第10話 マンドラゴラの名付け

 翌日のことである。

 いつも日の出と共に起きる生活なので、これからはだんだんと陽も短くなっていく。10月は日の入りも早く、作業を残せないで優先順位を多少は考えるようにしていた。

 といっても、情報解禁されたので言ってしまえば、傭兵稼業でまともな睡眠なんて、そうそうできないので、浅い睡眠でかつ、短時間で済むような躰になってしまっている私は、熟睡もほぼしない。

 つまり、メリーみたいなやつは間抜けに見えてしまう。

 よく他人の家で熟睡できるな。そういう警戒も不要なのか――ああ、一応はばあさんの家だから、そういう安心感があるのかもしれない。


 早朝の時間は、躰を動かすことが多い。


 農作業が多い時や、今日みたいに来客がある時はやらない。生前なら走るだけにしたんだろうけど、この周辺で走り込みができる場所もないし。

 うん、薪を作るために伐採場所を確保するか。あのガキがこっちで生活を続けるために、場所も空けておこう。

 どうだろうなあ。

 嫌になって帰る可能性も高いけど。あ、私は止めないよ、お好きにどうぞって感じで。


 朝食の時間になったら、メリーも起きた。

「米がなくて大丈夫なの?」

「さすがに稲作は難しいから。パンも同じ」

「そのぶん、肉と野菜かあ……あ、ごめん。文句じゃなくて」

「食べたくなったら街へ降りればいいだけ」

 そこまで依存してないから。90分で降りれるとはいえ、面倒なのだ。

 ……あれ?

 何年くらい街に降りてないんだ? あれえ?


 まあいいや。


 様子見をしてくると、えらく気合を入れてメリーが山へ入ったので、私は周辺の手入れ。ここのところ雨が少なかったので潅水かんすいを軽くしてやる。そろそろ次の雨が降ってもおかしくはないので、軽くしめらす程度だ。

 そしてこの野郎、家の近くに穴掘って埋まりやがって。

「……なんだコラ」

 クソ生意気だなこいつは。なにか罰でも――ふむ。

「やんのかテメェ」

 格納倉庫ガレージに手を伸ばし、極太の油性ペンを引き抜く。

 丸い目を細めてこっちを睨んでいるマンドラゴラに、私はツリ眉を書き込んだ。


 大爆笑した。


 腹が痛い、呼吸が難しい。

 所在なさげにしていたマンドラゴラは、何度かまばたきをして、あろうことか、私の描いた眉を連動させ、自分のものにしやがった。

 太めのツリ眉――くっ、いかん、また笑いそうだ。


「似合うか?」


 似合ってるけど、そんなことを私にくな。

 改めて、こいつら不思議生物だ……。

「よし、貴様の名はツリマユだ」

「オウ」

 なんか返事するし。


 もう一匹に、タレ眉を描いて遊んだあと、私は農作業を開始した。


 収穫作業はそう多くないので、必然的に細かい作業になる。改めて思うのは、農業をしていると、ほかの細かい仕事が結構あるということ。

 たとえば草抜きがそうだし、うちの回りにある木が伸びてきたら、それを斬らないと陽光をさえぎられる。そこに加えて、最近ではマンドラゴラの文句が入るので、それを先回りして処理とか。

 ……でも美味いんだよなあ、マンドラゴラ。

 生じゃなく粉末状にして、薬味の感覚でも使えるし。ほかの野菜減らすかあ……。


 年間スケジュールを見直そう。


 と思った直後、マンドラゴラのクソ生意気な態度が頭に浮かび、やめた。

 私のストレスが溜まりそうだ。


 一時間ほど経過したのだろうか、シュバルが戻ってきた。

 なんだか疲れている。

「二時間、寝させてくれ」

「縁側使って」

「すまん」

 こいつも睡眠のとり方が下手だな。極限の緊張状態はあまり経験がないのか。

 戦場では、休み方も覚えないとすぐ死ぬから、否応なく躰に馴染ませるんだけども。

「……あ、ツリマユ、寝るから黙ってろってさ」

 散歩してる野郎に言ってやれば、こっちを見て、頷いて、しかし縁側の方へ向かった。

 あれ、やっぱなんか通じてるな。……通じてるのか? どっちでもいいけど。

 念のためと思って、途中で見にいったら、帽子を顔に乗せて寝るマント野郎……じゃない、シュバルの腹の上にどっかり乗っていた。

 ちょっと濡れてるのは、水浴びして水分補給をした後に乗ったからだろう。

 ……うん。

 迷惑かけてないならいいや。


 ちなみに、二時間後に起きたシュバルは飛び上がって驚いていた。


「心臓に悪いな、ここは……」

「あ、そう」

「……残り四日、生き残れるとお前は思っているのか?」

「その意見は、少し的外れ。生き残るかどうかは、あの子次第で、。だから頭を使ってそこに気付けばいい」

「それを、お前が教えてやればいいだろう」

「なんで? 無駄だよ、それは。私のやり方は、だもの。自分で見つけないと、自分のものにならないし、生き残れない」

「死ぬぞ」

「だったら現場でも死ぬよ」

 何を言ってるんだ、こいつは。

「本当なら現場入りして覚えることを、監視つきで考える余裕がある状況で覚えられるんだから、優しいと思うけど」

「――」

 どれほどいきがって戦場に行っても、半数はそこで死ぬ。何故なら、戦場という生き物に対する知識がないからだ。

 死ぬなんて当たり前すぎて、死神とは肩を組んで歩いているようなもの。警戒は常に、睡眠も危うく、仲間を信じるだなんて二年もかかる。食事? 三日くらい水だけで我慢しろ。

「術式もあれば装備もある、充分過ぎる配慮だと思うけどね」

「……わかった、飲み込んでおく」

 いや、そういう話でもないと思う。ごくごく当たり前――あ、こっちではそうでもないのかな。

 訓練で死ぬのも、戦場で死ぬのも、傭兵にとっては同じだ。金のかかった兵隊なんかは、養育費があるから違うんだろうけど。

「あとは、現状とあの子の理由の勝負ね。理由が強ければ生き残るし、そうじゃなきゃリタイアか死ぬ。この程度もできないなら、私が教えることは何もないよ」

「伝言はあるか?」

「ん? いや特にはない――そうね、いつでも帰れるから好きにしろって」

「わかった。しかし……この山は、とてもじゃないが人の住める場所じゃないな」

 私が住んでるじゃないか。

「俺も気を抜いたら死にそうだ」

「あ、そう」

「……また明日のこの時間にメリーと交代する」

 ああ、スケジュール確認ね、はいはい諒解りょうかい


 はっきり言えば、たぶん生還確率は五割を切っている。この数字は期待値として、ほとんど不可能に近い数字だ。半数に至らない、そう呼ばれる状況は戦場において絶望に近い。

 正規の軍隊だって、半数を失えば実質、部隊の壊滅と同じだ。傭兵だってそれは同じで、半数を失えば撤退してもほぼ生き残れない。

 だから、あとはその確率をどう上げるか。

 技術は必要ない、精神的なものだ。辛い状況を耐え抜き、先を見ることができるのならば、あるいは。


 これも正直に言うけど、私はどっちでも良い。


「オイ」

「……あ?」

「煙草を寄越せコラァ」

 いや、本当に会話できてんのか? つーか……。

「ツリマユ、吸えるの?」

「寄越せコラァ」

 殴れば割れるのに、こいつなんで偉そうな態度を取ってるんだ? ただ興味はあったので、一本に火を点けて口に突っ込めば――あれ? 突っ込めるぞ?

 うん?

 凹凸おうとつがないのに、あれ?

 しかも口の端に持っていって、どうにか手が届く位置で吸って、吐いて。

「マズイ……」

 なにこの不思議生物。

 ……え? なにこいつ。

 あ、しまった、タール入りのマンドラゴラなんて食えたもんじゃないぞ。

 ツリマユは放置決定、と。


 そろそろ認めないと駄目かなあ。

 ほら、マンドラゴラが栽培者の性格に似るとか、そういうやつ。

 似てるからイラつくんだろうな……最近ちょっと慣れてきたけど。


 もういっそ、利用してやろうか。

 こいつらが役立てば、それなりに作業が減るかもしれない――役立つ? カブのお化けみたいな生物が?

 ないない。

 期待するだけ無駄。


「ベソマユー、あんた肥料なにが良いのー?」


 期待はしていない。

 だがまあ、協力くらいはしてもらおう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る