修繕。あとは家の熱を逃さないための処理――冬の間は屋根を厚くしたりもする。

 ま、やることは多い。普段の野菜もあるし……イモやキャベツの植え付けは終えてるけど、冬場にも収穫はある。じゃないと食べていけない。

 念のため。

 屋内の暖かそうな場所に、マンドラゴラ避難用の、大きめのプランターを用意しておこうと考えている私は甘いだろうか。

 文句言いだしてから作る方が大変そうなんだもの。


 ――そんな折に、来客があった。


 メリーとシュバルだ。何故か子供が一人いるが、そいつは知らん。

「来たぞアキコ、手土産にウメの苗木を二つと、酒。紙巻きはいるか?」

「気が利くね、ちょうだい」

 苗木は家の傍に置いて、縁側の方へ案内して酒も三本そこに置き、腰を下ろした私はタオルで汗を拭ってから、最後に煙草を手にした。

 あー、紙巻きか。さすがに粗雑な作りだから、規格化されてはいなさそう。まあ私は大して気にせず、煙草に火を点けて。

「不味いねえ」

 笑いながら言う。相変わらずの味だ、生前の時よりも不味いが、煙草なんてそんなもの。

 ――ん?

「あんた、雷系の術式も使えるの?」

 ああ、煙草に火を点けたやつか。生前のよう、無意識にやってたな。

 無視しよう。

「で?」

「報告は二つだ。まず一つ目、魔女の宴とお前を繋ぐ窓口は、メリーに決まった」

「そりゃご苦労様」

「本当にね! まったく、あんたを連れてった責任がその程度だってのは、まあ、安心すべきでしょうけど」

「じゃあ安心だね。二つ目は?」

「その前に、これはついでだが、お前が殺した相手の関係者には、よくよく言い聞かせておいた」

 そんな話もあったなあ。動きはなかったので、放置してたけど。

「もう一つはマンドラゴラのことだ」

「うん」

「取引じゃない。お前が置いていった株なんだが、翌日にはしおれていた」

「――へえ?」

「三日目になって、おそるおそる引き抜いたが、中身も水分がなくなりつつあってな。そのまま半分は干してみたんだが、マンドラゴラとしての効果はあった――んだが」

 吐息が一つ。

「お前が乾燥させたマンドラゴラの粉末を、メリーに渡しただろう」

「ああうん」

「性能が段違いだ。結論から言えば、栽培者の近くじゃないと正しく機能しない」

 なるほど、そのあたりも量産できない理由か。

「あっさり情報を渡す口の軽い女がいることを先に考えるべきか」

「う……」

「許してやれ、メリーは俺の妻だ」

「ああ、ベッドの中じゃ逆らえないか。つまり、加工まで私にやれと」

「そのあたりは好きにしろ。対価は支払うが、こちらの取り決めは、

 取り扱いの限度を越えた、か。

 ふうむ……。

「――それで? 本題はそのガキ?」

 あ、なんかむっとした顔になった。黙って聞いてるだけ、教育はされてるみたいだけど。

「ああ、こいつは俺のところで預かっている、拾い物の一人でな。マンドラゴラの声に耐性がありそうだから連れてきた」

「根拠は」

「お前が使っていた飛び道具……ケンジュウ? だったか? それを知っていた」

「へえ」

「……、やれやれ、驚かないんだな」

 そりゃ私だけじゃないだろうし、予想はしていたから。

 自分が特別だなんて、そんな間抜けな勘違いはしない。

「だが、本命はそっちじゃなくて、いやマンドラゴラの世話ができそうってのも、あればあったで嬉しい誤算だが――」

「なに」

「お前の戦闘技術を盗みたい。こいつを育てる気はないか」

「素直だね」

「お前を相手に腹芸をするつもりはない」

 そのくせ、本音の深いところは隠す、と。

「私は誰かを育てたことないけど?」

「じゃあこいつが一人目だ」

「んー……」

 このガキがその気だったとしても、簡単に頷ける話じゃあない。それに私は、教わったことをそのまま教えることしかできないだろう。

「あんたが望む結果になるとは限らないよ?」

「おう」

「で、そっちのガキはどうなの」

「ミズノだ」

「ん」

「…………、……理由はいろいろあるけど、ぼくは前向きだ」

「あ、そう。ナイフ持ってる?」

「ある」

「じゃあ条件ね。この裏山に岩塩が取れる洞窟がある。そこを中心にして、五日以上は生き残ること」

「……?」

「ここからは忠告。攻撃の術式は最低限にしておきなさい、死ぬから」

「サバイバル……で、いいのか?」

「そう」

「わかった、やってみる」

「あんたの理由が強ければ良いね? じゃ、いってらっしゃい」

 術式が使えるだけ、楽だろう。

 すぐに背中を向けて山に入る姿は、まあ、慣れてない。そりゃそうだ、普通の山歩きとは違うし。

「さて、シュバル」

「ん……なんだ」

「この周辺は歩いたことが?」

「いや、さすがにあの方の棲家すみかだ、知らないな」

「そう。あの子、そう遅くないタイミングで戦闘を始めて、死にかける。その時、本当に死にそうなら助けてやって。そうじゃなくても、見ていられなくなったら、顔を見せて、生き残るって言葉の意味をよく考えろって助言を。この五日間の監視、ばれないように」

「……しょうがない、俺が持ってきた案件だからな」

「わかるとは思うけど、あんたにも忠告しておく。術式は可能な限り、使うな。メリーはこっちで預かっておく」

「本気で死にそうになるまで放置か?」

「基本的には」

 しばらく無言だったが、わかったと頷いたシュバルも、山へ入っていった。

「死ぬでしょあれ」

「上手くやれば大丈夫」

 そういや、こいつはばあさんの弟子だっけ。よく黙っていたな、偉いぞ。

「シュバルも初見だし、ちょっと心配なのよね……本当にこの近辺、扱いが難しいんだもの」

 縄張りに入れば襲撃され、それを撃退すると血の匂いを感じてほかの魔物が集まってくる。こちらから攻撃を仕掛けようものなら、森全体が敵になりかねない。

 しかも岩塩の洞窟にだって、魔物はいる。

「最初はこのくらいで、根性見せてもらわないとね。さてと、中に入りなよメリー、しばらく泊まっていくんでしょ」

「あんたって……」

「ん?」

「かなりの無茶を言ってる自覚、あるの?」

「どうかな」

 立ち上がり、私は玄関へ向かう。

 本当に、どうなんだろうか。

「無茶かどうかはともかく、私は、そうやって育ったからね」

 人間、やればなんとかなるものだ。

 あとは、それを、やるかどうかである。

 できる、できないなんぞ、最初から考えてはいけない。



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