第9話 むかしむかしの話1

 最近の野菜炒めには、マンドラゴラを入れるようになった。

 それほど多くなくて良い。どういう作用かは知らないが、美味くなる。味が濃くなるわけでも、調ととのえられるわけでもなく、仕上がりが良くなる感じ。肉類の臭み抜きにも使えたのは驚いたけど。

「あ、ごめん、そういえばアキコ、忙しくはないの?」

「ん? それほど急ぎの仕事はないからいいよ。そろそろまきを作らないといけないけど、あのガキが暮らすようになるなら、住む場所を考えて切り開いてやろうかなと」

「へ? ここじゃなく?」

「まだ早い」

「……よくわかんない」

 あ、この馬鹿。食事のあとで横になるな。消化が終わってからの方がいいぞ。

「ミズノと一緒で、前世の記憶があるの?」

「お茶」

「ありがとう」

 こいつはこいつで、いろいろ考えてるのか。

「あんたに話しておけば、シュバルにいちいち話さなくて済みそうだ。聞く?」

「うん」


 私にしてみれば、昔の話だ。


「まあガキの頃はともかく、三十四歳くらいで私は死んでる」

「へ? それってかなり若くない? ――あ、ミズノも確か、二十代だったかも」

「関連性なんて、あってないようなものでしょうに。じゃあ、その頃合いでいいか」

 最盛期とは言わずとも、よく覚えている頃だ。

「私は傭兵団ヴィクセンに所属してた。六人の少数団体だけどね」

 ――あ。

 マンドラゴラが一匹歩いてる。何してんだあいつ……こっち見んな。

「私たちの仕事は、戦場で町や村を守ること」

「守る? こっち……や、私の知ってる範囲だと、傭兵ってのは依頼を受けて、魔物の討伐や軍の下請けみたいな感じの行動が多いんだけど」

「ああ、あっちは結構、殺伐さつばつとしてたから。人間そのものの数が世界的に減ったってのもあるんだけど、戦場で動き回るのは基本的に殺戮人形マーダーマシンだけ。私らは単純にミンチメーカーって呼んでたけど」

「言葉だけで怖いけど、どういうものなの」

「自走式で、銃弾をばらまく機械だ。5.56ミリの円錐形えんすいけいをした鉄が、秒間50発くらい発射する。弾の在庫が3000発くらいだったかな。高性能な頭脳AIが積んであって、操作はほぼ不要だし、遠隔」

「……たぶん、理解はできていないんだろうけど、文字通りの殺戮よね?」

「その通り。で、掃討戦になると、生き残りの人間も巻き込む。その保護というか、防衛に回されるのが、私たち傭兵ね。むしろ、うちの団は望んでやっていたというか……」

 むしろ。

 傭兵という仕事そのものが、あの世界では不要だった。仕事はそんなことくらいしかないし、どうせ無駄だからと切り捨てるのを、団長は嫌っていたっけ。

 もちろん、人間同士の争いもあったけれど、戦争では機械同士だ。


「戦争なんてのは、経済だ」


 団長がそう言っていたのを、よく覚えている。

 人間の総数が減った結果、人的資源と機械そのものの金額を比較した時、機械の方が安上がりになってしまった。かつては兵隊を育て、戦場に送り込むことが多かったのだけれど、それでは損失が大きいと判断されたわけだ。

「だから、街とか村とか、よく行ってたから、そこで農業なんかしてる人との交流もあってね。それなりに憧れというか、興味があったから、こっちでは楽しくやれてるよ」

「どういう傭兵だったの?」

「どうって……ああ、私の戦闘技術に関しては平均的。それぞれ役割は違ったけど、私くらいは最低限ね」

「さ、最低限?」

「ん」

 実際にその通りだから仕方がない。団長と副団長は間違いなく私よりも強かったし、情報収集やってた無口野郎は暗殺技術が相当高かった。

 交渉ごとが得意なクソチビは電子戦に強く、ミンチメーカーの誤動作の誘発とかよくやってたし、もう一人は魔術師だ。

「え? え? 魔術も?」

「仲間に魔術師がいてね、便利そうな術式を教わっただけ。構造とかそういうのは、あまり詳しくない」

 といっても、かなり多く教わった。あの陰気な女は、キセルを使って煙草を吸いながらも、嫌そうに教えてくれたっけ。なんだかんだ、あいつ面倒見よかったなあ。


 ……そんなだから、お前らは。

 私を最後に生き残らせるなんて、間抜けなことをするんだ。


「こっちに来て、物心ついた時にはもう、私は私だったから、何かに気付いたとか、そういう大きな起点はなかった」

「確信は持てたの?」

「生前に使ってた〝格納倉庫ガレージ〟が、そのまま残ってた。中身もね。起点が仮にあったとしたら、そこかも。術式が自覚的に使えた瞬間? まあ、どこでも同じだろうけど」

「なるほど……」

「大変なのはそこからだったけどね。なんせ、こんなちっこい躰になってるもんだから、勘を掴むどころか、鍛え直しで」

「あ、そっか。……え、じゃあ以前はどんな感じだったの?」

「お前より、もうちょい背丈はあったよ。筋肉はあんまり。そういう使い方はしなかったから」

「そういう使い方?」

「骨格って、男と女じゃ違うからね。衝撃用法を学べば、脱力としなりとひねりで、振動を混ぜれば威力は出る。何より、人を殺すのに威力なんて、そう必要じゃないから」

「何言ってるかわからないんだけど……」

「躰の使い方の話」

 あとは拳銃もね、最初は大変だった。とにかく反動を抑えられなくて、どうしたもんかと悩んだものだ。素材さえあれば弾丸の精製は術式でやれたので、あの陰気な女を褒めてやってもいい。

「一応、こっそりやってたけど、ばあさんは気付いてたんじゃないかな」

「師匠は気付いても、黙ってるもんね」

「うん」

 そうなんだよなあ――あ? おいマンドラゴラ、お前なに短い腕を組もうとしながら、したり顔で頷いてんだ? 聞いてんじゃねえよ、どっか行け。

「……え? ちょっと待ってアキコ」

「なんだよ」

「魔女の宴で二人殺したけど、あれ、こっちに来て初めてじゃないよね?」

「あ?」

「実戦と練習は別物だってよく聞くし、術式だってそれは同じ。私だって術式を使った戦闘経験くらいあるけど……」

「あー……ま、どうだろうね」

 鋭い。

 いや、そう言うと誉め言葉になるので、このくらいのことは当たり前に気付くと、そう表現すべきだ。

「ミズノに、それを教えられるの?」

「私がやってることは、そう難しいことじゃないから。まあ、どんな得物と相性が良いかとか、そういうのは調べる必要もあるけど、先の話」

 無事に生き残れない可能性も高いから。


 ……おい。

 縁側に腰を下ろすなマンドラゴラ、てめえ汚れるだろうが。

 ああクソ、普段なら蹴り飛ばすところだが、文句を言った瞬間にマリーが気絶するからなあ……後回しだ、覚えとけ。


 つーかあいつら、どんどん好き勝手するようになったな……。


「傭兵になる前は?」

「んー、そこらへんはよく覚えてない。傭兵団に拾われたのがたぶん、十五か六の頃だと思うけど……戦闘経験も何もかも、そこから覚えた。それなりに入れ替わりがあったから、教えてもらう人は違ったけど」

 だから、いろいろ混ざっている。その使い方というか、基本というのは、団長から教わった。


 私は教わってばかりだった。

 それだけ団員には恩もある――いや、あった。


「まあ、こっちではどうか知らないけど、傭兵団としてはベテランだったから、それなりに嫌われてはいたね」

「そんなもの?」

「目の上のたんこぶだし、私たちはほかの傭兵と連携しなかったから、孤立ぎみでもあったね。そうなると、いろいろ言われるわけよ、いらんことを」

 半分以上はやっかみだったなあ……。

 同業者潰しの仕事もそれなりにあったから、嫌われて当然なんだけども。

「どちらにせよ、今の生活には満足してるから。それよりマンドラゴラはどうすんの」

「あーそれ、どうしようかなって。組織内での要望が私に届くんだけど、現時点でそれに応えることはしない。でも、あんたが提供するっていうなら、対価は聞く」

「対価、ねえ……」

 お金には困っていないし、本当に欲しいなら山を下りて街に行けばいい。そう考えれば、何を支払うかは難しいだろうな。

「まあ、いくつか用途は考えてるから、数は増やすつもり。あいつらの声に対して、防御策を考えておいて。面倒だから」

「なにが面倒なのよ」

「ん」

 あごで縁側を示せば、ついには日光浴を始めたマンドラゴラがいる。


「なに見てンだテメェ」


 そしてメリーが頭を抱えて動かなくなる。

 ほらみろ、面倒じゃないか。



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