探してるよいつも

「ユ……」


 ユーゴ、と言う前にスパァンと良い音が鳴った。

 私の指示を待たず、ユーゴの腕が大きく膨らんで全裸中年男性を殴打したのだ。

 全裸中年男性はリビングの外へ飛んでいって、ドアに叩きつけられる。気絶している。


「大丈夫?」

「私は大丈夫。こ、殺してない?」

「うん。けど、いまので頭もいじったから、多分すぐには動けないと思う。警察を呼ぼう」


 私の代わりに、私の携帯で、私の声を真似て警察を呼ぶ。

 流石に怖くて、気絶した全裸中年男性から目を離せなかった私の分まで、よくやってくれた。


「警察が来たら、少しここを離れていいかな?」

「どうしたのユーゴ?」

「仲間が近くまで来ているんだ。このままじゃ死んじゃう。食べ……食べる? 融合する? 回収? まあとにかく、助けてあげたいんだよ」

「分かった。警察が来てからね」


 そのあと、五分ほどで警察と救急車は来て、私は全裸中年男性が部屋にいきなり入ってきて足を滑らせて頭をぶつけたという説明をおこなった。

 警官の皆様は非常に不審そうだったが、その日はとりあえず何も無しで済んだ。


     *


 その日の深夜。警察が帰ってから、ユーゴは部屋に戻ってきた。擬態をしていない本来の姿なのだが、若干サイズが大きい。猫くらいだったのが、中型犬くらいにはなっている。


「あの男の部屋に、僕の仲間が居た。どうせ最後には一つになるし、吸収してきた」

「そ、そうなの……」


 私は布団の中にユーゴを招き入れる。普段どおりの男の子の姿になって滑り込んでくる。


「カナエ、僕の仲間はあの男に保護されたみたいなんだけど、あまり幸せじゃなさそうだった」

「あんな変態と一緒に居たら少なくとも幸せになれないと思う」

「いや、それは正論だけどそうじゃないんだ。あの成人男性も最初から全裸で外を歩き回るような頭のおかしい人間じゃなかったらしい」


 正直言えばやつのことは記憶の彼方にさっさと抹消したいのだが、まあユーゴの話を無視する訳にもいかない。


「少しずつ狂っていったんだって。最初は僕の仲間に名前をつけて可愛がってたのに、少しずつ怯え始めて調べ始めてそのあたりから暴力を振るうようになった。僕の仲間が彼を傷つけた訳じゃないとは思うんだけど、どうしてかな?」

「怖かったんじゃないかな?」

「怖い? 僕たちはできる限り都合よく変化するように設計されているのに」

「それが怖かったんだよ」

「カナエは僕たちが怖くないの?」


 そこまで聞かれてはたと気づく。ユーゴは怯えているのではないか。私があの男のように発狂して自分に危害を与える可能性があると思っているのかもしれない。


「最初は怖かったけど、今は怖くないかな。でもまあこれ以上大きくならないで欲しいかも。大きいのは怖いから」

「分かった」

「分からなくなったんだと思うよ。その人間は。それでわからないものがこの世界に居ることに耐えられなくなったから、ユーゴの仲間たちを殺そうと思ったんだ」


 私は腕の中に転がり込んでくる小さなユーゴを抱き寄せて頭を撫でる。

 こんな可愛いものを殺そうだなんてひどいことを考える人も居たものだ。


「……じゃあ、僕の仲間、危ないんじゃないかな」


 珍しく緊張している。


「どうして?」

「だって、生きていくのに都合よく変化するんだよ。身近な相手の都合一つで姿を変えるんだから、そのせいで僕の仲間が死ぬかもしれない。人間みたいに自我のはっきりした生き物に死んだほうが都合が良いと思われたら、多分死にやすくなると思う。自我が希薄なんだよ」

「死ぬねえ。そういう意味では確かに危ないか」

「人間にとっても危ないと思う。人間にとって都合よく姿を変えるよく分からない存在は、人間にとってストレスになる可能性が高い。カナエはなんだか大丈夫っぽいけど。変なの、カナエ、変わった人だね」

「そう、私は変なのかもしれない。私にはユーゴがただ便利に思えるんだ」


 ベッドから体を起こしてすぐ近くの窓にかかるカーテンを開ける。

 マンションの上の方にある私の部屋からは、私の住む町が一望できる。

 夜ともなれば静かなものだ。この町にユーゴの仲間が果たしてどれくらい居るのだろうか。


「今の所、ニュースで僕の仲間みたいなのが見つかったって話は聞かないんだ。みんな、こっそりとこの世界の片隅に馴染んでいっていると思う。だから、結構カナエみたいな人間も多いんだと思う。けど全員が全員カナエみたいじゃない。人間も、僕たちも、怖いと思ったものは拒絶する」

「……あー、そっか。ユーゴが無事でも、他所でユーゴの仲間が見つかっちゃうかもしれないのか。SNSから拡散したらおっかないよねえ」

「この星の全ての人間が、僕たちの仲間と一緒に生活できれば、人間は僕たちを受け入れてくれるかな。そうしたら僕とカナエは平和に暮らせるかな?」

「人間は君たちを受け入れないんじゃないかな。けど、私は君を受け入れるよ。それで十分だと思うよ」


 そう言ってから少し楽しくなってきた。

 ユーゴの仲間たちを受け入れられる人間はどれくらいいるだろう。

 ユーゴの仲間たちを受け入れられる社会を作るのにどれくらいかかるだろう。

 ユーゴの仲間たちを受け入れて生活を続ける社会とはどのような姿なのだろう。

 少なくとも、彼らの仲間が浸透した社会は今までとは全く別物だ。

 少なくとも、彼らの仲間と共生する人類は今までとは全く別物だ。


「それでいいの?」

「君たちがどんなに人間に都合の良い生き物でも、全ての人間が都合の良さを受け入れられる訳ではないんだよ」

「だったらやっぱり僕たちは殺されちゃうんじゃないかな……」

「大丈夫、あなたは私が守るもの」

「カナエ……」


 最悪、両親の頭さえいじってもらえば表面上それっぽく社会の中で家族として活動は可能だろう。その後は夫になってもらったり、息子になってもらったり、お腹の子になってもらったり、教育と訓練と対話を重ねれば、ユーゴになら“それっぽく”はしてもらえるだろう。後顧の憂い無く仕事に励む為には本当に都合が良い。


「あ、ビール持ってきてよ。ユーゴも飲む?」

「苦いから僕は要らない」


 虫も捕食するのに変な味覚だ。まあ可愛いし良しとしよう。

 ユーゴが冷蔵庫に向かっている間に、窓に向けてポツリと呟く。


「案外、この中にもう居るんじゃないかな……? 人間のふりだってできるでしょ」


 だとすれば、私の知る日常はもう壊れ始めている。なんだ。世界の滅ぶ風景とは思ったよりも静かなものだ。


「カナエ、この身体に良さそうなやつでいい?」


 ビールを持ってきたユーゴの髪を指の隙間に通して、頭をなでながらサラサラとした手触りを楽しむ。それからビールを受け取って、缶を開ける。

 ユーゴを膝の上に乗せてつむじの臭いをかぎなら、グイッとビールを流し込む。


「あ~!」


 なんだっていい。今夜も酒が美味い。明日もきっと美味いだろう。

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