愛してるよ君を

 両親に会いに行った数日後の夜、二人でテリヤキチキンとキャベツサラダを食べていた時のことだった。


「そういえばね。今日、うちに変な男の人が来た。家に入ろうとしてきて、姿を見られそうになったから、少し頭の中を探っていじった」


 箸を持つ手が止まる。残っていた筈の料理の味が薄れていく。不審者への不快感もあるが、ユーゴが不安だった。私の生活はユーゴによって成り立っていて、彼に何かあれば、それは私に何かあるとほぼ同義だからだ。


「怪我はなかった? あなたを殺そうとしている人でもいるの?」

「違うよ。確かに、僕たちみたいな人間じゃないものを嫌う人も居るし、人間に殺された仲間もいるけど、そういうのじゃないよ」

「じゃあ……」

「えっとね。カナエのご両親が僕の身許を探っていたみたい。探偵っていう人たちなんでしょう。小説とは随分違うんだねえ、本物は初めて見たよ」


 それを聞いて私は安堵と落胆の入り混じったため息をつく。

 まあ両親はアレなので、それくらいのことは別に今更気にしてなどいないが、何も知らない人間が私のユーゴを奪っていかれると本当に困る。


「どういう風にしたの? その人たち」

「とりあえず、カナエが子供の姿の僕と家に居る姿はもう見られていたみたいで、探偵社の方にその情報も記録されているから、その子供が家の中に居るのかってこととどういう関係なのかを調べに来ていたみたい。あと、大人の姿の僕が本当に出版社に勤めているかも明日あたりから調べるつもりだったみたい。まずはマンションのあたりを一通り調べてもらって、僕の記憶だけを消して帰ってもらったよ。勝手なことしちゃったかな」

「ううん。問題ないわ」

「どうしよう。カナエ」

「うちの両親は結婚相手の身許を調べたがってるのよ。だから安心できる結婚相手に擬態しきればバレやしないわ。大丈夫」


 とはいえ、考えることは多い。

 明日、出版社に現れるという探偵について。

 電話で社員の名前を聞いて来て、はいそうですかと教えるほど、家の会社の人間は無能ではないのでそこは心配ないだろう。

 となると足で情報を調べに来る可能性は高い。会社に出入りする人の中にそういう大人の姿のユーゴと同じ顔の人が居るかどうかを見に来る。問題は探偵が誰か、だ。調査をしている探偵を見つけられなければ意味が無い。


「ユーゴ、あなた、今日家に来た探偵の顔は覚えてる?」

「うん、町ですれ違えばすぐに分かるし、今回の調査に関わっている仲間も顔は分かるよ」

「じゃあ明日は私と駅で合流。一緒に出勤して、その探偵を探してちょうだい。見つけたら頭の中をいじって、適当に証拠っぽい写真を映してもらって、それでおしまい。それでどうかしら」

「普段の姿の僕が家の中に居たことについてはどうしよう。良いアイディアがあるんだけど使ってもらえるかな」

「教えて?」

「普段の姿の僕は大きな姿の僕の弟ってことにしてみない? 多分二人でいる写真を撮らせたら、人間は満足すると思うんだ」

「できるのなら良いアイディアね。私も満足」


 ユーゴは本当の子供みたいに笑ってみせる。それから何かに気づいてしょんぼりとする。


「……ごめんカナエ。今ので疑ったんじゃないかな。その」

「あなたが私を利用して地球で活動する悪い宇宙人だって?」

「そ、そこまでステロタイプなことを考えてたの?」

「ジョークよ。けどまあ、あなたの心配はもっともね。あなたみたいな生き物が居るって知らなかったし、世間の人々が知っている感じもないし」


 色々面倒が有ったので、仕事をする気が失せた。

 まったくもって人間どもは私の生産性を損なう真似しかしない。

 子供の頃から大ファンだった大先生の担当や、実はその大先生のファンだった新人さんの担当や、実は相互フォローの神絵師にそれを明かさずになおかつ古参ファンを匂わせつつ依頼して納期内に仕事を仕上げてもらえるようにせっついたりしなくてはいけない。あとそれはそれとして流行りを理解するためにさして好きでもないジャンルの本だって読まなくてはいけない。忙しいのだ。


「けど、まあ、あなたは偉いのよ。あなたは私の抱えている問題を片っ端から解決してくれているんだから」

「そうかな? できてる?」


 ユーゴはニマーっと笑う。

 可愛いものだ。口元のマヨネーズを指で拭って舐める。可愛い。


「ユーゴは立派です」

「そう言ってくれるのはカナエだけだよ」

「そりゃそうでしょ、私以外の人間と関わってない訳だし、君たちの仲間の間に立派という言葉は無いんでしょう?」

「うん。本当ならここまで高度な精神活動を行う種族でもないから。栄養をとって、環境に応じて増えて、集まってまた増えた分の幼体が別の星に飛び立つの。だいたい……百年くらいかけて」


 ユーゴの仲間に会ったことはないので推測だが、彼らは適応力に優れている。

 私の脳を真似すると、すぐにそれを使って私に保護を求めるように交渉ができた。

 私の考えを理解すると、すぐにその情報を元に私との共同生活を最適化した。


「君の仲間、君以外にも、もうこの星に来ているんだよね?」


 ユーゴはコクコクと頷く。

 ユーゴは擬態を繰り返す。

 まあ私の一生分を付き合ってもらったところでさしたる迷惑はかけないだろう。

 むしろ彼にとっては生存に有用な知識を得られるチャンスでもある。

 私達の折り合いはついている。人間社会は人間の為に作られているものではないので、社会とユーゴの折り合いもつけることができる。良いことだ。もういっそ全ての人類にユーゴに相当する存在が居れば幸せなのではないだろうか。


「ねえ、カナエ。何か変」


 急に、玄関から奇妙な音がする。そして玄関からリビングに繋がる扉が開け放たれる。


「お゛ごあ゛ぁ゛あ゛あ゛! 居た! ここにも! 居あ゛あ゛ああアアァッ!」


 ナタを持った全裸中年男性が現れた。

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