口の悪いマンドラゴラ育成記

雨天紅雨

マンドラゴラの育成記

第1話 マンドラゴラと出逢うまで

 3月18日、野菜の種を保管している乾燥小屋の中から、見覚えのない袋を発見した。

 棚と棚の間に挟まっており、今にも落ちそうだったから気付けたのであって、大掃除でもしなくては、この発見はなかったかもしれない。

 運が良いのは、かつての職業柄、大事にしたい――が、それはそれとして、今年は春キャベツを作ろうと思っていたので、しばらく放置していた。


 冬であってもやることは多い。


 自分が食べていくための畑なので、規模は小さいが、逆に言うと食べ物なので切らしたくはない。生前の知識をかき集めて、なんとか農業――のようなものをしているが、私が空腹に慣れていなければ、今まで生きてこれなかったかもしれない。

 成功と失敗の連続だ。


「農業なんてのは、気の長い仕事でねえ、来年のこと考えて、今から作業をするのさ」


 かつて老夫婦に言われたそんな言葉を痛感する想いである。

 ともかく。

 冬の間に痛んだ建物の修繕しゅうぜんをしようと、乾燥小屋に入った時、私はその袋を思い出したわけで。

 のんきなものだ。

 わかっている。

 いや、繰り返すがわかっている。修繕は急務ではないにせよ、やらなくてはならない。来年の冬に小屋が壊れるようでは生死に関わる。だがまだ三月、しかも下旬に入ったばかりで、ようやく寒さが収まってきた頃合いなのだ。今すぐやらなくてもいいじゃないか。

 ……いいよね?

 中に入っている種を見ながら、先代がのこした書庫にこもって半日。

 もう今日は仕事しないぞと、腰に手を当てて決意した私は、陽が沈む前に慌てて白菜の漬物を作っていたんだけど、何故だろう。たぶん時間が許してくれなかった。


 さすがに種の形状だけで、確信を得ることはできなかったが、五種類くらいリストアップすることができた。

 ……三日後ですがね、ええ。

 農作業なんてのは、毎日なにかあるものだから、一日休めば仕事は増えていくし、作業量を計算はしているけれど、その通りにもいかなくて。

 ま、ともかく。


 五種類の中に、マンドラゴラがあったのが、私にとっては喜びであった。


 ファンタジーの代名詞、とは言い過ぎだろうか。ともかく生前、いや、以前の世界ではお目にかかったことのない代物だ。

 まあ、あの世界は何でもあったので、もしかしたら存在はしてたかもしれないが、私の知るところではなかった。

 引き抜けば悲鳴を上げる、らしい。

 これは楽しみだ。


 畑の拡張は難しく、仕方なしに夏キャベツ――といっても収穫は六月頃だ――を植える数を減らして、隅にうねを一つぶん。種も袋に入っていた半分、おおよそ十粒を使うことにする。

 失敗した時の予防線だ。


 作った畝に、種を浅く植えるものと、深く植えるものを半分ずつ。

 とりあえず水をやっておくが、さて、どうしたものか。

 たとえば自然薯じねんじょは、とろろ芋なんて呼び方もあるけれど、あれは肥料に弱い。むしろ痩せた土地で強く育つ――らしい。

 らしいというのは、これも生前に聞いた話であって、実際に育てたことはないからだ。うちの周辺は雑木林や山になっているので、魔物の肉を得るついでに、掘ったことはあるけれども。

 ……うん。

 芽が出てから考えよう。


 芽が顔を見せたのは、4月になってからだ。キャベツと同じくらいなので、まあ一般的だろうけれど、見た感じはカブやダイコンに似ていた。

 どちらかというと、カブに近いかもしれない。

 少し乾きぎみ、基本的には天候任せな感じで作り、追肥ついひは少しだけ。もとは根深ねぶかねぎを作っていた土壌どじょうなので、大規模な肥料は必要ないだろう。

 ――と、思う。

 思いたい。

 なにせ、なんの種かもわからないのだ。


 キャベツの収穫が6月からなので、そちらの準備をしていた頃だ。

 顔を見せている葉は、にんじんの葉を硬くしたような感じだが、出ている数はカブと同じくらい。

 うん、カブに似ている。白色の部分が土の上に出ているし。


 よし、試しに収穫してみよう。


 念のため、自作の耳栓を使う。タオルで耳を塞ぐよう頭に巻いて、ついでにパーカー……あ、これはいらなさそう。

 本当に悲鳴を上げたらどうしよう。死ぬかも。

 死ぬかあ、二度目かあ、嫌だけどなあ。


 ま、女は度胸である。


 葉の根元を両手で掴む。ちゃんと軍手。両足を踏ん張って力を入れると、抵抗を感じた。

 おや。

 思ったよりも大きい。


 ――よいしょ。


 おー、かなり大きい。私の顔くらいあるんじゃ?

 小さい手足が突き出ている。うん、これはマンドラゴラかな。でも空気の震えもなかったし、声はなかったみたいだ。

 暑い。

 空いた片手でタオルを外し、片方の耳栓を抜いたタイミングで、くるりと白色の野菜が回転した。


 顔があった。

 円を描いたような目と、口がある。

 その目を細くして私を見て、口が、開いた。


 悲鳴がくるのか!?


「なんだテメェ」


 ……。

 …………。


「文句あんのか」


 とりあえず、思い切り地面に叩きつけた。



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